7. 60歳代の疑問「年金生活なら非課税?」FPが解説する注意点

60歳代は、給与という収入の柱が徐々に細くなり、公的年金が家計の中心へと移行していく年代です。先ほど見たように、住民税が課税される世帯の割合は60歳代で80.2%、65歳以上では65.4%へと減少します。この変化が大きい分、「自分もそろそろ非課税になるのではないか」という期待が生まれやすい時期でもあります。

しかし実際には、退職直後にその期待が裏切られることも少なくありません。なぜなら、住民税も国民健康保険料も、前年の所得を基に算定されるからです。相談の場では、次のようなお悩みをよく伺います。

7.1 60歳代によくある悩み:退職後の税負担と年金繰下げの不安

60歳代のお客様
「仕事を辞めて年金中心の生活に切り替えたのですが、収入が大幅に減ったにもかかわらず、届いた住民税と国民健康保険料の通知額が現役時代とあまり変わらず驚いています。周りからは『年金だけなら非課税になる』と聞いていたので、いつからそうなるのか見当がつきません。年金を繰下げて増やすことも検討していますが、そのせいで非課税の基準を超えてしまうなら、かえって損をするのではないかと心配です。そもそも、非課税になると何がどう変わるのかも、はっきりとは理解できていません」

退職して収入が減ったという実感と、手元に届く通知書の金額との間に生じるギャップ。この時期には、こうしたずれに対する戸惑いが多く見られます。

また、繰下げ受給を検討している方からは、「年金額を増やした結果、かえって各種制度の対象から外れてしまうのではないか」というご相談も受けます。判断材料が不足したまま、決断を先延ばしにしている方もいらっしゃるかもしれません。

こうした方々に共通しているのは、住民税の課税・非課税を「現在の収入水準」で捉えている点です。しかし実際には、判定に使われるのは前年の所得であり、判定の単位も個人ではなく世帯です。この2点を押さえるだけで、状況の見え方は大きく変わります。

7.2 FPからの回答:住民税判定の「時期」と「単位」を理解する

筒井 亮鳳
「年金生活になれば非課税」と考える前に、判定が「いつの所得」で、「誰を単位に」行われるのかを理解しておくと、通知書の金額に一喜一憂せずに済みます。住民税は前年1月から12月の所得で決まるため、退職の影響が反映されるまでには時間差が生じます。また、判定は世帯単位なので、ご自身が基準以下でも世帯としては該当しないこともあります。その上で、ボーダーラインを考える際は額面ではなく手取りで比較し、最終的には課税証明書でご自身の区分を事実として確認する。この手順で進めることをお勧めします。

7.3 注意点1:退職後すぐに住民税が安くなるわけではない

まず知っておきたいのは、住民税の算定にはタイムラグがあるという点です。住民税は前年の1月から12月までの所得に基づいて計算され、その年の6月から新しい年度の徴収が開始されます。つまり、今手元にある通知書は、現在の収入ではなく、昨年の収入を反映しているのです。例えば3月に退職し、4月から年金中心の生活になったとしても、その年に納める住民税は会社員時代の給与を基に算出されます。国民健康保険料も同様に前年の所得で決まるため、収入が先に減り、負担の軽減は後からやってくるという順番になります。この時間差を知らずに退職金を使ってしまい、退職1年目の支払いに困るケースは少なくありません。退職後の1〜2年間は、税金や保険料の支払いのための資金を別途確保しておくと安心です。なお、退職後の住民税の納付方法(給与からの一括徴収か、普通徴収か)は、勤務先や自治体によって異なりますので、退職手続きの際に確認しておきましょう。

7.4 注意点2:判定は個人ではなく「世帯単位」

次によくある誤解が、判定の単位に関するものです。「住民税非課税世帯」という名称の通り、判定は個人ではなく世帯ごとに行われます。先ほどの神戸市の例では、65歳以上で年金収入のみの単身世帯なら155万円、同一生計配偶者か扶養親族が1人いる場合は211万円が収入の目安でした。ご自身の収入がこの基準を下回っていても、同居している家族の誰か一人でも課税されていれば、世帯としては非課税になりません。お子さんと同居している場合や、配偶者が働いている場合は、世帯全体の所得を確認する必要があります。9月から請求書が届き始めている年金生活者支援給付金も、支給要件の一つに「同じ世帯の全員が市町村民税非課税であること」が定められています。ご自身の年金額が基準内でも、世帯の要件で対象外となるのはこのためです。逆に、遺族年金や障害年金は非課税所得なので、いくら受け取っていても住民税の判定計算には含まれません。「年金があるから対象外だろう」と最初から諦めてしまうのは、もったいないかもしれません。

7.5 注意点3:ボーダーラインの判断は「手取り額」で比較する

繰下げ受給や配偶者の働き方についてご相談を受けた際には、額面ではなく手取りで比較することをお伝えしています。年金を繰下げれば受給額は増えますが、その結果として非課税基準を超えると、住民税が課されるだけでなく、国民健康保険料や介護保険料の軽減措置から外れたり、医療費の自己負担上限額が上がったりする可能性があります。非課税世帯向けの給付金の対象からも外れます。つまり、増えた額面よりも、失う軽減措置の合計額の方が大きくなる場合があるのです。ただし、これは「繰下げをしない方が良い」という意味ではありません。繰下げて増えた年金額は生涯続きますし、長生きするほど累計受給額は有利になります。比較すべきは、増える年金額と、対象外となる軽減措置の年間合計額を、同じ土俵で比べた数字です。特に基準額の近くにいる方ほど、どちらに寄せるかの慎重な判断が求められます。制度ごとの自己負担額や軽減の条件は改定されることもあり、自治体によって扱いも異なるため、最終的な判断の前には市区町村の窓口や専門家に確認することをおすすめします。

7.6 注意点4:憶測ではなく「課税証明書」で正確な状況を確認

最後にお伝えしたいのは、推測で済ませないということです。ご自身の世帯が課税か非課税かは、お住まいの市区町村が発行する課税証明書(または非課税証明書)で正確に確認できます。数百円程度の手数料はかかりますが、これを一度取得しておけば、給付金の案内が届いたときや、保険料の軽減、高額療養費の区分を調べたいときに、都度悩む必要がなくなります。インターネット上の簡易判定ツールはあくまで目安であり、医療費控除や社会保険料控除の適用状況、自治体ごとの基準の違いまでは反映できません。最終的な区分は、必ず公的な書類で確かめてください。あわせて、市区町村のホームページで非課税世帯向けの支援制度一覧を確認しておくと、水道料金の減免や交通費の助成など、全国共通の制度以外の支援に気づけることもあります。

住民税の課税・非課税は、多くの方にとって「後から通知される結果」です。しかし、その結果を決めているのは前年の所得であり、その所得を形成するのは、繰下げをどうするか、働き方をどう調整するか、投資の利益をいつ確定させるかといった、今選択できる判断の積み重ねなのです。

これはあくまで一つの考え方であり、どの選択が最適かは、世帯構成やお住まいの自治体の基準、将来のライフプランによって異なります。判断に迷う場合は、直近の課税証明書と年金通知書を手元に用意した上で、市区町村の窓口や専門家に相談してみるのも良いでしょう。

8. まとめ:自身の状況を正しく把握することが第一歩

住民税非課税世帯に該当するかどうかは、年金額そのものではなく、収入から控除を引いた合計所得金額によって判定されます。神戸市の例では、65歳以上で年金収入のみの単身世帯の場合、年収155万円が目安でした。同一生計配偶者か扶養親族が1人いる場合は211万円が目安となりますが、これらの基準額は市区町村ごとに異なるため、あくまで一例として捉えてください。

住民税が課税されている世帯の割合は、30歳代から50歳代では約9割に達しますが、60歳代で80.2%、65歳以上で65.4%、75歳以上では58.4%と年齢とともに減少します。これは、収入の中心が給与から年金へ移り、公的年金等控除が適用されるためです。

まずは、直近の課税証明書と年金通知書を見比べて、ご自身の世帯がどちらの区分にいるのかを確かめることから始めてみてはいかがでしょうか。基準額や支援の内容は自治体によって異なりますので、お住まいの市区町村の窓口で確認しながら進めることをお勧めします。

参考資料

筒井 亮鳳