「PER」「PBR」「ROE」という言葉は知っている。証券会社のアプリを開けば、銘柄ごとにその数値も表示されている。
それでも「この数字が高いのか安いのか」「結局どれを見て判断すればいいのか」がつかめないまま、なんとなく人気ランキング上位の銘柄を選んでしまう。そんな個人投資家は少なくありません。
「PER15倍が目安」「PBR1倍割れは割安」「ROEは8%以上が優良企業」。こうした"目安"は間違いではありませんが、実は業種や文脈によって大きく姿を変えます。目安を鵜呑みにすると、逆に判断を誤りかねません。
この記事では、東京証券取引所(以下、東証)と経済産業省の一次資料から、3つの指標の"本当の使い方"を数字で確認していきます。
1. 「PER」「PBR」「ROE」は結局何を見ている指標なのか
個別株を選ぶ際の分析手法は、大きく2つに分かれます。過去の株価の値動きから将来を予測する「テクニカル分析」と、企業の業績や財務内容から本質的な価値を測る「ファンダメンタルズ分析」です。
PER・PBR・ROEは、いずれもファンダメンタルズ分析の代表的な指標です。まずはそれぞれが何を測っているのかを整理します。
1.1 PER・PBR・ROEの基本
PER(株価収益率)は「株価÷1株当たり利益」で計算され、今の利益水準に対して株価が何年分に当たるかを示します。数値が低いほど、利益に対して株価が割安と判断されます。
PBR(株価純資産倍率)は「株価÷1株当たり純資産」で計算されます。会社を今すぐ清算した場合の解散価値(純資産)に対して、株価が何倍まで買われているかを表す指標です。
ROE(自己資本利益率)は「当期純利益÷自己資本×100」で計算されます。株主から預かった資本を使って、どれだけ効率よく利益を生み出せているかという「稼ぐ力」を示す指標です。
PER・PBRは「株価が割高か割安か」という物差しであるのに対し、ROEは株価に関係なく決まる「企業の収益効率」を示す点で役割が異なります。
一般的には「PERは15倍前後」「PBRは1倍」「ROEは8%前後」が一つの目安として語られます。ただし、この目安は業種や市場環境によって大きく変わる"平均値"にすぎません。
次章以降では、この目安がどこまで実態と合っているのかを、東証が公表する実際のデータで検証していきます。
2. 「PER15倍が目安」は業種次第で大きく外れる——東証データで見る適正水準のばらつき
「PER15倍」という目安は、実は市場全体を平均した数字にすぎません。業種ごとの実際の水準を見ると、この目安から大きく外れる業種が数多くあります。
2.1 業種によって「適正水準」はここまで違う
東証が毎月公表している「規模別・業種別PER・PBR一覧」の2026年8月末時点データ(プライム市場・単純平均、連結ベース)を見ると、業種間の差は歴然としています。
プライム市場全体(総合)の単純平均はPER19.3倍・PBR1.6倍でした。これに対し、業種別の最高値と最低値には大きな開きがあります。
2.2 【プライム市場・業種別PER/PBRの水準差(抜粋)】
単純PER(株価収益率)
- プライム市場・総合:19.3倍
- 電気機器:29.8倍
- 情報・通信業:19.3倍
- 銀行業:18.9倍
- 電気・ガス業:10.6倍
- 空運業:9.2倍
単純PBR(株価純資産倍率)
- プライム市場・総合:1.6倍
- 電気機器:2.6倍
- 情報・通信業:2.2倍
- 銀行業:1.1倍
- 電気・ガス業:0.8倍
- 空運業:1.1倍
電気機器のPER29.8倍は、空運業の9.2倍の約3.2倍に達します。
PBRで見ても、電気機器の2.6倍は、業種別最低水準(0.7倍、パルプ・紙)の約3.7倍です。
つまり「PER15倍」という目安は、電気機器のような成長期待の高い業種にはそもそも当てはまりにくく、逆に電力・空運のような業種にはやや高すぎる目安になっています。
3. 【編集者の視点】
PERやPBRの水準を業種比較なしで見てしまうと、「割高だから見送る」「割安だから買う」という判断そのものを誤るリスクがあります。
例えば電気機器業種の銘柄をPER29.8倍で「高い」と感じても、それは同業他社と比べて高いのか、業種全体の水準として妥当なのかで意味が変わります。
実務上の防衛策はシンプルです。証券会社のスクリーニングツールで個別銘柄のPER・PBRを見るときは、必ず「同じ業種の平均値」と並べて確認する癖をつけることです。
多くの証券会社の銘柄情報画面には、業種平均との比較表示や、同業種内での順位が表示される機能があります。これを使わずに単独の数値だけで判断するのは、この指標の使い方として不十分です。
実際に個別企業の決算とバリュエーションを掘り下げた分析記事も参考になります(富士通の決算とPER・PBRの評価をどう見るかを扱った分析記事では、個別企業のPER・PBRの評価プロセスが具体的に解説されています)。
4. 「PBR1倍割れ=市場に見捨てられた株」ではない——東証要請とプライム94%の開示実態
「PBR1倍割れ」は、一般に「市場から評価されていない割安株」の目印として紹介されます。しかし、この理解には実務上の重要な補足が必要です。
4.1 東証が全上場企業に求めている「対応」
東証は2023年3月31日、プライム市場・スタンダード市場の全上場会社を対象に「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応」を要請しました。
PBRの水準にかかわらず、自社の資本コストや資本収益性を分析し、改善に向けた計画を取締役会で策定・開示することを求める内容です。
この要請を受けて対応を開示した企業の一覧表を、東証は2024年1月から毎月更新・公表しています。
東証「資本コストや株価を意識した経営」開示状況の推移(プライム市場)2/3
出所:日本取引所グループ「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応」開示状況等の集計結果(2026年7月末時点、2026年8月14日公表)を基にLIMO編集部作成
4.2 【東証「資本コストや株価を意識した経営」開示状況の推移(プライム市場)】
開示済み計(対象1551社)
- 2026年5月末:1459社(94%)
- 2026年6月末:1462社(94%)
- 2026年7月末:1464社(94%)
うちアップデート済み
- 2026年5月末:1154社(74%)
- 2026年6月末:1242社(80%)
- 2026年7月末:1269社(82%)
プライム市場の上場企業1551社のうち、未開示はわずか87社。比率にすると約5.6%にとどまります。
しかも、プライム市場の対象企業全体に占める「アップデート済み」(取組みを更新した企業)の比率は、5月末の74%から7月末には82%まで、わずか2か月で8ポイント上昇しています。
つまり「PBR1倍割れのまま放置されている」企業はごく一部で、大半の企業は東証からの要請を受けて改善への取り組みを継続的に更新しているのが実態です。
5. 【編集者の視点】
PBR1倍割れの銘柄を見つけたとき、そのまま「割安だから買い」と判断するのは早計です。まず確認すべきは、その企業が改善に向けた対応を開示しているかどうかです。
東証は開示企業の一覧表をウェブサイトで公表しており、証券コードや企業名から検索できます。投資を検討している銘柄がある場合は、まずこの一覧表で開示状況を確認することをおすすめします。
特に「検討中」のまま掲載期間の6か月が経過しそうな企業や、いまだに一覧表に名前が出てこない企業は、経営側の資本効率への意識という点で注意が必要です。
逆に、アップデートを重ねている企業は、投資家との対話を継続している証拠でもあります。PBRの数値そのものだけでなく、この「対応の履歴」も判断材料の一つに加えてみてください。
6. ROE「8%」という数字の本当の意味——市場平均ではなく"対話の最低ライン"
「ROEは8%以上が優良企業の目安」という言い方をよく見かけます。この「8%」という数字には、実は明確な出どころがあります。
6.1 「8%」の出どころは伊藤レポート
2014年8月、経済産業省がまとめた「持続的成長への競争力とインセンティブ」プロジェクトの最終報告書(通称・伊藤レポート)が、この基準の起点です。
「グローバルな機関投資家が日本企業に期待する資本コストの平均が7%超となっている。これによれば、ROEが8%を超える水準で約9割のグローバル投資家が想定する資本コストを上回ることになる。グローバルな投資家と対話をする際の最低ラインとして8%を上回るROEを達成することに各企業はコミットすべきである。」
出典:経済産業省「持続的成長への競争力とインセンティブ~企業と投資家の望ましい関係構築~プロジェクト(伊藤レポート)最終報告書」(平成26年8月公表)
この一文が示す通り、8%という数字は「日本企業の平均的なROE」ではありません。海外の投資家が求める資本コスト(7%超)を上回るための、いわば"最低ライン"として提示された数字です。
「9割の投資家の期待水準を上回る」という具体的な根拠に基づいて導かれた数字であり、単なる経験則やキリのよい数字として選ばれたわけではありません。
この由来を知っておくと、ROEが8%をわずかに下回る企業を一律に「劣った企業」と判断するのではなく、「投資家との対話の土台に、まだ届いていない状態」という程度に受け止めやすくなります。
7. 指標は単体で見ない——PBR・PER・ROEの関係で変わる「割安」の見え方
PER・PBR・ROEの3つは、実は数式でつながっています。PBRは「PER×ROE」という関係で表せます。
PBR(株価÷1株純資産)をPER(株価÷1株利益)で割ると、株価が打ち消し合って「1株利益÷1株純資産」、つまりROEが残るためです。
この関係を使うと、逆にPBRとPERの実測値から、その業種の平均的なROEを逆算できます。先ほどの業種別データに当てはめてみます。
7.1 【PBR÷PERで逆算した業種別ROE(編集部試算)】
見た目の割高感と、逆算ROEのギャップ
- 電気機器:PER29.8倍・PBR2.6倍(見た目は割高)→逆算ROE約8.7%
- 空運業:PER9.2倍・PBR1.1倍(見た目は割安)→逆算ROE約12.0%
プライム市場全体の水準
- 総合:PER19.3倍・PBR1.6倍→逆算ROE約8.3%
PER・PBRだけを見ると、電気機器は「割高」、空運業は「割安」に映ります。
ところが逆算したROE(あくまで業種平均から求めた参考値)を見ると、空運業のほうが電気機器よりも高い水準にあります。
これは、PERやPBRの高さが必ずしも「稼ぐ力の高さ」と一致しないことを示す一例です。成長期待や将来性への織り込みが、現時点の収益効率以上に株価へ反映されている業種があるためです。
個別銘柄を選ぶときも同じ考え方が使えます。PERが低いというだけで「割安な優良株」と判断せず、ROEもあわせて確認し、なぜその水準になっているのかを考える一手間が欠かせません。
この視点は、個別企業の分析でも活用されています(日本取引所グループ(JPX)業績好調の裏側。なぜROEにこだわるのか?では、東証自身の決算を題材にROE重視の背景が解説されています)。
※本記事は、編集部が日本取引所グループ・経済産業省が公表する公式の最新一次資料を直接確認の上、執筆・検証しています。
8. まとめ
- PERは株価÷1株利益、PBRは株価÷1株純資産、ROEは当期純利益÷自己資本×100で計算されます。
- 「PER15倍」という目安は市場全体の平均にすぎず、業種によって適正水準は3倍以上異なります。
- PBR1倍割れの企業の多くは、東証の要請を受けて改善計画をすでに開示しており、プライム市場の開示率は94%に達しています。
- ROE8%は「市場平均」ではなく、伊藤レポートが示した「投資家との対話の最低ライン」です。
- PBRはPER×ROEの関係にあり、見た目のPER・PBRだけでなくROEも合わせて確認することで、指標の見え方が変わります。
PER・PBR・ROEは、それぞれ単独で「正解」を教えてくれる魔法の数字ではありません。業種による水準の違いや、数字の由来を知ったうえで組み合わせて初めて、判断材料としての意味を持ちます。
次に証券会社のアプリで銘柄の指標を目にしたときは、まず同じ業種の平均値と見比べ、次にPBR1倍割れなら東証の開示状況を確認する。この2つの手順を加えるだけでも、数字の受け止め方は変わってくるはずです。
9. よくある質問
9.1 Q. PER・PBR・ROEはどこで確認できますか?
A. 多くの証券会社の取引アプリやウェブサイトで、銘柄ごとの個別ページに表示されています。業種平均との比較機能を備えたツールもあるため、あわせて確認すると判断の精度が上がります。
9.2 Q. PERとPBRはどちらを優先して見るべきですか?
A. どちらか一方だけで判断すべき指標ではありません。PERは利益、PBRは純資産という異なる物差しで割安度を測るため、両方に加えてROE(収益効率)を確認したうえで総合的に判断することが基本です。
9.3 Q. PBR1倍割れの銘柄はすべて買い時ですか?
A. そうとは限りません。PBR1倍割れが東証の資本コスト改善要請の対象になっている点を踏まえ、その企業が改善に向けた対応を開示しているかどうかを、東証の開示企業一覧表などで確認したうえで判断することをおすすめします。
9.4 Q. ROEが8%に届いていない企業は投資対象として避けるべきですか?
A. 8%という数字は伊藤レポートが示した「投資家との対話の最低ライン」であり、一律の合格ラインではありません。業種平均や、その企業の資本コストがどの水準かも踏まえて判断することが必要です。
参考資料
- 日本取引所グループ「規模別・業種別PER・PBR一覧」(2026年8月末時点、2026年9月1日更新)
- 日本取引所グループ「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応(プライム・スタンダード市場)」(開示状況等の集計結果、2026年7月末時点、2026年8月14日公表)
- 経済産業省「持続的成長への競争力とインセンティブ~企業と投資家の望ましい関係構築~プロジェクト(伊藤レポート)最終報告書」(平成26年8月公表)
LIMO編集部ウェルスマネジメント班
