株式の売買が行われる「市場」を運営し、日本の金融インフラを支える日本取引所グループ(JPX)。多くの人は、同社のビジネスを「場所を貸して手数料を取るだけの、待っていれば儲かる商売」と認識しています。しかし、実態は自ら積極的に市場の魅力を高め、海外からの資金を呼び込むために動いている企業です。一体なぜ、独占的な立場にある取引所が、上場企業に対して厳しい要求を突きつけているのでしょうか。この理由について、元機関投資家の泉田良輔氏が事業構造と財務体質を分析し、業績好調の本当の理由を解説します。

ココがポイント
  • JPXの収益源は取引料。市場の「熱量」が高まり売買が活発になるほど儲かる構造になっている
  • PBR1倍割れの企業は半減したが、稼ぐ力を示すROEの改善は小幅にとどまっている
  • PBRの改善は投資家の「期待」が先行しており、今後は経営者の資本政策が問われる
  • 次にPBRの改善ニュースを見たときは、ROEの改善が伴っているかを必ず確認する

1. 待っていれば儲かる商売? 取引所の本当の姿

日本取引所グループ(JPX)のビジネスモデルについて、「株式投資の最上流に位置し、設備投資もいらず、株式投資さえ増えれば収益が上がる。取りっぱぐれのない堅い商売だ」という見方があります。市場という場所さえ提供していれば、あとは投資家が勝手に売買して手数料が落ちてくる。そう思っていませんか。

実は、彼らの動きを見ると話が違います。彼らはただ待っているわけではありません。自分の商売の元手にあたるもの、つまり「投資したくなる魅力的な上場企業」を、自ら作りにいっているのです。

まずは、JPXがどのように収益を上げているのかを確認しましょう。2027年3月期第1四半期の営業収益(売上高)655億15百万円のうち、42.5%にあたる278億37百万円が「取引関連収益」です。その中核となる取引料は246億47百万円で、内訳を見ると89.0%にあたる219億28百万円を現物取引が占めています。

つまり、私たちが日常的に行っている株式の売買が、JPXの収益に直結している状態です。泉田氏は、このシンプルな収益構造について次のように指摘します。

「現物の取引が多くなると、ここで手数料、取引料というのが入ってきて、それがJPXの収益になる」

取引が活発になればなるほど、JPXは潤います。逆に言えば、投資家が株を買ったまま動かさなくなったり、市場への興味を失ったりすれば、収益は落ち込んでしまいます。

「これ、上がりっぱなしでみんな持っている状態だと駄目だし、下がりっぱなしでみんなが動かさないというのは駄目なんですよ」

市場の温度感が高まり、投資家が頻繁に売買を繰り返す環境があってこそ、取引所のビジネスは成り立ちます。だからこそ、JPXは市場の熱を冷まさないための施策を打ち出し続けていると考えられます。

2. 日本株の魅力を底上げする「資本コスト経営」の要請

現在の日本の株式市場は、外国人が取引の主体となっています。そのため、海外の投資家から「日本株は面白い」と思ってもらうことが、市場を活性化させる上で極めて重要です。

「そもそも投資対象として魅力のある企業を増やすということと、買いやすい環境を整えるということが大事なんですよ」

この方針のもと、JPXが上場企業に対して強く求めているのが「資本コストと株価を意識した経営」です。これは、企業が自社の資本コスト(投資家が期待する最低限のリターン)を把握し、それを上回る利益を出すための計画を開示するよう促す取り組みです。

2026年3月末時点で、プライム市場の1,569社のうち93%にあたる1,461社がすでにこの要請に対する開示を行っています。さらに、そのうち1,154社は内容のアップデートまで済ませており、これはプライム市場全体の74%にあたります。要請が始まった2023年12月末の開示率は40%でしたから、2年余りで倍以上に増えた計算にあたります。

この取り組みの結果、市場の評価はどう変化したのでしょうか。

PBR1倍割れ企業の比率(プライム市場)1/3

PBR1倍割れ企業の比率(プライム市場)

出所:日本取引所グループ「JPX Investor Day 2026 現物市場(東証)」(原データはQUICK)を基にイズミダイズム作成

企業の解散価値に対する株価の割安度を示すPBR(株価純資産倍率)。一般的に1倍を割ると「会社を解散して資産を分けた方がマシ」と市場から評価されている状態を意味します。

プライム市場におけるPBR1倍割れの企業は、2022年7月時点では50%(922社)を占めていました。しかし、2026年3月時点では27%(424社)まで減少しています。裏を返せば、7割超の企業がPBR1倍以上という評価を獲得するに至ったのです。

3. PBRは改善したが、ROEは足踏み。その意味とは

PBRの改善は素晴らしいニュースです。しかし、もう一つの重要な指標であるROE(自己資本利益率=企業が株主のお金をどれだけ効率よく使って利益を生み出しているかを示す指標)に目を向けると、異なる景色が見えてきます。

ROE8%未満の企業の比率(プライム市場)2/3

ROE8%未満の企業の比率(プライム市場)

出所:日本取引所グループ「JPX Investor Day 2026 現物市場(東証)」(原データはQUICK)を基にイズミダイズム作成

プライム市場において、ROEが8%未満の企業は、2022年7月時点の47%(857社)から、2026年3月時点では43%(684社)へと、わずか4ポイントの減少にとどまっています。PBR1倍割れが半減したのに対し、稼ぐ力を示すROEの改善は非常に小幅です。

このギャップはなぜ生まれるのでしょうか。理論上、PBRは「PER(株価収益率=いまの株価が1年分の利益の何倍で買われているかを示す、投資家の期待の大きさ)×ROE」という掛け算で分解できます。ROEがほとんど動いていない中でPBRが大きく改善したということは、掛け算のもう一方であるPERが上昇した、つまり投資家の「期待」が先行して株価を押し上げたと考えられます。

泉田氏は、この構造の違いについて次のように指摘しています。

「ROEは自分のエクイティをどうするかとか、実際に出てきた利益をどういう風に配分するかという資本政策のところが大きいので、これ経営者の仕事なんですよ」

PERは、企業が成長計画を発表すれば、投資家が勝手に期待を膨らませて動かしてくれます。しかし、ROEは企業の「エンジンの馬力」そのものです。経営者が自ら資本をスリム化し、効率よく利益を生み出す仕組みを作らなければ、決して向上しません。

PBRの改善にROEが追いついていない現在の状況は、投資家の期待に対して、企業側の稼ぐ力の改善がまだ道半ばであることを示していると考えられます。