3. 【社労士が解説】相談案件から見る最近の傾向と気になるポイント

社会保険労務士としての相談案件から最近の傾向と気になるポイントを紹介します。

3.1 どんな人が繰上げ・繰下げ受給している?

繰下げ受給の相談者の多くが、65歳以上も仕事を続ける男性です。給与収入で生活を賄い、老後の安定に向けて年金額を増やしています。収入も年金額も高い傾向にあります。

老後生活への不安の増大と65歳以上高齢者の就業率の高まりを背景に、繰下げ受給を検討する人は今後も増えると感じます。一方、これまで繰上げ受給の相談者は厚生年金の加入期間が短い人が中心でした。少ない年金額が更に減ってしまいますが、当面の生活費を確保するためやむなく、というものです。

最近の変化は、在職者の繰上げ受給増加です。「60歳繰上げ最強」という情報を見て、という人が大半です。

メリット・デメリットのある繰上げ受給ですが、収入や年金、資産に恵まれた相談者が多く、老後生活は困らないが有利な選択をしたいと考える人が目立ちます。

3.2 繰上げ受給の気になるポイント

最近増えている在職者の繰上げ受給について、気になるポイントが2つあります。

1つは、明確なデメリットがあるのに繰上げ受給が最強と考える人がいることです。

主には、65歳より前に退職して失業保険を受給する可能性(失業保険受給中は老齢厚生年金は支給停止)がある人と在職老齢年金によって老齢厚生年金が支給停止になる人です。

もう1つは、在職者で年金額が多くない人です。たとえば、年金月10万円の人が60歳から繰上げ受給すると月7万6000円、月15万円の人でも11万4000円です。

在職中の家計に余裕は出ますが、退職すると減額された年金だけでは厳しい老後生活が予想される人もいます。

一度繰上げ受給を始めると取り消すことはできないため、慎重に検討しましょう。

4. 高齢者世帯「平均所得」と60歳代から急増する非正規雇用のリアル

年金を繰上げ・繰下げ受給するか検討するうえで、高齢者世帯の暮らしについて知ることも大切です。生活の実態を知る上で参考になるのが内閣府の「令和8年版高齢社会白書」です。

高齢者世帯の所得階層別分布3/4

高齢者世帯の所得階層別分布

出所:内閣府「令和8年版高齢社会白書(全体版)」

同資料によると、高齢者世帯の平均所得金額は約314万8000円(平均世帯人員1.52人)となっています。これは現役世代を含むその他の世帯の平均所得である671万円(平均世帯人員2.60人)と比較すると、約半分にとどまっています。

  • 高齢者世帯の平均所得:314.8万円(平均世帯人員 1.52人)
  • その他の世帯の平均所得:671.0万円(平均世帯人員 2.60人)
  • 全世帯の平均所得:536.0万円(平均世帯人員 2.20人)

税金や社会保険料を差し引いた手取り収入にあたる金額で見ても、現役世代との差は大きく、年金だけでゆとりのある生活を送るのは難しい現実が浮かび上がってきます。

4.1 60代からの働き方と急増する「非正規雇用」の実態

60代以降の働き方(非正規雇用の増加)の実態4/4

60代以降の働き方(非正規雇用の増加)の実態

出所:内閣府「令和8年版高齢社会白書(全体版)」

年金だけでは不足する生活費を補うため、働き続けるシニア世代が増えています。65歳から69歳の就業率は54.5パーセントに達しており、約2人に1人が仕事を持っています。70歳から74歳でも36.2パーセントと、3人に1人が働き続けているのが現状です。

しかし、働き方の質には大きな変化が生じます。60歳を境に、現役時代の正規雇用からパートや契約社員といった非正規雇用へ移行する方が急激に増えるのです。

男性の場合、55歳から59歳では非正規雇用の割合が10.5パーセントですが、60歳から64歳になると39.8パーセントへと約4倍に跳ね上がります。女性も同様に、60歳以降は非正規雇用の割合が7割を超えます。

現役時代よりも給与水準が下がる可能性が高いため、仕事からの収入と年金をどのように組み合わせるかが、安定した老後設計の鍵となります。

5. まとめにかえて

今回は年金の受給開始時期を選ぶ仕組みと、高齢者の所得や働き方の現状について解説しました。

繰上げ受給と繰下げ受給は、それぞれにメリットと注意点があり、損益分岐点となる年齢も異なります。高齢者世帯の平均所得や非正規雇用への移行実態を見ても、年金と勤労収入をどう組み合わせるかが重要です。「誰にとっても最強の選択」というものは存在しません。目立って発信される情報に振り回されず、ご自身とご家族が安心して過ごせるライフプランを描くことが何よりも大切だと考えます。

参考資料

西岡 秀泰