4. 退職金は運用に回すべきか、預金のままか。ファイナンシャルアドバイザー・山﨑夏子に聞く、決める前に整理したいこと

退職金というまとまった資金を前に、運用に回すべきか、そのまま預金しておくべきか迷う——そんな声はよく聞かれます。老後の生活を支える大切な資金だからこそ、失敗したくないと感じる方が多いようです。ここからは、退職を数年後に控えて相談に訪れたある方の事例をもとに、ファイナンシャルアドバイザーの山﨑夏子さんに伺った考え方をご紹介します。

4.1 退職を数年後に控えた50代のお悩み相談:「これほどまとまった金額が必要になるのか」

50代のお客様
数年後に退職を迎える予定で、夫婦とも会社員として働いています。住宅ローンを返済しながら、NISAで少額の積立を続けてきました。ただ、退職後の生活資金や、子どもへどう資産を引き継いでいくのかについては、漠然とした不安があります。先日、老後資金のシミュレーションをしてみたところ、目標とする金額との差が思っていた以上に大きくて。「これほどまとまった金額が必要になるのか」というのが、率直な感想でした。数年後に入る退職金をどう活かせばいいのか、今入っている保険などをどう見直せばいいのか。運用で状況が改善する可能性は理解できるのですが、大切な資金をリスクにさらすことには、やはり迷いがあります。

運用による改善の可能性には納得しつつも、大切な資金だからこそ具体的な一歩を踏み出せずにいる——この段階で立ち止まる方は少なくありません。

4.2 【ファイナンシャルアドバイザー・山﨑夏子が回答】「増やす」と「残す」を分けて考える

山﨑 夏子
退職を数年後に控えて老後の生活資金について漠然とした不安を抱える気持ちはよく分かります。「退職金は減らしてはいけない」と身構える前に、まずは目標額との差を把握することが大切です。増やす部分と守る部分を切り分けて、退職を迎える前から時間をかけて準備しておくことで、ご自身に合った資産の形が少しずつ整っていきます。今からできる準備を少しずつ進めてみてはいかがでしょうか。

4.3 ポイント1:運用を「自分の老後資金のため」だけに限定しない

まず見直したいのは、運用を「自分の老後資金を増やすためだけのもの」と捉えないことです。この方は、まとまった資金の置き場所として外貨建ての保険なども含めて検討するなかで、時間をかけて資産を育てる一方、万が一のときには子どもへ引き継げる仕組みもあると知り、自分だけでなく家族のための備えとして運用を捉え直しました。ただし、外貨建ての商品には為替の変動によって円ベースの受取額が目減りする可能性があり、運用の成果が約束されているわけではありません。その点を理解したうえで、退職金は老後の生活費であると同時に、次世代へ引き継ぐ財産でもあると整理していく。増やすことと残すことをセットで考える視点は、多くの方にとって安心につながります。特に、ご家族への想いが強い方ほど、こうした多角的な視点が運用への心理的なハードルを下げるきっかけになります。

4.4 ポイント2:退職金が入る前から、時間をかけて準備しておく

そのうえで、運用を始めるタイミングについても気づきがありました。仕組みへの理解を深めるなかで、この方は「もっと早くから知っておきたかった」と話されていました。資産形成において「時間」が味方になるのは確かで、退職金が手元に入ってから慌てて全額を投資に回すのではなく、退職前から少しずつ仕組みを理解し、時間をかけて準備を進めておくことが、値動きの影響を受けにくくするうえで大切になります。もっとも、これは今から始めても遅いという意味ではありません。残された期間に合わせて配分や金額を調整すれば、心にゆとりを持って続けやすくなったという声も多く聞かれます。

4.5 ポイント3:すでに持っている資産の役割を点検する

また、手元の現金を動かすだけでなく、すでに保有している資産の役割を見直すことも欠かせません。この方は、数百万円規模のまとまった資金を運用に回すにあたり、長年続けてきた円建ての資産の位置づけを整理し直す決断をされました。長期的な視点を持つことで一時的な変動に振り回されにくくなるという理解は、運用を長く続けるための土台になります。ただし、長く持てば必ず増えるというものではなく、期間にかかわらず元本を下回る可能性は残ります。だからこそ、手元の資金をただ新しい商品につぎ込むのではなく、いま保有している資産がどんな役割を果たしているのかを確認し、自分が許容できるリスクの範囲を正しく把握しておくことが欠かせません。過去に契約したままになっている金融商品があれば、今の目的に合っているか点検してみるのも有効です。

退職金は絶対に減らしてはいけない、と決めつける前に、まずは将来の目標額との差を整理し、増やす部分と守る部分を分けて考えてみる。そのうえで、早めに現状を把握し、自分が許容できるリスクに合った運用の形を探していく——その積み重ねが、退職後の暮らしへの見通しを少しずつはっきりさせてくれます。

5. まとめにかえて

厚生年金の平均受給額は月額15万289円で、月30万円以上を受け取る人は全体の0.12%。約8割は月20万円未満という分布でした。第3号被保険者の女性は5年連続で減り、働き続ける選択が広がる一方、6歳未満の子がいる家庭では妻の家事・育児時間が夫の約4倍という偏りが残っています。厚生年金に長く加入できるかどうかは、家庭内の時間配分と切り離せない問題でもあります。

公的年金だけで老後の支出をまかなうのが難しいとすれば、次に向き合うのは退職金という、多くの方にとって最後のまとまった資金です。減らしてはいけないと身構える前に、目標額との差を確かめ、増やす部分と守る部分を分けて考える。そのうえで早めに準備を始めておけば、退職後の暮らしへの見通しは少しずつはっきりしてきます。まずはご自身と配偶者の年金見込額を、ねんきん定期便やねんきんネットで確認するところから始めてみてください。

参考資料