5. 定年が延びて、債券の満期をどこに置くか考え直すことに。ファイナンシャルアドバイザー・菅原 美優が語る、どこまで下がったら困るかを先に決める順序
50歳代に入ると、定年の年齢が引き上げられ、働く期間そのものが後ろへ延びる方が増えています。給与収入が入る期間が延びるということは、公的年金を受け取り始めるまでの間を給与で支えられる期間も延びるということです。前半でみたように、厚生年金として受け取れる額は働き方や加入期間によって幅があり、その土台がどのくらいの高さになりそうかが分かると、資産の置き方の前提も変わってきます。一方でこの年代は、子どもの結婚や孫の誕生といった家族の節目が重なり、まとまった支出を控えている時期でもあります。生命保険会社でお客さまの人生設計をお手伝いしてきた立場から申し上げると、値動きにどこまで耐えられるかという問いは、性格の話ではなく順序の話です。相談の場では次のような声を耳にします。
5.1 働く期間が延びたぶん、運用の期間もどこまで延ばしていいのか決めきれない

「会社員として働いていて、定年が延びたので六十代の半ばまでは勤める見込みです。手元の預貯金は少しずつ増えてきていて、毎月少しだけを非課税の枠での積立に回し、自分で加入している年金の制度も使って積み立てを続けています。
これから債券も持ちたいと考えているのですが、満期をどこに置けばいいのかで迷っています。働く期間が延びたのだから、以前考えていたよりも長いものにしたほうがいいのか。ただ、この先は子どもの結婚や孫のことで、まとまったお金が出ていく場面もありそうです。途中で値下がりしたときに自分がどこまで我慢できるのかも、正直よく分かっていません」
相談の場でも、働く期間が延びたことをきっかけに、資産をどれくらいの期間で考えればよいのか決めきれずにいるという方に数多くお会いします。
5.2 【ファイナンシャルアドバイザー・菅原 美優が回答】受け入れられる下げ幅は、年金が支える部分の高さと、お金を使う時期の並びから決まる
5.3 ポイント1:続いている積立はそのまま残し、資金を動かす道すじを先に通しておく
まずは、いま続いているものを止めないところから始めます。運用で得た利益に税金がかからない非課税の枠と、自分で加入する年金の制度は、役割が違います。前者はいつでも売って現金に戻せる代わりに、掛金そのものが所得から引かれるわけではありません。後者は原則として決まった年齢まで引き出せない代わりに、掛金が所得から引かれる扱いになります。この二つを両方続けている形はすでに整っているので、債券を持ちたいからといって崩す必要はありません。そのうえで着手していただきたいのが、資金を動かすための道すじです。証券会社の口座は、登録している住所や勤務の情報、ログインのための設定が古いままだと、いざ買い付けをしようとしたところで止まってしまいます。まとまった資金を動かす前に登録情報を最新にし、振込に使う口座やネットバンキングの設定まで用意しておいてください。入金の方法によって手数料の有無も、口座に反映されるまでの時間も違います。配分をどれだけ丁寧に決めても、手続きで止まっている間に条件のほうが動いてしまいます。まずは動かせる状態をつくることが出発点です。
5.4 ポイント2:期間の決まった資産と値動きのある資産の割合を決めてから、債券の候補を並べる
道すじが通ったら、次は全体の割合です。資産は大きく、値動きのあるもの(投資信託や株式)と、持っている期間と受け取れる利息の水準が決まっているもの(債券)に分けられます。ここで効いてくるのが、公的年金という土台です。暮らしの基礎の部分を年金が支えてくれる見込みがあるなら、資産のすべてを値動きのあるものに寄せて増やしにいく必要はありません。反対に、すべてを預貯金に置いておけば減りませんが、増えもしません。土台の高さを踏まえて、増やす部分と、決まった形で受け取る部分の比率を先に置いてください。比率が決まってから、はじめて候補を並べます。債券は発行する側で分かれ、国が発行するものと会社が発行するものがあり、発行する側の信用力によって受け取れる利息の水準が変わります。信用力が高いところのものは利息が控えめになり、そのぶん受け取れなくなる心配は小さくなります。外貨で持つ形のものは、円に戻す時点の為替で受け取る額が変わるため、円で持つ分と分けて考えるのが前提です。一本に寄せず、発行する側と通貨の違うものへ分けておくと、どれか一つの事情で全体が揺れることを避けられます。
5.5 ポイント3:満期をどこに置くかは、利回りの高さではなく働き終える時期から逆算する
候補が並んだら、満期の位置を決めます。債券は、満期まで持てば決まった利息を受け取り、満期に額面が戻ってくることを前提にした資産です。ただし満期を待たずに手放す場合は、その時点の値段で売ることになります。市場の金利が上がれば持っている債券の値段は下がり、金利が下がれば上がる、という関係があるためです。つまり満期まで持ち切れるかどうかが、この資産の性格を決めます。満期までが長いものほど利息の水準は高くなりやすいのですが、それは長く持ち切る約束をした見返りだと考えてください。ですから選ぶ基準は、利回りの数字の並びではなく、そのお金をいつ使うかです。働く期間が後ろへ延びたのであれば、給与で暮らしていける間は満期が来なくてもかまいません。その期間の分だけ、満期を先に置ける余地が生まれます。一方で、家族の節目で数年のうちに出ていくことが見えているお金は、満期が遠い資産に入れないでください。ここを混ぜてしまうと、使う場面で満期を待てず、値段が下がっている時期に手放すことになります。働き終える時期と、まとまった支出の時期を先に紙に書き、そのあいだの空いているところへ満期を置いていく。この順番で考えると、満期の長さは自然に決まります。
5.6 ポイント4:不足が始まる時期が分かると、値動きに付き合える資産の範囲が決まる
最後に、老後の資金の見通しを一度つくっておくことをおすすめしています。受け取れる年金の見込み、暮らしに必要な額、働く期間を並べると、いつごろからいくら足りなくなるのかが形になります。
この「不足が始まる時期」が分かることに、大きな意味があります。取り崩しを始める時期が決まると、それより後に満期が来る資産は、途中で値下がりしても回復を待つことができると判断できるからです。逆に、取り崩しが始まるより前に使う予定のあるお金は、価格変動リスクを取る余裕がありません。
ここまで来ると、ご自身の言葉で「どこまで下がったら困るか」を言えるようになります。使う時期が遠い分については、下がっても待てる。近い分については、下がったら困る。同じ人の中に、この二つが同時にあるのが普通です。
値動きへの耐性を、性格や度胸の問題として一つの数字で表そうとすると、判断はいつまでも決まりません。数字を置かないまま気持ちだけで決めた方は、実際に下げた局面で全部を売ってしまいがちです。
見通しを一度つくり、そのうえで下げ幅を言葉にしておく。この順番が、下げの局面で手を止めずにいられる支えになります。
働く期間が延びたことは、運用に使える期間が延びたことと同じ意味を持ちます。積立を残し、割合を決め、満期を逆算し、見通しを置く。この順に進めれば、どこまで下がったら困るかは自分で言える形になります。
これは一つの考え方であり、割合の置き方や満期の長さ、どの通貨で持つかは、働く期間や家族の予定、そのときの金利や為替の状況によって異なります。まずは、働き終える時期と、まとまった支出が来そうな時期を一枚に書き出してみてください。
制度の要件や税の扱い、手続きに必要な書類はその年の決まりとご家庭の状況で変わるため、実際に動かす段階では専門家や金融機関の窓口に確認しながら進めてください。
6. まとめにかえて
厚生年金で月額15万円以上を受け取っている人は、男女全体で49.8%、男性で68.8%、女性で12.3%でした。土台の高さは人によって違い、その差を手元の資産で埋めるとなると、資産に求める働きも変わってきます。
今回の試算では、1500万円から毎月3万8876円を取り崩す形に置いたとき、取り崩せる期間は値下がりがなければ約32年2カ月、30%下がった場合は約22年6カ月と、9年以上の開きが出ました。
下げ幅にどこまで付き合えるかは、土台の高さと取り崩す額を先に置くと言葉にしやすくなります。まずはご自身の見込み額を1つ出してみるところからで十分です。年金の見込み額や制度の内容は、日本年金機構の窓口や年金事務所で確認しながら進めてください。
参考資料
- 【国民年金+厚生年金】月15万円(年180万円)以上もらう人は何%?平均受給額を一覧で確認!私的年金の見直しで押さえておきたいポイント
- 日本年金機構「公的年金制度の種類と加入する制度」
- 日本年金機構「厚生年金保険の保険料」
- 日本年金機構「国民年金保険料」
- 厚生労働省年金局「令和6年度 厚生年金保険・国民年金事業の概況」
- 厚生労働省「令和8年度の年金額改定についてお知らせします」
菅原 美優
