3. 繰上げ・繰下げを選択している人はどれくらい?
公的年金は、希望すれば60歳から64歳の間に前倒しで受け取り始める「繰上げ受給」や、66歳から75歳の間に遅らせて受け取り始める「繰下げ受給」を選ぶことができます。実際にどれくらいの人がこれらを選択しているのか、厚生労働省の最新統計で確認します。
繰上げ・繰下げ受給を選択している人の割合(令和6年度末現在)4/5
出所:厚生労働省年金局「令和6年度 厚生年金保険・国民年金事業の概況」をもとにLIMO編集部作成
令和6年度末現在、老齢厚生年金の受給権者のうち、繰上げ受給を選んでいる人は1.2%、繰下げ受給を選んでいる人は1.9%で、96.9%は65歳での本来受給です。一方、老齢基礎年金(国民年金)では、繰上げ受給が23.2%と厚生年金よりもかなり多く、繰下げ受給は2.4%にとどまります。国民年金のみを受給する自営業者などは、厚生年金のような報酬比例部分がない分、生活資金の確保のために繰上げを選ぶ人が一定数いるとみられます。なお、繰下げ受給の割合は、厚生年金・国民年金ともに年々上昇する傾向にあります。
4. 繰上げ・繰下げでいくら変わる?受給額シミュレーション
繰上げ・繰下げを選んだ場合、実際の年金額はどれくらい変わるのでしょうか。繰上げ受給は1ヶ月あたり0.4%の減額(最大60ヶ月で24%減額)、繰下げ受給は1ヶ月あたり0.7%の増額(最大120ヶ月で84%増額)となる計算方法で試算しました。
繰上げ・繰下げ受給による年金月額のシミュレーション5/5
出所:厚生労働省、日本年金機構の公表情報をもとにLIMO編集部作成
65歳で月額7万608円の国民年金(老齢基礎年金・満額)の場合、60歳まで5年繰上げると月額5万3662円に減り、70歳まで5年繰下げると月額10万263円、75歳まで10年繰下げると月額12万9919円まで増える試算です。夫婦2人分の厚生年金モデル年金(65歳で月額23万7279円)で見ても、60歳繰上げで月額18万332円、70歳繰下げで月額33万6936円、75歳繰下げで月額43万6593円と、受給開始年齢によって大きな差が生まれます。
増額した年金額は、繰下げを選んだ後は生涯変わりません。長生きするほど、繰下げによる増額の恩恵は大きくなる計算です。
「繰下げれば年金額が増える」と聞くと、できるだけ遅らせた方が得だと考えたくなりますが、大切なのは「何歳まで生きるか」ではなく「その間の生活費をどう確保するか」という視点です。
繰下げている間は年金を受け取れないため、その間の生活費を貯蓄や就労収入でまかなえる見通しが立っているかを、まず確認することをおすすめします。見通しが立たないまま繰下げを選んでしまうと、途中で取り崩す貯蓄が想定より減ってしまうこともあります。
5. 繰下げ受給の鍵は「待機期間中の収入」
繰下げ受給を選ぶかどうかを判断するうえで最も重要なのは、年金を受け取らない待機期間中の収入をどう確保するかです。方法としては、主に「働き続けて収入を得る」「iDeCoなど私的年金や資産を取り崩して充当する」の2つが考えられます。
働き続ける場合に注意したいのが、在職老齢年金のしくみです。厚生年金に加入しながら働く場合、賃金と年金の合計額が一定の基準額を超えると、年金の一部または全部が支給停止されます。この基準額は令和8年4月から月51万円から月65万円に引き上げられており、以前よりは支給停止の対象になりにくくなっていますが、収入が高い方は事前に確認しておく必要があります。
また、繰下げ受給とは別の論点として、iDeCoなどの私的年金を「年金形式」で受け取る場合にも注意が必要です。年金形式の受け取りは公的年金等控除の対象になりますが、その分だけ雑所得が増えるため、所得税・住民税の負担が増えたり、国民健康保険料・介護保険料・後期高齢者医療保険料などの算定基準になる所得が上がったりすることがあります。その結果、「額面の受取額は増えたはずなのに、手取りで見るとそれほど増えていない」というケースも起こり得ます。これは、公的年金を繰下げるかどうかに関わらず起こり得る話です。
老後資金を考えるとき、つい「額面の年金額がいくら増えるか」だけに目が向きがちですが、実際に使えるお金は税金や社会保険料が引かれた後の手取り額です。
繰下げ受給にせよ、iDeCoの受け取り方にせよ、所得が増えれば税・社会保険料の負担も連動して増える場合があります。金額だけでなく、いつ・どのように受け取るかという「受け取り方」まで含めて考えることが、老後資金の計画では大切だと感じています。
6. まとめ
令和6年度末現在、厚生年金の繰下げ受給は1.9%、繰上げ受給は1.2%にとどまり、多くの人は65歳での本来受給を選んでいます。一方、国民年金では繰上げ受給が23.2%と一定数存在します。試算では、65歳基準の年金額から60歳への繰上げで24%減、75歳への繰下げで84%増となり、受給開始年齢による差は決して小さくありません。
ただし、繰下げ受給の効果を十分に得るには、待機期間中の生活費をどう確保するかが重要です。就労継続や私的年金の活用を検討する際は、在職老齢年金による支給停止や、所得の増加にともなう税・社会保険料の負担増にも注意が必要です。ご自身の年金見込額や資産状況を踏まえて、最寄りの年金事務所や「ねんきんネット」で試算しながら、無理のない受給開始時期を検討することをおすすめします。
参考資料
- 厚生労働省「令和8年度の年金額改定についてお知らせします」
- 厚生労働省年金局「令和6年度 厚生年金保険・国民年金事業の概況」
- 日本年金機構「年金の繰上げ受給」
- 日本年金機構「年金の繰下げ受給」
- 政府広報オンライン「在職老齢年金制度の基準額引き上げについて」
和田 直子
