4. 「退職すれば支出も下がる」はずだった。ファイナンシャルアドバイザー・神田翔平に聞く、退職直後に起きる想定と現実のギャップ
日頃のご相談では、退職を迎えた直後の時期に「思っていたほど支出が減らない」というお話をよくうかがいます。収入は先に下がるのに、暮らし方はすぐには変わらないためです。ここでは、退職後の生活費について相談に訪れた60代の方の一事例をもとに、ファイナンシャルアドバイザーの神田翔平さんに伺った考え方を紹介します。
4.1 想定では「収入が減れば支出も減る」。現実は「生活費が下がらないまま貯蓄が減る」
退職してから年金の受給が本格化するまでの間は、収入の谷ができやすい時期です。預貯金や退職金があるぶん当面はしのげますが、毎月の不足が続けば貯蓄は想定より早く減っていきます。ここで起きているのは見通しが甘かったということではなく、住まいや保険、車、人づきあいにかかる費用のように、退職したその月から急には変えられない支出が家計の土台を占めているという、退職直後には誰にでも起こりやすい現象です。相談の場では、次のような声をうかがいます。

支出がすぐに下がらないこと自体を悔やんでも、家計は動きません。先に決めておきたいのは、不足する分をどう埋めるかという手段のほうです。このご相談でも、預貯金を減らし続けない形をつくることが方針になりました。
4.2 【ファイナンシャルアドバイザー・神田翔平が回答】ギャップの正体は、不足額がまだ数字になっていないこと
「退職すれば、支出も減少するはずだったのに思ったよりも変わらない」というギャップは誰しもが経験する可能性のあるものです。
退職のタイミングから急に生活リズムを変えることは難しい場合もありますので、まずは現状を数字で把握するところから始めていきましょう。
まずは、今の支出のうち退職のタイミングで変化があるもの、ないものに分けていきましょう。年金受給が始まった後でも、不足額が発生し続ける可能性がある場合は資産計画の見直しが必要です。
もちろん、支出を減らすことも有効ですが、退職金や今までの貯蓄がある場合は、そちらを活用して収入源を確保することも有効です。
収入の谷を乗り切る設計は、預貯金を取り崩し始める前に考えておくほど選択肢が広がります。相談のなかでは、次の三つの順序でお話しすることが多くあります。
4.3 ポイント1:「思ったより減らない」を、毎月いくら足りないかの数字に置き換える
まず取りかかりたいのは、毎月の不足額を確定させることです。年金の受給見込額と実際の支出を並べ、月にいくら足りないのかを数字にします。ここが決まらないと、いくら準備すればよいのかも決められません。逆に言えば、金額さえ見えれば「なんとなく足りない」という不安は、「毎月これだけ足りない」という具体的な課題に変わります。なお、公的年金の受給見込額は加入状況によって一人ひとり異なりますので、ご自身の金額はねんきん定期便やねんきんネット、年金事務所でご確認ください。
4.4 ポイント2:取り崩し一本ではなく、定期的に受け取れる形を一部に取り入れる
次に考えるのが、不足分を補う収入源をつくることです。預貯金をそのまま取り崩し続けるのではなく、利息や分配金として定期的に受け取れる形を、資金の一部に取り入れる。受け取る分だけ取り崩す額が減れば、貯蓄が持つ期間は長くなります。ただし、分配金の額は運用状況によって変わり、受け取れる金額があらかじめ約束されているわけではありません。資産を増やすための手段というより、取り崩しの速さをゆるめるための工夫として位置づけておくほうが現実的です。
4.5 ポイント3:「いつ使うお金か」で分けると、想定外の下落局面でも慌てずに済む
最後に整えておきたいのが、使う時期で資金を分けておくことです。数年内に使う生活費は値動きの小さい形で確保し、当面使わない部分だけを運用に回します。この線引きをしておくと、相場が想定外に下がった局面で、生活費を捻出するために値下がりしたまま売却する、という事態を避けやすくなります。値動きそのものをなくすことはできませんが、売る時期を自分で選べる状態にしておくことはできます。
4.6 【試算】平均的な年金額と「月20万円」の差を自分で埋めると、いくら必要か
不足額を数字にすると、準備すべき金額も見えてきます。ここでは、必要な生活費を月20万円と仮置きし、厚生年金(国民年金部分を含む)の全体平均である月15万289円との差額4万9711円を、自分の資産から埋め続けた場合の累計額を試算しました。物価の変動や税金・社会保険料は考慮していない、単純な積み上げの計算です。
- 1年間で埋める場合:約59万6532円
- 65歳から80歳までの15年間:約895万円
- 65歳から85歳までの20年間:約1193万円
- 65歳から90歳までの25年間:約1491万円
毎月5万円弱の不足でも、25年続けば約1491万円になります。ここで押さえておきたいのは、この金額を退職時に一括で用意しなければならないわけではない、という点です。受け取り方を工夫して不足額そのものを小さくできれば、必要な準備額も下がります。長生きするほど累計額が膨らむ構造であることを踏まえて、早い段階から手を打っておきたいところです。
なお、投資信託や債券には元本割れの可能性があり、分配金の額は運用状況によって変わります。年金や税に関する制度の取り扱いは改正されることがあるため、実際に検討される際は最新の内容をご確認ください。また、退職後の収入や支出の水準、必要となる資金の額や時期は一人ひとり異なります。ここで紹介した考え方をご自身に当てはめる際は、商品の内容や手数料、解約の条件もあわせて確認したうえで、個別に専門家へご相談ください。
5. まとめ
厚生年金(国民年金部分を含む)の平均年金月額は全体で15万289円、男性が16万9967円、女性が11万1413円でした。そして、月20万円以上を受け取っているのは受給権者の18.8%で、8割以上の人は20万円に届いていません。
公的年金の受給額は、加入期間と現役時代の収入で決まります。まずは、ねんきん定期便やねんきんネットでご自身の見込額を確認し、平均や分布のどのあたりに位置するのかを把握することが出発点になります。そのうえで不足しそうであれば、働き方や受け取り方の見直し、自助努力による備えを早めに検討しておきたいところです。
参考資料
- 厚生労働省年金局「令和6年度 厚生年金保険・国民年金事業の概況」
- 日本年金機構「公的年金制度の種類と加入する制度」
- 日本年金機構「国民年金保険料」
- 日本年金機構「厚生年金保険の保険料」
- 日本年金機構「年金の繰下げ受給」
- 厚生労働省「令和8年度の年金額改定についてお知らせします」
- LIMO「【2026年最新・年金早見表】厚生年金・国民年金はいくらもらえる?平均受給額一覧と手取りのリアル!社会保険料・税金が引かれる「天引き」まで徹底解説」
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