4. クッションの薄さを示す「キャッシュ・カバレッジ」

借入残高が過去最大に膨らんでいること自体も注目すべきですが、泉田氏がさらに懸念を示すのは、その借入に対する「緩衝材(クッション)」の薄さです。

4.1 緩衝材が史上最薄の状態

これを測る指標が「キャッシュ・カバレッジ」です。これは口座内の待機現金を借入残高で割ったもので、借金に対してどれだけの現金が準備されているかを示します。

2026年6月時点のキャッシュ・カバレッジは29.3%と、史上最低の水準に落ち込んでいます。長期中央値が70.8%であることを考えると、その半分以下の薄さです。市場が熱狂したドットコムバブルの天井(2000年3月)でさえ56.0%のカバー率があり、金融危機の直後にはリスク回避姿勢からカバー率が164%まで高まっていました。

「借りてるお金に対してどれくらい現金があるかっていう話なんですよ。これ見ると史上最低って書いてます。お金の用意、全然準備できてない」(泉田氏)

ただし、誤解してはいけないのは、借入の「量」そのものが異常な規模になっているわけではないという点です。証券市場の時価総額に対する借入残高の比率は1.76%であり、これは過去のデータと比べても52パーセンタイルとごく平凡な水準です。問題は借入の絶対量ではなく、万が一の価格変動に耐えるための「手元現金のクッション」がかつてなく薄くなっているという構造にあります。

米国の証券口座 キャッシュ・カバレッジ(1997-2026年6月)3/3

米国の証券口座 キャッシュ・カバレッジ(1997-2026年6月)

出所:FINRA Margin Statistics(待機現金合計 ÷ 借入残高)/時価総額比はFRED(FRB 資金循環統計 Z.1 NCBEILQ027S)を基にイズミダイズム作成

5. 借りて買うスパイラルと「逆回転」のリスク

なぜ、これほどまでにクッションが薄くなるまで借入が膨らんだのでしょうか。泉田氏は、長らく続いた堅調な相場が投資家に自信を与えた結果だと見ています。

「上がるから買う、足りないから借りる、そしてまた株式市場が上がるから買う、足りないから借りるの連鎖」(泉田氏)

このスパイラルが上に向かっているうちは、市場は強い推進力を得ます。しかし、ひとたび相場が下落に転じると、この構造は恐ろしい「逆回転」を始めます。

5.1 売りが売りを呼ぶメカニズム

信用取引で含み損が一定水準を超えると、証券会社から追加の担保(追証)を求められます。手元に現金(クッション)がない投資家は、追証を払えずに持っている株を強制的に売却せざるを得ません。その売りがさらなる株価の下落を招き、別の投資家の追証を誘発するという「売りが売りを呼ぶ」連鎖が起きます。

家計の資産構成において株式の比率が歴史的な高水準にあること(前述のFRBデータ)と、証券口座の緩衝材が史上最薄になっていること(FINRAデータ)は、対象となる集計主体は異なりますが、どちらも同じ方向の脆弱性を示唆しています。

仮に株式市場が20%下落した場合、家計の純資産は7.1%(金額にして13.0兆ドル)減少するという計算になります。これは、2000年第1四半期のマイナス6.2%や、2007年第2四半期のマイナス5.1%という過去のショック時よりも、家計への打撃が大きくなる構造になっていることを意味します。

6. 震源地はハイパースケーラー

この危ういバランスの上に成り立つ市場において、その命運を握っているのは一握りの巨大IT企業です。

泉田氏によれば、近年の米国市場は時価総額の増加分が、AI(人工知能)開発をリードする「ハイパースケーラー」と呼ばれる巨大ネット企業群に極端に偏っているといいます。これらの企業はAIインフラへの莫大な投資を行っていますが、手元のフリーキャッシュフロー(本業で稼いだ現金から設備投資などを差し引いた、自由に使える資金)だけでは足りず、社債などを発行して資金を調達している、というのが泉田氏の見立てです。

泉田氏はこの企業の資金調達の構図が、個別の証券口座で起きている「足りないから借りて投資する」という信用取引の構造と相似形であると指摘します。

6.1 AI銘柄は「絶対に失敗してはいけない」

もし、これらの企業が巨額の投資に見合う収益を上げられなかった場合、市場の期待は一気に剥落します。

「強制的に売るから値段は下がるから、AI銘柄は絶対に失敗してはいけないんです」(泉田氏)

過去に泉田氏が韓国市場(KOSPI)を分析した際、個人投資家が信用取引で買い向かい、機関投資家が売り抜けるという構図を解説しました。泉田氏は、現在の米国市場もこの構図と同じだと指摘します。

「ちゃんとビジネスモデル作って稼いでもらわないと、これ本当に逆回転したら大恐慌になっちゃう」(泉田氏)

AI銘柄の業績が少しでもつまずけば、それが引き金となって信用取引の逆回転が始まり、市場全体を巻き込む大きな下落につながる条件付きのシナリオが、現在の市場には内包されているのです。

7. すでに動き始めている機関投資家

こうした薄氷を踏むような市場構造を前に、プロの投資家たちはすでに静かに動き始めています。

2026年7月20日には、ヘッジファンドが米国のハイテク株を過去最大ペースで売却しているとBloombergが報じました(ゴールドマン・サックスのプライムブローカレッジ=ヘッジファンドに資金の貸し付けや株式の貸借などを提供する部門の集計にもとづく報道です)。また、日本経済新聞の報道によれば、投資ファンドのベインキャピタルが保有するキオクシアHD株を全売却し、約2.5兆円もの売却益を得たと伝えられています。

7.1 リスクとリターンを見極めるプロの判断

機関投資家は、常に現在の価格水準と、そこから得られる将来のリターン、そして下落した際のリスク(ダウンサイド)を天秤にかけています。

「ここからどんだけリスク取ってリターンあるのよ」(泉田氏)

そのうえで泉田氏は、機関投資家の判断基準をこう表現します。

「ダウンサイドのが大きいんだったらやっぱり減らそうよね、というのは当然そろばんではある」(泉田氏)

株価がすでに将来の高い成長を織り込み、信用取引によって買い上げられている状況下では、ここからさらに株価が倍になるような上値の余地よりも、逆回転が起きた際の下落リスクのほうが大きいと判断し、利益を確定させてポジションを軽くする動きが出てくる、というわけです。実際、資金を株式から他の資産や別の業種へ移す動き(セクターローテーション)も起きています。

8. 私たち個人投資家にできること

マクロの視点から「お金の出し手」の状況を俯瞰すると、現在の米国株式市場は、企業の高い収益力という実体に支えられている一方で、史上最薄のクッションと過去最大の借入という脆弱な資金構造の上に成り立っていることがわかります。

このような「まだら模様」の環境下において、私たち個人投資家はどのように立ち回るべきでしょうか。

泉田氏が挙げるのは、アセットアロケーション(資産配分)の見直しという選択肢です。個人投資家でも債券を買うことはできる、として次のように述べています。

「株の比率を薄めて違うものを買うというのは全然あり」(泉田氏)

株式一辺倒だった資産の一部を、債券など異なる値動きをする資産へ振り分けておけば、万が一の逆回転が起きた際に受けるダメージは小さくなります。どの程度そうするかは、それぞれの投資方針やリスク許容度によって変わります。

そして何より重要なのは、現在の相場の震源地であるハイパースケーラー企業の決算を注視し続けることです。彼らのAI投資がしっかりとフリーキャッシュフローを生み出しているか。その実態を確認し続けることこそが、この複雑な市場を生き抜くための羅針盤となるでしょう。

※本記事は市場の分析を目的としたものであり、特定の銘柄や金融商品の売買を推奨するものではありません。投資に関する最終的な判断は、ご自身の責任において行ってください。

参考資料

  • 連邦準備制度理事会(FRB)資金循環統計(Z.1) 2026年6月11日公表
  • 米金融取引業規制機構(FINRA)Margin Statistics 2026年6月分
  • Bloomberg報道(2026年7月20日付・ヘッジファンドのハイテク株売却動向)
  • 日本経済新聞報道(ベインキャピタルによるキオクシアHD株売却)
  • YouTubeチャンネル「イズミダイズム」