米国株式市場の動向をめぐっては、連日のように強気と弱気の意見が交錯しています。
一部の金融機関トップが市場の過熱に警鐘を鳴らす一方で、企業の実力が伴っているためまだ伸びる余地があるとする声も根強く存在します。
一体なぜ、プロの間でも見方が大きく分かれるのでしょうか。
この謎を解く鍵は、株価の水準そのものだけでなく「その株価を、誰が、どんなお金で買っているのか」という資金の質にあります。この点について、元機関投資家の泉田良輔氏が、マクロ経済のデータをもとに市場の奥底で起きている構造変化を解説します。
- 米国家計の純資産に占める株式の割合は35.4%と、歴史的な高水準にある
- 証券口座全体の借入残高が急増しており、手元現金でカバーできる割合(キャッシュ・カバレッジ)は史上最低水準まで低下している
- 株高を背景に「借りて買う」スパイラルが起きており、下落時には追証による強制売却が市場の下げを増幅させるリスクがある
- 市場を牽引する巨大IT企業(ハイパースケーラー)の業績動向が、この構造を維持するための生命線となっている
- 機関投資家はすでにリスクとリターンを天秤にかけ、一部で利益確定の動きを見せている
1. 割高かどうかの議論を超えて「どんなお金で買われているか」
現在の米国株が割高かどうかというテーマについては、バフェット指標やCAPEといった株価評価の物差しを用いて別稿で詳しく扱いました。しかし、市場の現在地を正確に把握するためには、価格の議論とは全く別の角度からのアプローチが不可欠です。
それは、「お金の出し手の状況はどうなっているのか」という視点です。
どれほど企業の業績が良くても、それを買うための資金がどのような性質のものかによって、市場の脆弱性は大きく変わります。自己資金でじっくりと投資されているのか、それとも借金(レバレッジ)を膨らませて買われているのか。泉田氏の分析を通じて、米国市場の需給構造を紐解いていきましょう。
2. アメリカの家計は何を持っているのか?
まずは、アメリカの家計がどのような資産を持っているのか、全体のバランスシートから確認します。
2.1 歴史的上位にある株式シェア
連邦準備制度理事会(FRB)の資金循環統計によると、2026年第1四半期時点で、米国家計の純資産に占める各資産の割合は以下のようになっています。
- 株式(直接保有+投資信託などの間接保有):35.4%
- 持ち家(不動産):26.6%
- 現金(預金+MMF=短期の債券などで運用する安全性の高い投資信託):11.3%
この中で特筆すべきは、株式のシェアが35.4%に達している点です。これは1952年以降の統計において99パーセンタイル(過去の99%の時期より高い)に位置し、長期平均18.9%の約1.9倍という歴史的な高水準です。ドットコムバブル期の2000年第1四半期でも30.8%であったことを考えると、現在のアメリカ人がいかに株式に資産を傾斜させているかがわかります。
一方、持ち家のシェアは26.6%で、これは過去のデータと比較して51パーセンタイルと平年並みの水準です。サブプライムローン問題が表面化する前の2000年代半ばには、住宅価格の上昇を背景に持ち家シェアが現在よりはるかに高い水準まで膨らみましたが(下図のピンク色の線)、そのバブルが弾けたあとは落ち着きを取り戻し、横ばいで推移しています。
2.2 「現金が少ない=投資余力がない」は誤解
全体の11.3%にとどまっている現金の少なさについて、アメリカの人々はリスク性資産にかなり資金を入れているのではないか、という問いかけに対し、泉田氏はこの背景にあるインフレの影響を指摘します。
「現金で持つことのデメリットが最大限発揮される国なんで、いわゆる投資性のあるものにお金を回す文化になっている」(泉田氏)
物価が継続的に上昇する環境下では、現金のまま置いておくと実質的な価値が目減りしてしまいます。そのため、株式や不動産といった価格上昇が見込める資産へ資金を移すことが合理的な行動となります。
ここで非常に重要な注意点があります。現金の比率が11.3%と低いからといって、「家計にはもう株を買う余力がない(現金が枯渇している)」と解釈するのは誤りです。現金の絶対額自体は20.6兆ドルと過去最大規模に膨らんでいます。待機資金はより高い利回りを求めてMMF(マネー・マーケット・ファンド)などの安全資産へ移動しており、資金の総量が減っているわけではないのです。
3. 証券口座に潜む「ネットクレジットバランス」の落とし穴
家計全体としては豊富な資産を持っていますが、株式市場に直接流れ込んでいる資金の「質」を見ると、少し違った景色が見えてきます。泉田氏が着目するのは、証券口座における「ネットクレジットバランス」という指標です。
ネットクレジットバランスとは、証券口座内にある待機現金(現金口座と信用口座の合計)から、信用取引による借入残高を差し引いた金額のことです。
信用取引とは、手元の資金や株式を担保にして、証券会社からお金を借りてより大きな金額の株を売買する仕組みです。
3.1 史上初めてマイナス1兆ドルを突破
米金融取引業規制機構(FINRA)のデータによると、2026年6月時点のネットクレジットバランスはマイナス1.0612兆ドルとなり、史上初めてマイナス1兆ドルの大台を割り込みました。
この内訳を詳しく見ると、以下のようになっています。
- 信用口座の借入残高:1.502兆ドル(過去最大)
- 口座の待機現金:0.441兆ドル
- 差し引き(ネットクレジットバランス):マイナス1.0612兆ドル
このデータが示すのは、証券口座全体で見たときに、手元にある現金をはるかに上回る規模の借金をして株が買われているという事実です。直近1年間で借入残高は前年同月比プラス49.0%と急増しました。同じ期間のS&P500指数の上昇率はプラス20.9%であり、株高によって自然に担保価値が上がり借入枠が増えた分だけでは、この借入の急増を説明できません。

