14. 親の物忘れが目立ってきて、資産の話を切り出した。IFA・鶴田 綾が語る、本人が動けるうちにしかできないことから並べる順序
60歳代は、自分の老後の資金を整えながら、親の世代の資産についても考えることになる時期です。前半でみたように、住民税が非課税になる世帯に用意されている優遇措置は、自動で受けられるものばかりではなく、申請して初めて届くものが多くあります。そしてその申請は、原則としてご本人の意思で行うものです。ご相談でも、親の世代の資産について何から手をつければいいのかというご質問をよくいただきますが、話を伺っていくと、心配の中心が金額の多さではなく「本人が判断できなくなったら、この先の手続きが止まってしまうのではないか」という点にある、という方が多いと感じています。優遇措置の申請も、金融機関での手続きも、本人が動けることを前提に作られているからです。相談の場では次のような声を耳にします。
14.1 物忘れが目立ってきた親の資産を、どこから手をつければいいのか分からない

「自分でも少額ですが投資はしていて、非課税の制度を使った積立と、株を少しだけ持っています。老後の資金はそれで少しずつ用意しているつもりです。いま気になっているのは親のことです。年齢は80歳代で、ここ最近は物忘れが目立つようになってきました。
親の名義で株式を持っていて、住んでいる家もあります。相続のときにどうなるのかということも考えなければいけませんし、それより先に、判断ができなくなったら手続きそのものができなくなるのではないか、ということも気になっています。両方を一度に考えないといけない気がして、どこから手をつければいいのか分からないまま来てしまいました」
相談の場でも、相続の心配と、判断能力が下がったあとの心配を同時に抱えて、順番がつけられないままになっているという方に数多くお会いします。
14.2 【IFA・鶴田 綾が回答】期限があるのは、渡し方より先に手続きの側
まずは、金融機関で万一の時に代理で手続きしたりできるのかを確認しましょう。
また、名義の本人でなければ手続きできないものをこのまま持ち続けるかどうかを話し合うことも大事です。
手元にある資産を遺された家族に渡したいという場合は、非課税枠を活用できる保険で備えるのも一案です。
また、相続に関しては「亡くなられてから〇ヶ月以内に」など期限が決められているため、自分が必要になるかもしれない手続きを期限が短い順に紙にリストアップしておくと、いざという時に優先順位が一目見て分かるため、スムーズに手続きに進みやすいでしょう。
14.3 ポイント1:金融機関にあらかじめ代理する人を届けておく仕組みを、先に調べる
いちばん先に確認していただきたいのが、これです。証券会社や金融機関には、口座を持っているご本人が元気なうちに、代わりに手続きできる人をあらかじめ届けておける仕組みがあります。取り扱いや名称、届けられる人の範囲、代わりにできることの範囲は会社ごとに違いますので、親が口座を持っている会社に問い合わせて、使えるかどうかから確かめます。なぜこれを先にするかというと、この届け出はご本人に判断できる力があるうちにしか受け付けてもらえないからです。判断が難しくなったあとは、家庭裁判所に申し立てて後見する人を選んでもらう制度に切り替わり、手続きの手間も、動かせる範囲の制約も大きくなります。同じことは、住民税が非課税の世帯に向けた給付や、医療や介護の負担を軽くする申請にも当てはまります。窓口に出す書類には本人の意思が必要ですから、その代わりを誰がどう務めるのかを、元気なうちに決めておく。まずは金融機関への問い合わせと、自治体の窓口で申請のときに何が必要かを聞くところから始めましょう。
14.4 ポイント2:名義のご本人でなければ売れないものを、このまま持ち続けるかどうか決める
次に、親の名義になっている資産のうち、値動きがあるものを見ます。株式は、名義のご本人が指示しないかぎり売れません。持ち続けている間は値動きの影響を受けますし、いざ現金が必要になったときに、判断が難しくなっていて売る指示が出せない、という状態が起こり得ます。ですから、そのまま持ち続けるのか、いくらかを現金に換えておくのかを、話ができる時期に一度決めておきます。ここでの判断の材料は、買ったときからの損得だけではありません。その資産を将来使う人が誰なのか、使う場面がいつ来そうなのかです。医療や介護でお金が必要になる場面が想定されるなら、指示が出せるうちに現金に換えて、動かせる形にしておくと、いざというときに動かしやすくなります。逆に、配当を生活の足しにしていて当面使う予定がないのであれば、持ち続けたうえで、ポイント1の届け出で動かせる道を確保しておく、という選び方もあります。どちらにしても、本人と話しながら決められるうちに決めておくことが大切だと感じています。
14.5 ポイント3:渡す準備として保険を使うと、基礎控除とは別の枠が使える
ここまで手続きの側を固めてから、渡し方の話に入ります。相続のときに税がかかるかどうかを見るときは、財産の合計から、法定相続人の数に応じて決まる基礎控除を差し引きます。このほかに、万一のときに家族が受け取る保険金には、法定相続人の数に応じた非課税の枠が、基礎控除とは別に用意されています。ですから、預貯金や株式のまま置いておくのと、その一部を保険の形にしておくのとでは、家族の手元に残る額が変わることがあります。ただ、これには前提があります。保険の契約は、加入するご本人が内容を理解して申し込む必要があり、年齢や健康状態によって入れる商品が限られていきますし、判断が難しくなってからでは新しく契約することはできません。年齢や健康状態の告知が要らない形のものもありますが、いずれも申し込む本人が動ける時期にしか選べません。渡し方の工夫にも、手続きと同じように時期の制約がある、と考えてください。どの形が合うかは家族の人数や財産の内訳によって変わりますので、税の専門家に確認しながら進めましょう。
14.6 ポイント4:自分の側にも、親のことで急に必要になっても慌てない余裕をつくる
親のことに手をつけると、自分の資産のほうが後回しになりがちです。ここも同時に整えておきましょう。非課税の制度を使った積立と少額の株式をお持ちなら、増やす部分はすでにあります。足しておきたいのは、受け取る時期と受け取る額が先に決まっている部分です。債券は、満期まで持てば決まった利息を受け取り、満期に額面が戻ってくることを前提にした資産で、いつ何が入ってくるかが読める点が、値動きのある資産とは違います。外貨で発行されているものを選ぶ場合は、円に換えるときの為替の影響が加わりますから、生活費に充てる分は円で持つ形と分けて考えます。こうして受け取る時期が決まっている部分を持っておくと、親のことで急に出費が必要になったときに、値動きのある資産を悪い時期に売らずに済みます。自分の側に余裕をつくっておくことが、結果として親の資産を慌てて動かさないための備えにもなります。
相続と判断能力の話は、どちらも大きく見えますが、期限があるのは手続きの側です。これは一つの考え方であり、あらかじめ代理する人を届けておける範囲や、保険に加入できる条件、税の計算の仕方は、金融機関や契約、家族の状況によって異なります。まずは親が口座を持っている金融機関に、代わりに手続きできる人を届けられるかを問い合わせ、あわせて自治体の窓口で申請に必要なものを聞いておきましょう。そのうえで、渡し方や税にかかわる部分は、税の専門家に確認しながら進めていただくのが安心です。
15. まとめにかえて
神戸市の基準では、65歳以上で年金収入だけの単身世帯なら年収155万円以下、合計所得金額でいえば45万円以下が非課税の線でした。線の内側にいても、8つの優遇措置は自動で当たるものと、書類を出してはじめて当たるものに分かれています。試算では、判断が難しくなってから手続きを始めた場合に、申立ての費用と受け取れなかった給付を合わせて20万円、専門職への報酬が10年続くと260万円という差が出る形になりました。ただし、期間も費用も報酬もすべて仮定で置いた数字で、実際には家庭裁判所の判断や事案の内容によって変わります。まずは親の年金の振込通知書と課税証明書で線の位置を確かめ、そのうえで金融機関に代理する人を届けられるかを問い合わせてみましょう。
参考資料
- 【2026年最新】「住民税非課税世帯」を対象とした「優遇措置」8選 《年金・給与》年収いくらで該当するのか境界線も見ておこう「収入ゼロでも給付金が届かない?」5つの盲点を徹底解説
- 【75歳からの医療費】いちばん重い「3割負担」になる年収はいくら?老後の家計を左右する判定基準をズバリ解説
- 総務省「個人住民税」
- 総務省「個人住民税(税率など)」
- 神戸市「住民税(市県民税)がかからない人」
- 神戸市「いくらまでの収入なら住民税(市県民税)が課税されませんか?」
- 厚生労働省「高額療養費制度について」
- 大阪市「介護保険料の減免及び軽減について」
- 日本年金機構「国民年金保険料の免除制度・納付猶予制度」
- こども家庭庁「幼児教育・保育の無償化」
- 文部科学省「高等教育の修学支援新制度」
- NHK「受信料免除の対象となる方について」
- 国税庁「扶養控除」
- 国税庁「一時所得」
鶴田 綾
