4. 有料老人ホームに入居する前に知っておきたい注意点が3つある

夫婦そろっての入居を検討するにあたり、費用の数字だけでは見えてこない注意点が3つあります。

1つ目は、入居一時金が「0円」の施設は少数派だということです。みんなの介護研究所「入居一時金0円施設の種別比較調査」(2026年8月)によると、入居一時金が0円の施設の割合は介護付き有料老人ホームで42.5%にとどまり、半数以上の施設では相応の入居一時金が必要になります。夫婦2人分となれば、この初期費用も単純に2倍近くかかる可能性がある点は資金計画に織り込んでおきたいところです。

2つ目は、あえて特別養護老人ホーム(特養)とサービス付き高齢者向け住宅(サ高住)を今回の試算から外している、ということです。特養は費用こそ抑えられますが、要介護3以上という条件があるうえ、夫婦そろって同時に空きが出るのを待つのは現実的ではないからです。サ高住は、住宅型有料老人ホームと同じく介護が必要になれば外部の訪問介護などを別途契約する仕組みですが、老人福祉法上の「老人ホーム」ではなく高齢者住まい法にもとづく「賃貸住宅」という制度上の位置づけが介護付き・住宅型いずれの有料老人ホームとも異なります。みんなの介護研究所「サ高住月額費用実態調査」(2026年8月)によると、月額費用も東京都19.3万円から宮崎県9.5万円まで地域差が大きく、老人ホームとは別枠の選択肢として考えた方が実態に近いといえます。

3つ目は、公的な軽減制度は「後から戻ってくるお金」であり、毎月の資金繰りをその場で助けてくれるわけではない、ということです。次の章で詳しく説明します。

5. 公的な軽減制度で、有料老人ホームの家賃・食費はカバーできるのか

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高額医療・高額介護合算療養費制度の仕組み(対象期間・世帯合算・年間上限額)を示した図

出所:厚生労働省「高額療養費制度を利用される皆さまへ」などをもとにLIMO編集部作成

高額医療・高額介護合算療養費制度は、毎年8月から翌年7月までの1年間について、同じ世帯の医療保険と介護保険の自己負担額を合算し、所得区分ごとの年間上限額を超えた分が支給される仕組みです。夫が介護施設に入り、妻が医療機関に通っているといったケースでも、世帯単位で自己負担を合算できるのがポイントです。

ただし、これは1年分の自己負担を合算したうえで超過分があとから払い戻される仕組みであり、毎月の施設利用料や医療費はいったん全額(自己負担割合分)を立て替えて支払う必要があります。「年金だけでは毎月の支払いが厳しい」という手元資金の不足そのものを即座に解消してくれる制度ではない点には注意してください。

高額介護サービス費(1か月の介護サービス自己負担の上限)についても、上限を超えた分がそれぞれの限度額まで対象になります。有料老人ホームで介護保険サービスを利用している場合も対象になり得るため、確認しておく価値があります。

ただし、これらの軽減制度が対象とするのはあくまで医療保険・介護保険の自己負担分(1〜3割相当)であり、有料老人ホームの月額費用の大半を占める家賃・食費・管理費といった居住費・生活費は対象外です。

特別養護老人ホームなど公的施設には食費・居住費を軽減する「特定入所者介護サービス費(補足給付)」がありますが、民間の有料老人ホームにはこの仕組みは適用されません。

つまり、こうした軽減制度を最大限活用しても、有料老人ホームの月額費用の不足分(中央値ベースで17万6721円)がまるごと軽減されるわけではなく、その大部分は貯蓄からの取り崩しでまかなうことになります。

それでも医療費・介護費の自己負担が急にかさんだ場合の上振れリスクへの備えとして、これらの制度の存在は知っておく価値があります。そのうえで貯蓄の計画的な取り崩しや、判断能力が低下したときに備える家族信託・成年後見制度の検討も選択肢に入ってきます。

6. まとめにかえて|有料老人ホームは年金だけでは足りず、月十数万円規模の貯蓄取り崩しが前提になる

ここまでの数字を組み合わせると、答えははっきりしています。

夫婦2人分の厚生年金モデル額(23万7279円)に対し、有料老人ホームの費用は夫婦で月39万〜41万円かかり、中央値ベースで月17万6721円が不足します。ただし、これは年金額面と施設の基本費用だけを比較した数字であり、手取りへの目減りや医療費・日用品費等を考慮すると、実際の不足額はこれよりもう少し大きくなる可能性があります。高額医療・高額介護合算療養費制度などの軽減制度は医療・介護の自己負担分を抑える仕組みであり、この不足額の大半を占める家賃・食費・管理費を軽減するものではありません。

つまり、「年金だけで夫婦そろって有料老人ホームに入居する」ことは基本的に想定しづらく、月十数万円規模の貯蓄の計画的な取り崩しが前提になります。実際の不足額は入居する施設の種別・地域・要介護度によって変わりますので、まずは日本年金機構の「ねんきん定期便」で自分たちの年金額を確認したうえで、想定する施設の月額・入居一時金と照らし合わせ、取り崩しのペースが無理のない範囲に収まるかを具体的に試算してみることをおすすめします。

7. 【筆者コメント】

熊谷良子

「今の家計がすでに赤字だから、施設に入るなんてとても無理」と思い込んでしまう方が少なくありませんが、これは早合点です。

家計調査でいう消費支出には、住居費や食費、光熱費といったふだんの生活費がまるごと含まれています。施設に入居すれば、その大部分は施設の月額費用に置き換わるため、今の赤字額に施設費用をそのまま足し算するのは正しい比較ではありません。総務省の調査を見ても、高齢夫婦世帯の多くはもともと貯蓄を取り崩しながら生活しており、多少の赤字自体は珍しいことではないのです。

比べるべき出発点は、施設の月額費用そのものが年金額でどこまで賄えるかという点ですが、医療費や日用品費、お小遣いなど入居後も別途かかる生活費がある点も織り込んで考えたいところです。要介護度や地域、施設の質によって実際の費用は大きく変わりますので、具体的な数字が気になる場合は、ケアマネジャーや地域包括支援センターに相談してみることをおすすめします。

参考資料