3. 配当か、自社株買いか。資本政策の「順番」を変えた理由
潤沢な資金を持つ企業が株主に報いる方法は、大きく分けて2つあります。泉田氏は「新たな成長の機会がないのであれば、自社株買いか配当するかという考え方になります」と基本原則を説明します。
今回、ネクソンが発表した特別配当は1株当たり415円です。同社の通常の配当は半期ごとに30円程度であるため、今回は通常の10倍を超える規模となります。
「投資案件がないとか買収案件がないとか、あとは自社株買いでもないという話を考えると、株主にキャッシュを払い出したいという思いが強いのかなと考えられます」と泉田氏は読み解きます。
しかし、ここで一つの疑問が生じます。なぜ「自社株買い」ではなく「特別配当」を選んだのでしょうか。
実は、ネクソンはすでに自社株買いを実施しています。今年7月には300億円の自己株式取得を完了し、前中間期にも562億円の取得を行っていました。しかし、それだけでは市場の評価を十分に引き上げるには至らなかったと考えられます。
その理由を解く鍵は、ROE(自己資本利益率)にあります。ROEは単なる1年間の成績表ではありません。将来の株価を押し上げる「エンジンの馬力」とも言える重要な指標です。泉田氏の試算では、直近の期のネクソンのROEは約8.8%でした(決算短信にROEの実績値の記載はありません)。
泉田氏はこの状況について、「ROE8%の会社が自己株買いしても、株主の期待も8%なので、そこはある意味ノーサプライズなのです」と指摘します。利益を生み出す効率が8%のまま自社株買いを続けても、市場へのインパクトは限定的だということです。
そこで会社が取った戦略は、お金の使い方の「順番」を変えることだったと見られます。
「現金を吐き出してROEを高めた上で、さらに自己株をその後していく方が株価に効くと思っているんじゃないかなと見ています」と泉田氏は分析します。「ガッツリROEを上げておいてから自己株買いすれば、ROEが高いものに対してキャッシュを投資していることになり、PBR(株価純資産倍率)も上がりやすいのです」。
つまり、会社は「配当か自社株買いか」という二者択一ではなく、「どちらを先にやるか」を戦略的に選んだと言えます。先に巨額の特別配当で総額約3,240億円という現金を払い出して資本をスリム化し、ROEを強制的に引き上げます。その高い効率性を土台にしてから自社株買いを行うことで、資本政策の効果を最大化しようとしているのです。
資本政策の順番によるROE向上のイメージ3/3
出所:泉田氏の分析をもとにイズミダイズム作成
4. 経営陣が目指すROE15%と、投資家が確認すべき本業の力
この戦略は、経営トップの言葉にも明確に表れています。特別配当の発表にあたり、ネクソンの李政憲(イ・ジョンホン)社長は次のようにコメントしています。
「保有する現金の一部を株主の皆様に直接還元することは、資本効率向上に向けた有効な手段であると判断いたしました」
会社は資本還元の方針として、ROE10%以上を最低目標とし、中長期的には15%への向上を目指すこと、そして前年度営業利益の33%以上を継続的に還元することを掲げています。今回の特別配当は、単なる一時的な大盤振る舞いではなく、このROE15%という高い目標に向けた資本政策の第一手として位置づけられます。
泉田氏は、今回のネクソンの動きを次のように総括します。
「本業がやっぱり主で、資本政策が従になるのが基本です。ただ今回の場合は、本業に注目されていないので資本政策でエッジを立てたアクションだったと考えられます」
本業でしっかりと利益を出しているにもかかわらず、市場からの評価は冴えません。その状況を打破するために、経営陣が資本政策というカードを強く切った特殊なケースだと言えます。
ただし、投資家として注意すべき限界点もあります。資本をスリム化してROEを高めるという戦略が機能するのは、あくまで「今の利益水準が今後も続く」という前提があってこそです。配当で自己資本が減っても、肝心の本業の稼ぐ力が落ちてしまえば、ROEは向上しません。
また、今回発表された1株415円の特別配当は、2026年9月の取締役会で正式に決議される予定のものであり、発表時点では未決議の事項であることにも留意が必要です(基準日は2026年9月30日を予定)。
ネクソンの事例は、企業がどのように現金を使い、いかにして資本効率を高めようとしているかを示す鮮やかな実例です。私たちが確認し続けるべきは、スリム化された資本を活かして、本業のゲーム事業がこれまで通り、あるいはそれ以上の利益を稼ぎ出せるかどうかという点に尽きるでしょう。
参考資料
- 株式会社ネクソン「2026年12月期 第2四半期決算短信」(2026年8月13日)
- 株式会社ネクソン「決算説明資料 2026年度第2四半期」(2026年8月13日)
- 株式会社ネクソン「ネクソン、20億ドルの特別配当を発表」(2026年8月13日)
- 株式会社ネクソン「2026年12月期配当予想の修正に関するお知らせ」(2026年8月13日)
- YouTubeチャンネル「イズミダイズム」
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