3. 【元銀行員が解説】完済が決まるまで返済は止められない
ここが実務でいちばん行き違いの起きるところです。機構の案内にもはっきり書かれています。
3.1 払った分は後から戻る
機構は「債務の完済(保険金のお支払い)が決定するまで、機構等へのご返済は、これまでどおり債務者さままたはご相続人さまにおいてご継続ください」としています。
そのうえで「審査の結果、債務の完済(保険金のお支払い)が決定した場合、保険事故日以降にお支払いいただいた償還金等は、後日別途返戻いたします」とも書かれています。保険事故日は、死亡の場合は死亡日です。
つまり払った分が無駄になるわけではありません。止める理由にはならない、という整理になります。
3.2 口座の取扱いは金融機関に確認する
一方で、返済の原資をどうするかという問題が残ります。全国銀行協会は、相続の連絡と同時に、亡くなった方の口座での取引について「預金の入出金等は、原則として制限されます」と説明しています。
返済を口座振替にしている場合の具体的な取扱いは、金融機関によって異なります。連絡のタイミングによっても変わるため、まずは取引のある金融機関に事情を伝えて確認するのが確実です。
窓口では、返済用の口座と生活費の口座が同じで困る、という相談を受けることがありました。事前に分けておくと、いざというときの動きがとりやすくなります。
4. 【対応策】遺産分割の前に預貯金を払い戻せる制度がある
返済の原資が必要になったときに使えるのが、民法909条の2に基づく払戻し制度です。2019年7月1日から始まっています。
4.1 制度の目的に「相続債務の弁済」が挙げられている
法務省の資料では、この制度について「相続された預貯金債権について、生活費や葬儀費用の支払、相続債務の弁済などの資金需要に対応できるよう、遺産分割前にも払戻しが受けられる制度を創設する」と説明されています。
住宅ローンの返済に充てるのは、制度が想定している使い方のひとつということになります。
4.2 計算式と上限
単独で払い戻せる額は、相続開始時の預貯金債権の額に3分の1を掛け、さらに払戻しを行う相続人の法定相続分を掛けた額です。同一の金融機関に対しては150万円が上限となります。
法務省が挙げている例では、預金600万円で相続人が長男と次男の2名の場合、長男が単独で払い戻せるのは100万円です。600万円に3分の1と2分の1を掛けた金額になります。
同じ金融機関の複数の支店に預金がある場合は、全支店を合算して150万円が上限です。これを超える資金が必要な場合は、家庭裁判所の保全処分による方法もあります。法務省も、小口はこの払戻し制度、大口は家庭裁判所という使い分けを示しています。
なお必要書類には、出生から死亡までの連続した戸籍が含まれます。即日で揃うものではないため、早めに動き出すほうが安心です。
5. 【落とし穴】請求しないと3年で時効になる
団信は加入していれば自動でローンが消えるわけではありません。請求という行為が必要です。
5.1 手続きをしなければ債務は残る
機構は「保険金のお支払い対象となる状態にも関わらず、3年以内に債務弁済(保険金請求)の手続をいただけなかった場合、保険金請求権が時効となり、債務が完済されないことがあります」としています。
加入していたことを家族が知らなければ、請求もされません。契約書類の保管場所と、どこの金融機関で借りているかは共有しておきたいところです。
5.2 支払われないことがある場合
保障開始日前の事由による場合、保険期間が終了した後、告知義務違反による団信契約の解除、期限の利益の喪失、保障開始日から1年以内の自殺などでは、債務が弁済されないことがあります。
連帯債務者がいる場合にも注意が必要です。機構は「連帯債務者さまのローンが免除される部分が一時所得とみなされ、所得税の課税対象となる場合があります」として、税務署への問い合わせを案内しています。
6. 【補足】団信に入っていない場合と、完済後の手続き
最後に、周辺の論点を2つ触れておきます。
6.1 団信に加入しないという選択もある
健康上の理由その他の事情で団信に加入しない場合でも、フラット35は利用できます。ただしその場合、契約者が亡くなるとローンは相続財産としての債務になり、相続した方が返済を続けることになります。
債務を引き継ぎたくない場合には、相続放棄や限定承認という選択肢があります。原則として、自己のために相続があったことを知った時から3か月以内に家庭裁判所へ申述する必要があります。
起算点は死亡日ではなく、相続があったことを知った時である点は押さえておきたいところです。
6.2 完済したら抵当権の抹消登記が必要になる
団信で完済されると、契約書類や抵当権を解除するために必要な書類が金融機関から交付されます。ただし抵当権の抹消登記そのものは、自分で法務局に申請する手続きです。
登録免許税は不動産1個につき1000円で、土地1個と建物1個なら2000円です。法務省は期限を定めてはいませんが、書類を紛失しないうちにできるだけ速やかに申請するよう案内しています。
なお相続登記については、2024年4月1日から申請が義務化されました。相続の開始と所有権の取得を知った日から3年以内に申請する必要があり、正当な理由がなく怠ると10万円以下の過料の対象になります。施行前に開始した相続についても2027年3月31日までに申請が必要です。
7. まとめにかえて
新機構団信で保険金が支払われるのは、死亡したときと身体障害者手帳1級・2級の交付を受けたときです。高度障害保険金の取扱いはなく、保障は満80歳の誕生日の属する月の末日までとなっています。
書類を提出してから完済までは通常1か月程度かかり、その間の返済は継続する扱いです。死亡日以降に支払った分は後から返戻されます。
相続の手続きは一人ひとり事情が異なります。ここに書いた内容はあくまで一般的な流れですので、実際の手続きや税金の扱いについては、取引のある金融機関や税務署、司法書士などの専門家に個別に確認してください。
参考資料
- 住宅金融支援機構「新機構団体信用生命保険制度のご加入について」
- 住宅金融支援機構「団信弁済の手続き」
- 全国銀行協会「預金相続の手続の流れ」
- 法務省「遺産分割前の預貯金の払戻し制度」
- 法務局「住宅ローンを完済した方へ(抵当権の登記の抹消手続のご案内)」
- 法務省「相続登記の申請が義務化されました」
中本 智恵