3. 【元銀行員の視点】全額停止のラインが61万円から75万円へ動いた

基準額の話は「51万円が65万円になった」で終わりがちですが、家計への影響が大きいのは全額停止のほうです。

3.1 全額停止になる条件は式で出せる

支給停止額が基本月額以上になると、年金は全額停止されます。この条件を式で整理すると、総報酬月額相当額が「基本月額+支給停止調整額」以上になったときです。

基本月額10万円の方なら、令和7年度は総報酬月額相当額61万円で全額停止でした。令和8年度は75万円まで全額停止になりません。

14万円の引き上げが、そのまま全額停止のラインの移動になっています。

3.2 全額停止になると加給年金も止まる

ここが見落とされやすい点です。加給年金額は基本月額の計算からは除かれますが、年金受給月額がマイナスになる場合は、老齢厚生年金は加給年金額を含めて全額支給停止となります。

令和8年度の加給年金額は、配偶者と1人目2人目の子がそれぞれ24万3800円、3人目以降の子が8万1300円です。配偶者特別加算を含めると、昭和18年4月2日以降生まれの方で42万3700円になります。

つまり全額停止のラインを超えると、報酬比例部分に加えてこの加算分も受け取れなくなります。

もう一つ別の経路もあります。配偶者が厚生年金の加入期間20年以上の老齢厚生年金の受給権を持っている場合、それが在職老齢年金で全額停止されていても、令和4年4月以降はご自身の配偶者加給年金は支給停止になります。令和4年3月時点で受給していた方には経過措置があります。

4. 【落とし穴】繰下げ待機中の扱いに注意する

受け取りを遅らせて増額を狙う繰下げ受給を考えている場合も、在職老齢年金との関係を確認しておく必要があります。

4.1 停止される分は増額の計算に入らない

繰下げ待機期間中の給付のうち、在職老齢年金制度により支給停止される額に相当する部分は、繰下げ加算額の計算に含まれません。

厚生労働省の資料でも、在職支給停止により年金が全額支給停止になる場合は繰下げによる増額はないと明記されています。働きながら繰下げれば必ず増える、というわけではありません。

加給年金と振替加算も増額の対象外で、待機している間は受け取れません。繰下げの判断は、増額率だけでなくこうした点も含めて考えることになります。

5. 【対応策】自分が対象になる働き方かを確かめる

そもそも在職老齢年金の対象になるかどうかは、働き方によって変わります。ここを取り違えると前提から違ってきます。

5.1 厚生年金の被保険者であることが前提

対象になるのは、厚生年金保険の適用事業所で働く被保険者と、70歳以上で適用事業所に使用される方です。共済組合の加入者や国会議員、地方議会の議員も同様です。

これに対して、自営業や請負契約、顧問契約で働いて得る収入、不動産収入は対象になりません。厚生労働省の年金部会の資料でも、この点は就業形態の違いによる公平性の問題として取り上げられています。

一定の要件を満たさない短時間労働者も厚生年金の加入対象から外れるため、在職老齢年金の対象にはなりません。

5.2 70歳を過ぎても対象になる

70歳で厚生年金の被保険者資格は失いますが、適用事業所で働いている場合は在職老齢年金の対象であり続けます。事業主が70歳以上被用者該当届を提出する仕組みです。

ただし70歳以上の方は被保険者ではないため、厚生年金保険料の負担はありません。保険料を払わずに支給停止だけを受ける形になります。

5.3 9月1日を基準に10月分から年金額が見直される

65歳以上70歳未満で働いている方には、在職定時改定という仕組みもあります。毎年9月1日を基準日として、前年9月から当年8月までの被保険者期間を算入し、10月分の年金から改定されます。

10月分は12月の定期支払から反映されます。65歳未満の方は、繰上げ受給をしている場合でも対象になりません。

6. まとめにかえて

令和8年度の支給停止調整額は65万円で、令和7年度の51万円から14万円引き上げられました。改正法の資料にある62万円は令和6年度価格の数値で、実際の判定に使うのは65万円です。

減額されるのは老齢厚生年金の報酬比例部分だけで、老齢基礎年金は減りません。一方で全額停止になった場合は加給年金も止まるため、ラインの手前かどうかは確認しておきたいところです。

令和6年度末時点で、在職している老齢給付の受給権者は424万3千人、うち65歳以上は345万4千人でした。ただしこの人数には支給停止の対象とならない方も含まれています。

実際にご自身がいくら停止されるかは、標準報酬月額や賞与の額によって変わります。働き方を決める前に、年金事務所やねんきんダイヤルで具体的な条件を伝えて試算を依頼してみてください。

参考資料

和田 直子