毎月の給与明細で大きく天引きされる社会保険料や、6月ごろに届く「住民税決定通知書」を見て、老後の生活に不安を抱く現役世代は少なくないでしょう。
将来に向けて同世代の貯蓄額は気になるところですが、物価上昇(インフレ)や介護費の負担増、「おひとりさま」期間の長期化などを踏まえると、単に平均値を知るだけでは十分な備えとはいえません。
本記事では、総務省等の最新データをもとに「75歳以上世帯の貯蓄と家計収支の実態」へ焦点を当て、老後家計のシビアな現実を紐解きます。
あわせて2026年度(令和8年度)の年金動向も確認しながら、「資産寿命」を延ばすヒントを解説します。
1. この記事の3つのポイント
- 2026年度の年金は実質目減り。働き方による受給額の差にも注意。
- 75歳以上の平均貯蓄は2392万円。ただし一人約2300万円の介護費リスクも。
- 平均的なシニア家計は月約2.7万円の赤字。「資産寿命」を延ばす対策がたいせつ。
2. 【2026年度最新】年金額は4年連続のプラス改定。しかし実態は「目減り」?
老後の資金計画を立てるうえで、まずは最新の年金事情を確認しておきましょう。
公的年金は、物価や賃金の動向にもとづき年度ごとに見直しがおこなわれるしくみです。
2026年度の年金額は前年度から国民年金(基礎年金)が1.9%、厚生年金(報酬比例部分)が2.0%の引き上げとなっています。
年金額のプラス改定はこれで4年連続です。
2.1 2026年度(令和8年度)の年金額の目安
- 国民年金(老齢基礎年金・満額):月額7万608円(前年度比+1300円)
- 厚生年金(夫婦2人分の標準的な年金額):月額23万7279円(前年度比+4495円)
※厚生年金は、平均的な収入(賞与含む月額換算45.5万円)で40年間就業した夫と、専業主婦の妻というモデル世帯を想定した支給額です。
額面上は引き上げとなりましたが、手放しでは喜べない現実があります。
今回の改定の計算に用いられた前年の「物価変動率」は3.2%でした。
つまり、「モノの値段が3.2%上がっているのに、年金は最大2.0%しか増えていない」ため、実質的な購買力は目減りしている状態と言えるのです。
3. 昭和モデルは古い?多様な「ライフコース別」の年金目安5パターン
先ほどの厚生年金の「月額約23万7000円」という数字は、いわゆる「昭和型の専業主婦モデル世帯(※)」を想定したものです。
共働きや単身世帯が増え、働き方が多様化した現代において、この金額をそのままご自身の目安とするのは適切ではないかもしれません。
そこで、厚生労働省が公表した「多様なライフコースに応じた年金額(概算)」から、現役時代の年金加入履歴別に5つのモデル年金を見ていきます。
(※)平均的な収入(平均標準報酬(賞与含む月額換算)45.5万円)で40年間就業した場合に受け取り始める年金(老齢厚生年金と2人分の老齢基礎年金(満額))の給付水準(引用:日本年金機構「令和8年分からの年金額等について」)
3.1 【パターン1】会社員経験が長い男性(厚生年金が中心)
- 想定:平均年収約610万円(月額換算50.9万円)で約40年間就業
- 年金月額の目安:17万6793円(基礎年金約7万円+厚生年金約10.7万円)
3.2 【パターン2】自営業・フリーランスの男性(国民年金が中心)
- 想定:厚生年金への加入期間が約7年と短く、大部分が国民年金
- 年金月額の目安:6万3513円
3.3 【パターン3】キャリアを重ねた女性(厚生年金が中心)
- 想定:平均年収約427万円(月額換算35.6万円)で33年間就業
- 年金月額の目安:13万4640円
3.4 【パターン4】自営業として働いた女性(国民年金が中心)
- 想定:厚生年金への加入期間が約6年と短い
- 年金月額の目安:6万1771円
3.5 【パターン5】専業主婦の期間が長い女性(第3号被保険者が中心)
- 想定:扶養内でパートタイマーとして働いた期間が長い
- 年金月額の目安:7万8249円
同じような就労期間の長さでも、厚生年金の加入状況によって将来の受給額に大きな差がつきます。
「ねんきん定期便」や「ねんきんネット」を活用し、ご自身の働き方に基づく正確な見込額を把握しておくことが大切です。
4. 75歳以上の平均貯蓄額「2392万円」と世帯ごとのばらつき
年金だけでは生活費が不足する場合、現役時代に準備してきた「貯蓄」が重要になります。75歳以上の夫婦世帯の資産状況を見ていきましょう。
総務省統計局の「家計調査(貯蓄・負債編)2025年」によると、世帯主が75歳以上の無職世帯(二人以上世帯)における平均貯蓄額は「2392万円」となっています。
4.1 70歳代の貯蓄分布から見える「資産のばらつき」
この「2392万円」という平均額を見ると、比較的ゆとりがあるように感じられるかもしれません。
しかし、貯蓄のデータにおいては一部の多額の資産を保有する世帯が全体の平均値を押し上げる傾向があります。
J-FLEC(金融経済教育推進機構)の「家計の金融行動に関する世論調査(2025年)」から、「70歳代・二人以上世帯」のデータを見ると、以下のようになっています。
- 平均:2416万円
- 中央値:1178万円
- 金融資産非保有(貯蓄ゼロ):10.9%
- 3000万円以上:25.2%
平均貯蓄額と、データを小さい順に並べた中央値とでは大きな開きがあります。
また、貯蓄ゼロの世帯が約1割存在する一方で、3000万円以上の世帯が約4分の1を占めるなど、同じ世代であっても世帯ごとの格差が大きい点に注意が必要です。
5. 毎月約2.7万円の赤字。老後家計にかかる支出の現実
総務省の「家計調査(家計収支編)2025年」によれば、75歳以上の無職・二人以上世帯の家計は、毎月平均で約2万7000円の赤字となっています。
前章で触れた貯蓄額のデータ(貯蓄・負債編)とは集計が異なるため、「平均貯蓄額から毎月これだけ取り崩している」と直接結びつけることはできませんが、一般的なシニア家計において「毎月の不足分(年額換算で約32万円)を手元の資産などでカバーする必要がある」という傾向は読み取れます。
今後の資金計画を考える上で、こうした収支の現実に対して留意しておきたいポイントが3つあります。
5.1 「ゆとりある老後生活」を想定した場合の不足額
1つ目は、この赤字額が「日常生活」を前提とした平均的な数字である点です。
生命保険文化センターの調査によれば、「ゆとりある老後生活」には夫婦で月平均39万1000円が必要とされており、その場合不足額はさらに拡大します。
5.2 一人あたり約2300万円!?家計データに含まれない「介護費用」のリアル
2つ目は、家計調査の支出データには「介護関連費用」が基本的に含まれていない点です。
株式会社LIFULL senior(LIFULL 介護)が2026年6月に公表した試算によると、在宅介護を1年経て有料老人ホームに5年間入居した場合、介護にかかる費用は一人あたり「約2300万円(2295.6万円)」に達するとされています。
特別養護老人ホームなどの公的施設に入居できれば費用はある程度抑えられますが、民間施設を利用してトータル2000万円を超えるケースは決して珍しくありません。
同調査では、親世代の約6割が「介護費用を備えていない」、子世代の8割超が「親と介護費用について話し合ったことがない」と回答しています。
介護保険サービスを利用しても所得に応じて1〜3割の自己負担は発生するため、将来的な支出増をしっかり見込み、家族で話し合っておく必要があるでしょう。
5.3 所得で異なる後期高齢者医療制度の「窓口負担割合」
3つ目は、「医療費の窓口負担」に関する制度の仕組みです。75歳になると後期高齢者医療制度の対象となり、医療費の窓口負担は原則1割となります。
しかし、一定以上の所得がある世帯は「2割負担」、現役並み所得の世帯は「3割負担」が適用されるため、家計への影響を考慮しておくことが大切です。
6. 夫婦の老後資金は「おひとりさま期間」まで見据えることが大切
老後資金の計画を立てる際に気をつけておきたいのが「想定する期間の長さ」です。
厚生労働省の「令和6年簡易生命表」によれば、現在65歳の方の平均余命は男性で20年(85歳まで)、女性で24年(89歳まで)となっています。
さらに「90歳まで生きる確率」は男性で26%、女性で50%に達します。
ご夫婦の場合、どちらか一方が亡くなられた後も、残された配偶者が長期間「おひとりさま」として生活を続けるケースは一般的です。
そのため、80歳前後までを前提とした資金計画では不足する懸念があります。
また、配偶者が亡くなった後は、生活費が単純に半分になるわけではなく、家賃や光熱費などの「固定費」の負担割合が相対的に大きくなる傾向があります。
7. 「いくらあるか」ではなく「何年もつか」。資産寿命を延ばすための備え
長寿化と物価高が進むこんにち。老後のマネープランは、貯蓄の金額そのものだけでなく「手元の資産で何年間生活を支えられるか(=資産寿命)」という視点が大切になっていくでしょう。
資産寿命を延ばし、安心して老後を過ごすためには、就労や資産運用などによる資金源の確保とともに、社会保障制度を正しく理解し、活用する姿勢も求められるでしょう。
医療や介護の自己負担については既に触れましたが、1か月の支払いが上限を超えた場合には「高額療養費制度」や「高額介護サービス費」によって払い戻しを受けることができます。
また、一定要件を満たすと老齢年金に上乗せされる「老齢年金生活者支援給付金」や「加給年金」などの存在もぜひ知っておきましょう。
平均的なデータや表面的な数字にとらわれることなく、ご自身のライフスタイルや健康状態に合わせて、収入を補い、制度を活用し、資産を守るための総合的な計画を立てていくことが、これからの高齢期を豊かに過ごすための第一歩となるでしょう。