日本を代表する自動車・二輪車メーカーである本田技研工業(ホンダ)。

直近の決算では、EV(電気自動車)戦略の転換に伴い、上場来初となるマイナス4,143億円の営業赤字に転落しました。

しかしその一方で、EV関連損失を除いた調整後営業利益は1兆393億円の黒字を確保しており、二輪事業は営業利益率18.2%という驚異的な数値を叩き出しています。

一体なぜ、巨額の赤字を出しながらも、これほどまでに強靭な本業の稼ぐ力を維持できるのでしょうか。

この理由について、元機関投資家の泉田良輔氏がホンダの事業構造とパワートレイン戦略を分析し、業績の裏にある本当の強みと今後の課題を解説します。

この記事のポイント

  • ホンダの営業赤字の正体は、戦略転換に伴う一過性のEV関連損失
  • 予測と実績の乖離から、米国市場におけるEV戦略の練り直しが急務に
  • 好調な二輪事業が、苦戦する四輪事業を支える構造になっている
  • 開発の効率化を目指す「トリプルハーフ」が今後の成長の鍵を握る

1. 巨額赤字の正体と「EV撤退」報道の実像

ホンダが発表した2026年3月期の通期決算は、市場に大きな衝撃を与えました。売上収益は21兆7,966億円(前期比0.5%増)と横ばいを維持したものの、営業利益はマイナス4,143億円、親会社所有者に帰属する当期利益はマイナス4,239億円となり、上場以来初めての赤字に転落したのです。

この赤字の主要因は、大規模な戦略転換に伴う「EV関連損失」です。

開発資産の除却や減損、戦略変更に伴う取引先への補償費用などを含め、EV関連損失の合計は1兆5,778億円という巨額にのぼりました。

さらに会社側は、来期(2027年3月期)の予想にも5,000億円のEV関連損失を織り込んでおり、損失の全体規模は最大で2.5兆円に達する見通しです。

この決算の直前には、ソニーと共同開発していたEV「アフィーラ」の開発・販売中止や、北米向けに予定していたEV3モデル(Honda 0 Saloonなど)の投入中止が発表されました。これを受けて世間では「ホンダがEVから撤退するのではないか」という報道も飛び交いましたが、泉田氏はこの見方を明確に否定します。

「EVやめるやめないみたいな感じでホンダ言われてますけども、これ三部社長も別にホンダEVやめるわけじゃないんですよって明確に言ってるんですよ」

実際、1.5兆円超のEV関連損失を除外した「調整後営業利益」を見ると、1兆393億円の黒字(営業利益率4.8%)を確保しています。

つまり、本業である自動車や二輪車の販売による「稼ぐ力」自体が失われたわけではなく、あくまで将来に向けた戦略の軌道修正に伴う一時的な痛みを伴った決算だと言えます。

FY2026/3 営業利益の構造(本業の黒字とEV関連損失)1/3

FY2026/3 営業利益の構造(本業の黒字とEV関連損失)

出所:本田技研工業「2026年3月期 決算短信・決算説明会資料」(2026年5月14日)を基にイズミダイズム作成

2. なぜ戦略転換が必要だったのか?予測と実績の乖離

では、なぜホンダはこれほど巨額の損失を出してまで、急激な戦略の見直しを行う必要があったのでしょうか。その背景について、泉田氏はマクロ環境の変化、特に主戦場である米国市場における「予測と実績の大きな乖離」を指摘します。

ホンダがEV戦略を強力に推し進めようとしていた2021年当時、米国市場におけるEV比率は右肩上がりに急成長していくと予測されていました。しかし、現実の市場の動きはホンダの想定とは大きく異なっていました。

「26年の時にはざっくり15%ぐらいEV化が進んでると思ったんだけども、今だともう10%割れてますからね。ここの差が見通しを間違えたというか、前提が違ってきているっていうのがまずあります」

泉田氏が読み解く決算資料によれば、当初の予測と実際の実績との間には、年間で約150万台もの巨大なギャップが生じています。しかも、このズレは直近で急に起きたわけではなく、2024年からすでに明確に表れ始めていました。

前提条件がこれほどまでに崩れてしまった以上、これまで通りのEV一辺倒の戦略を続ければ、他社との差は開く一方になります。

傷口がさらに広がる前に、ガソリン車やハイブリッド車(HV)へ経営資源(リソース)を再配分する決断を下したのは、企業として必然の判断だったと言えるでしょう。

四輪事業を取り巻く環境変化(米国EV比率の予測と実績)2/3

四輪事業を取り巻く環境変化(米国EV比率の予測と実績)

出所:本田技研工業「2026ビジネスアップデート」(2026年5月14日)

3. 地域ごとに異なるパワートレイン戦略の現在地

EV戦略を縮小し、軌道修正を図るホンダは、今後どのような方向へ向かうのでしょうか。泉田氏は、ホンダが打ち出した「地域別のパワートレイン(駆動装置)戦略」に注目します。

米国市場では、EVの普及が想定より遅れていることからハイブリッド車への回帰を図り、2029年に大型のハイブリッドモデルを投入する予定です。

一方で日本市場を見ると、軽自動車のEV拡充を掲げており、「N-BOX」を中心に2028年の発売を予定しています。日本では依然として小型EVで勝負する姿勢を崩していません。

また、インド市場についても2028年に向けて要件を再定義するとしています。

泉田氏はこの状況を、ライバルであるトヨタ自動車の戦略と比較して次のように分析します。

「トヨタみたいにマルチパスウェイみたいな感じで、ガソリン車、EVでハイブリッドっていうのでいろんなとこで全部戦略を考えてて、どれが波が来たとしても対応できるっていう風にしてたじゃないですか。ホンダは本当にもう今からゼロベースで考え直しますみたいなことで、ハイブリッドとか全然考えてなかったんだなっていう感じがしますよね」

トヨタが「マルチパスウェイ(全方位戦略)」として多様な選択肢を並行して準備していたのに対し、EVに大きく舵を切っていたホンダは、ここからハイブリッドの戦略をゼロベースで立て直さなければなりません。

実際、次世代ハイブリッドの商品技術戦略については「今年度中に改めて説明する(To be continued)」とされており、まだ具体的な姿は公表されていない状況です。

4. 二輪事業が四輪事業を支えるホンダの事業構造

ホンダの事業全体を見渡したとき、非常に特徴的な構造が浮かび上がってきます。それが、二輪(バイク)事業と四輪(クルマ)事業の鮮明なコントラストです。

2026年3月期のセグメント別営業利益を見ると、四輪事業はEV関連損失を含んでマイナス1兆4,111億円という巨額の赤字に沈んでいます。

これに対し、二輪事業は7,319億円の黒字を叩き出し、売上高に対する営業利益率も18.2%という極めて高い水準を誇っています。前期比でも増収増益を達成しており、まさに絶好調と言える状態です。

泉田氏はこの財務データから、ホンダの実態を次のように読み解きます。

「簡単に言っちゃうと、二輪で稼いだ利益を四輪に突っ込んでいる形になっているんですよ」

つまり、世界トップクラスの圧倒的な競争力を持つ二輪事業が生み出す潤沢なキャッシュを、苦戦し変革を迫られている四輪事業の改革に注ぎ込んでいるのが、現在のホンダの姿なのです。

FY2026/3 セグメント別営業利益の比較3/3

FY2026/3 セグメント別営業利益の比較

出所:本田技研工業「2026年3月期 決算説明会資料」(2026年5月14日)を基にイズミダイズム作成

しかし、四輪事業には長期的な課題が山積しています。短期的にハイブリッド車へシフトすることで当面の競争力を維持できたとしても、その先には自動運転や次世代ADAS(先進運転支援システム)といった高度な技術競争が待ち受けています。

「自動運転とか安全性の担保っていう競争からは、四輪やっている限りは逃れられないんですよ。てなると、本当にホンダでこの競争を続けていくのかっていうところはやっぱり変わってなくて」

四輪事業を継続する限り、この過酷な技術競争から降りることはできません。ホンダにとって四輪事業のあり方そのものが、構造的な課題として重くのしかかっています。

5. 巻き返しを図る中期目標と「トリプルハーフ」の挑戦

厳しい状況の中、ホンダはV字回復に向けた中期的な戦略目標を掲げています。

2029年3月期には調整後営業利益1兆4,000億円以上という過去最高水準を目指し、さらに2031年3月期にはROIC(投下資本利益率)10%の達成を目標としています。

ROICとは、企業が事業に投じた資金に対してどれだけの利益を生み出したかを示す指標であり、10%という数字は企業価値をしっかりと向上させていくための重要なラインとなります。

この野心的な目標を実現するため、会社側が「ものづくり体質の徹底強化」として打ち出したスローガンが「トリプルハーフ」です。

これは、車の開発にかかる「開発費」「開発期間」「開発工数」の3つを、2025年度比でそれぞれ半分にするという非常に高い目標です。

泉田氏は、この目標が開発現場に与えるプレッシャーの大きさを指摘します。

「EVにずっと特化してて、今のこの計画見るとハイブリッドを全然考えてなかったんだなっていう状況から、半分で、トリプルハーフで『新しいものを作ってこい』と。めちゃめちゃ大変だね現場は」

これまでEVに集中投資してきた体制から一転し、ハイブリッド車の開発をゼロベースで、しかも半分の期間とコストで進めなければなりません。

米国向けの大型ハイブリッドの投入が2029年、日本向けの軽EVが2028年と少し先の設定になっているのも、こうした開発の難しさと、戦略の巻き直しにかかる時間を物語っています。

6. まとめ:戦う地域を見極める今後の戦略論

激動の自動車産業において、ホンダは今後どのような道を選択すべきなのでしょうか。

泉田氏は、すべての国が同じタイミングでEV化や自動運転に進むわけではないと指摘します。エネルギー構成やインフラ整備の状況は国や地域によって大きく異なるため、世界で共通の技術がそのまま使える環境ではなくなっています。

「アメリカでの自動車産業をホンダがどう描くのかっていう宿題が今突きつけられている状態なので、そこって描きにくいんだったら自分たちで勝てる地域を探すしかないなっていうふうには思いますけどね」

トヨタのように全方位で戦うリソースを持たないのであれば、自分たちの技術や研究開発が最も活きる地域を見極め、そこに経営資源を集中させる「ローカル最適化」の戦略が求められます。

特に主戦場である米国市場での戦い方が難しくなっている今、ホンダの経営陣がどの地域で、どのようなパワートレインで勝負に出るのか。

今年度中に発表されるという次世代ハイブリッド戦略の詳細を含め、その戦略の全貌が明らかになったとき、ホンダの真の企業価値が問われることになるでしょう。

なお、本記事は企業の事業内容や決算の解説を目的としたものであり、特定の銘柄の売買を推奨するものではありません。投資に関する最終的な判断は、ご自身の責任で行ってください。

参考資料

  • 本田技研工業株式会社「2026年3月期 決算短信」
  • 本田技研工業株式会社「2026年3月期 決算説明会資料」
  • 本田技研工業株式会社「2026ビジネスアップデート」
  • YouTubeチャンネル「イズミダイズム」