特定口座で保有している株が値下がりし、含み損や確定した売却損を抱えている方へ。「元本割れ」「マイナス」という状況そのものは、実は税務上「損益通算」「繰越控除」という2つの救済策につながる入り口でもあります。
ただし、この制度は自動では適用されません。使うかどうかは、確定申告という「本人からの申告」が起点になります。国税庁が2026年5月に公表した最新統計を見ると、この繰越控除を使う人はここ数年でむしろ減っています。
この記事では、特定口座(源泉徴収あり)で株式投資をしていて、含み損や確定損を抱えている方に向けて、損益通算・繰越控除の基本と、見落としやすい実務の条件を、国税庁の一次資料に基づいて整理します。
1. 株がマイナスになったとき、まず知っておきたい2つの選択肢
保有株が元本割れしている場合、選択肢は大きく2つに分かれます。売らずに持ち続けるか、売って損失を確定させるかです。
1.1 保有を続ける場合
売却しない限り、税務上は損益ともに未発生の状態です。国税庁タックスアンサーNo.1463によれば、株式等の譲渡所得等は売却した年分の所得として課税される仕組みのため、保有中は課税の対象になりません。
1.2 売却して損失を確定させる場合
売却して損失が確定すると、税務上の「損益通算」「繰越控除」という制度の対象になります。上場株式等の値上がり益・配当には合計20.315%(所得税等15.315%、住民税5%)の税率がかかりますが、損益通算・繰越控除はこの利益を、確定した損失の分だけ小さくする仕組みです。
次の章では、この損益通算・繰越控除が実際にどの取引に使え、どの取引には使えないのかを整理します。
2. 損益通算・繰越控除が使える取引・使えない取引
「損益通算」と一口に言っても、対象になる取引には条件があります。国税庁タックスアンサーNo.1474で、対象・非対象が明確に線引きされています。
2.1 対象になるケース
上場株式等を金融商品取引業者等(証券会社等)を通じて譲渡したことにより生じた譲渡損失は、確定申告により、その年分の上場株式等の配当所得等(申告分離課税を選択したもの)と損益通算できます。控除しきれない場合は、翌年以後3年間、上場株式等に係る譲渡所得等・配当所得等から繰越控除できます。
2.2 対象にならないケース
国税庁の一次資料には、除外規定が明記されています。証券会社等を通さない「相対取引」による譲渡損失は対象外です。非課税口座(NISA・ジュニアNISA)内で生じた譲渡損失も、税務上「ないもの」とみなされ、特定口座や一般口座の利益と通算・繰越することはできません。
もう1つ見落とされやすいのが、上場株式等の譲渡損失は非上場の「一般株式等」の譲渡所得等と通算できないという制約です。両方保有している場合、この2つは税務上まったく別の勘定として扱われます。
ここまでが基本のルールです。次の章からは、この制度の意外な狭さや、見落としやすい実務の条件を、一次資料に基づいて深掘りしていきます。
3. 「損益通算」という言葉が思わせる範囲は、実は驚くほど狭い
「損益通算」という言葉から、株で損をした分は他の税金も安くなる、というイメージを持つ方は少なくありません。しかし国税庁タックスアンサーNo.1465を確認すると、この制度が対象にする範囲は、思ったよりずっと限定的です。
3.1 給与所得や不動産所得とは、通算できない
国税庁の整理によれば、上場株式等の譲渡損失は、給与所得など他の各種所得の金額から差し引くことはできません。逆に、不動産所得などの赤字を、株式等の譲渡益から差し引くこともできません。
つまり「株で50万円損したから、給与にかかる所得税が安くなる」という話にはならないということです。損益通算が働くのは、あくまで上場株式等どうし、一般株式等どうしという、閉じた箱の中だけです。
4. 【編集者の視点】
「損益通算」という名前の制度は他にも複数あり、通算できる所得の範囲がそれぞれ個別に決まっています。株式投資の文脈で使われる損益通算は、あくまで上場株式等に係る譲渡所得等・配当所得等という枠内の話です。
実務でよくあるつまずきは、この枠を超えて赤字を書き込んでしまうケースです。株の譲渡損失を副業の雑所得の黒字と相殺できると誤解して申告書を作成し、後から税務署の指摘で訂正申告が必要になった、という相談は珍しくありません。
国税庁の確定申告書等作成コーナーを使えば、対象外の所得との誤った通算はシステム側で弾かれます。ただし手書きで作成する場合や、所得区分の違いを理解しないまま入力する場合は、このミスが起こりやすくなります。
不安がある場合は、作成コーナーの案内に沿って入力するか、税務署の相談窓口で「株式等の譲渡損失の損益通算」の対象範囲を具体的に確認するのが確実です。
もう1つ、この制度には見落としやすい継続条件があります。次の章で詳しく見ていきます。
5. 繰越控除を続けるための、見落としやすい「毎年申告」条件
繰越控除は、損失が生じた年の翌年以後3年間、確定申告を続けることで使い続けられる制度です。ここに、見落とされやすい条件があります。
国税庁タックスアンサーNo.1474の手続きの項目には、次のように明記されています。
上場株式等の譲渡がなかった年も、譲渡損失を翌年へ繰り越すための申告が必要です。
出典:国税庁タックスアンサーNo.1474「上場株式等に係る譲渡損失の損益通算及び繰越控除」
つまり、損失を出した翌年に一切株を売買しなかった場合でも、繰越控除を続けるためには確定申告書を提出し続ける必要があるということです。
5.1 【損益通算・繰越控除に必要な手続き】
損失が生じた年
- 損益通算をする場合:確定申告書に付表・計算明細書を添付
- 繰り越す場合:同じ年分の申告で、まず繰越の起点を作る
繰越控除を使い続ける期間(最大3年間)
- 毎年:付表付きの確定申告書を連続して提出
- 株の売買がない年:それでも申告は必要(ここが見落とされやすい)
6. 【編集者の視点】
この「取引がない年も申告が必要」という条件は、繰越控除を利用する人が最もつまずきやすいポイントの1つです。1年目に損失を申告し、2年目にたまたま売買をしなかった場合、「今年は関係ない」と考えて申告をスキップすると、そこで繰越控除の権利が途切れてしまいます。
繰越控除は「損失が生じた年から翌年以後3年間、連続して申告書を提出すること」が条件で、途中の年で1回でも欠かすと、残っていた損失を使うことができなくなります。取引をしていない年ほど確定申告を忘れやすいという構造は、制度の設計上どうしても生じる落とし穴です。
対策はシンプルで、繰越控除を使い始めたら、売買の有無にかかわらず3年間はカレンダーに申告の予定を入れておくことです。確定申告書等作成コーナーは前年のデータを引き継げるため、取引がない年でも入力の手間は限定的です。
手続きに不安がある場合は、確定申告の時期に税務署や国税局電話相談センターで「繰越控除の何年目にあたるか」を確認してから申告するのが確実です。
では実際に、この繰越控除を使っている人はどれくらいいるのでしょうか。国税庁の最新統計を見ていきます。
7. 損失を繰り越す人は、実は年々減っている
国税庁が2026年5月に公表した「令和7年分の所得税等、消費税及び贈与税の確定申告状況等について」には、株式等の譲渡所得の申告状況の推移が示されています。
これによると、令和7年分の株式等の譲渡所得の申告人員は115万人(対前年比▲2.5%)でした。そのうち所得金額がある方(有所得人員)は74万人(同+0.2%)と、前年からほぼ横ばいで推移しています。
一方で、譲渡損失を翌年以降へ繰り越す申告をした人の数は、令和5年分48万人、令和6年分41万人、令和7年分37万人と、2年連続で減少しています。
令和6年分から令和7年分にかけての減少幅は4万人、率にして約9.8%です。
令和5年分からの3年間で見ると、約22.9%の減少です。有所得人員が横ばいで推移する一方、損失を繰り越す人だけがこれほどの割合で減っているのは、単純な相場の良し悪しだけでは説明しきれない動きです。
7.1 【株式等の譲渡所得の申告状況の推移】
令和五年分
- 申告人員:115万人
- 有所得人員:65万人
- 繰り越した方:48万人
令和六年分
- 申告人員:118万人
- 有所得人員:74万人
- 繰り越した方:41万人
令和七年分
- 申告人員:115万人
- 有所得人員:74万人
- 繰り越した方:37万人
8. 【編集者の視点】
繰越控除の利用者が減っている背景は1つではありません。相場全体が堅調で、損失を出す人自体が減っている可能性はありますが、有所得人員がほぼ横ばいで推移する一方、繰越を選ぶ人だけが減っているとなると、それだけでは説明がつきにくい面もあります。
もう1つ考えられるのが、「取引がない年も申告が必要」という条件を知らずに、あるいは面倒に感じて、繰越の途中で申告をやめてしまうケースです。3年間のうち1年でも欠ければ、その時点で残りの繰越控除は使えなくなります。
統計上は「繰越控除を選ばなかった人」と「途中で申告を止めてしまった人」を区別できないため、どちらが主な要因かはこの統計だけからは特定できません。
自分の状況が当てはまるかもしれないと感じた方は、証券会社の「特定口座年間取引報告書」で過去の譲渡損益を確認したうえで、税務署や国税局電話相談センターに適用状況を照会してみるのが確実です。
最後に、複数の証券口座やNISA口座を持っている方が特に注意したい点を整理します。
9. 複数の証券口座やNISA口座を持つ人が注意すべきこと
複数の証券会社に口座を持っている場合や、NISA口座と課税口座を併用している場合、損益通算・繰越控除の対象になるかどうかの判断がやや複雑になります。
9.1 証券会社をまたぐ場合
特定口座(源泉徴収あり)は、同じ口座内であれば譲渡損益・配当が自動的に通算されます。ただし証券会社Aで損失、Bで利益が出ている場合、口座間の損益は自動通算されず、両方合わせた確定申告が必要です。
9.2 上場株式と非上場株式を両方持っている場合
上場株式等の譲渡損失は、非上場の一般株式等の譲渡益とは通算できません。上場で損失、非上場で利益が出ている場合でも、相殺はできない点に注意が必要です。
9.3 NISA口座を併用している場合
NISA口座内で生じた譲渡損失は、税務上「ないもの」とみなされ、特定口座や一般口座の利益との通算・繰越の対象にはなりません。損失が出た口座がどちらかによって、使える制度が変わる点を押さえておく必要があります。
口座開設の基礎は、株式投資の始め方、実は10万円未満でも可能?東証データが示す「必要資金」の実態とNISA・特定口座で変わる手取り、証券会社破綻時の資産の行方まで解説で整理しています。
まとまった金額を投資していて、確定申告そのものが必要かどうかのライン(20万円ルール)が気になる方は、株式投資は100万円からどう始める?まとまった資金だからこそ気をつけたい「確定申告・20万円の壁」と、NISA成長投資枠を一括で使うときの注意点もあわせてご覧ください。
※本記事は、編集部が国税庁が公表する公式の最新一次資料を直接確認の上、執筆・検証しています。
10. まとめ
- 株の損失は、確定させて初めて損益通算・繰越控除の対象になります。保有を続けている間の含み損は課税の対象外です。
- 損益通算は、上場株式等どうし、一般株式等どうしという閉じた範囲でのみ働き、給与所得など他の所得とは通算できません。
- 繰越控除は3年間、連続して確定申告を続けることが条件です。取引がない年も申告が必要という点は見落とされやすくなっています。
- 国税庁の統計では、譲渡損失を繰り越す人の数が令和5年分から令和7年分にかけて2年連続で減少しています。
- 複数の証券口座やNISA口座を併用している場合は、口座間・上場と非上場の間で通算できる範囲が異なる点に注意が必要です。
損益通算・繰越控除は、使えば税負担を軽くできる一方、確定申告という手続きを自分から起こさない限り何も始まりません。この「申告が起点になる」という性質が、利用者数の伸び悩みの一因なのかもしれません。
含み損や確定損を抱えている方は、まず特定口座年間取引報告書で年間の損益を確認し、対象になりそうな場合は税務署や国税局電話相談センターに相談してみることをおすすめします。
11. よくある質問
11.1 Q. 株の損益通算とはどういう制度ですか?
A. 上場株式等を証券会社等を通じて売却して生じた譲渡損失を、確定申告により、同じ年の譲渡益や申告分離課税を選択した配当所得等と相殺できる制度です。国税庁タックスアンサーNo.1474に規定されています。
11.2 Q. 損益通算・繰越控除は特定口座なら自動でされますか?
A. 同じ特定口座内であれば自動的に通算されます。ただし複数の証券会社の口座をまたぐ場合や、損失を翌年以降に繰り越す場合は確定申告が必要です。
11.3 Q. NISA口座で損をした場合、他の口座の利益と相殺できますか?
A. できません。NISA口座内の譲渡損失は税務上「ないもの」とみなされ、特定口座や一般口座の利益との損益通算、繰越控除のいずれの対象にもなりません。
11.4 Q. 繰越控除を受けている途中で、株を全く売買しなかった年はどうすればいいですか?
A. その年も確定申告が必要です。国税庁の規定では、譲渡がなかった年も繰越控除を続けるための申告が必要とされており、1年でも欠くと権利が途切れます。
参考資料
- 国税庁タックスアンサーNo.1474「上場株式等に係る譲渡損失の損益通算及び繰越控除」(令和7年4月1日現在法令等)
- 国税庁タックスアンサーNo.1465「株式等の譲渡損失(赤字)の取扱い」(令和7年4月1日現在法令等)
- 国税庁タックスアンサーNo.1463「株式等を譲渡したときの課税(申告分離課税)」(令和7年4月1日現在法令等)
- 国税庁タックスアンサーNo.1535「NISA制度」(令和7年4月1日現在法令等)
- 国税庁「令和7年分の所得税等、消費税及び贈与税の確定申告状況等について」(令和8年5月公表)
LIMO編集部ウェルスマネジメント班
