特別養護老人ホームなどの介護施設に入居したものの、年金や貯蓄だけでは費用が足りなくなってきた——そんな不安を抱える人は少なくありません。「払えなくなったら施設を追い出されるのでは」と考える人もいるでしょう。
結論から言うと、費用が払えなくなったからといって、すぐに退去を求められるわけではありません。公的な軽減制度や生活保護の介護扶助を使うことで、同じ施設に住み続けられるケースがあります。
この記事では、自治体の公式資料をもとに、費用が払えなくなったときに使える具体的な制度を整理します。あらかじめ制度の全体像を知っておくことで、実際に費用の支払いに困る前から、心構えを持っておくことができます。
特に、入居してから年数が経つほど、当初想定していた年金や貯蓄の見通しと、実際の生活費とのズレが大きくなりやすい傾向があります。早い段階でこうした公的制度を知っておくことが、家計の破綻を防ぐ第一歩になります。
1. 老人ホームの費用が払えなくなったらどうなるのか
介護施設に入居した後、年金収入や貯蓄の減少によって費用の支払いが難しくなる状況は、誰にでも起こり得ます。まずは、公的な救済制度に頼る前にできることと、実際に使える2つの公的な仕組みを整理します。
1.1 まずは施設に早めに相談する
費用の支払いが難しくなった場合、いきなり滞納するのではなく、早い段階で施設の生活相談員やケアマネジャーに事情を伝えることが基本です。分割払いなどの個別の調整は施設ごとの対応になるため、この記事では立ち入りませんが、公的な軽減制度を使えるかどうかを合わせて確認してもらうきっかけになります。
連帯保証人がいる場合は、支払いが滞る前の段階で状況を共有しておくことも重要です。本人と保証人のどちらも支払いが難しい状況になってから相談するよりも、余裕のある段階で選択肢を洗い出しておくほうが、結果的に選べる対応の幅が広がります。
1.2 公的な救済制度は主に2つ
費用負担を軽くする公的な仕組みとしては、大きく分けて「社会福祉法人等による利用者負担軽減制度」と「生活保護の介護扶助」の2つがあります。前者は住民税非課税世帯などを対象にした割引制度、後者は生活保護そのものに切り替わった場合の仕組みです。それぞれ対象になる条件や軽減される内容が異なるため、順番に見ていきます。
2. 社会福祉法人等による利用者負担軽減制度:対象になれば利用料の4分の1が軽減に
社会福祉法人等による利用者負担軽減制度は、住民税非課税世帯などを対象に、介護サービスの利用者負担や食費・居住費を軽減する制度です。自治体の公式資料をもとに、対象者の要件と軽減の内容を確認します。
2.1 対象者の要件
大阪市の公式資料によると、対象になるのは世帯全員が市町村民税非課税で、次の要件をすべて満たす人(および生活保護受給中の人)です。世帯の年間収入が150万円以下(世帯員が1人増えるごとに50万円を加算)、世帯の預貯金等の額が350万円以下(世帯員が1人増えるごとに100万円を加算)です。
これに加えて、日常生活に供する資産以外に活用できる資産がないこと、負担能力のある親族等に扶養されていないこと、介護保険料を滞納していないこと、養護老人ホームに入所していないことも要件になります。
収入や預貯金の基準額は自治体によって定められているため、この記事で示した金額は大阪市の例であり、実際の申請にあたっては、お住まいの自治体の基準を確認する必要があります。世帯構成によって基準額が加算される仕組みになっているため、同居家族の人数が変わった場合は基準額も変わる点に注意が必要です。
2.2 軽減される費用の範囲と割合
軽減の対象になるのは、介護サービスの利用者負担額(1〜3割分)と、食費・居住費(滞在費・宿泊費)です。軽減割合は、埼玉県の公式資料によると原則として利用者負担の4分の1です。老齢福祉年金を受給している人は2分の1に軽減されます。大阪市の公式資料によると、生活保護を受給している人は、個室の居住費(対象となるサービスに限る)について全額が軽減されます。
2.3 対象になる施設は「特別養護老人ホーム」が中心
見落とされがちなのが、この制度の対象施設の範囲です。埼玉県の公式資料によると、対象になるのは介護老人福祉施設(特別養護老人ホーム)や地域密着型特別養護老人ホーム、短期入所生活介護(ショートステイ)、訪問介護・通所介護といった在宅サービスが中心です。
民間が運営する有料老人ホームについては、この制度の対象として明記されていません。特別養護老人ホームへの入居や在宅サービスの利用を検討している場合は対象になる可能性がありますが、有料老人ホームに入居中、または検討している場合は、この制度が使えるかどうかを個別に確認しておく必要があります。
2.4 申請すると「軽減確認証」が交付される
埼玉県の公式資料によると、この制度の対象と認められた人には「軽減確認証」が交付され、軽減の割合が記載されます。この確認証を利用している施設や事業所に提示することで、利用者負担額が軽減された金額で請求されるようになります。申請先は、入居中の施設を通じて、お住まいの市区町村の窓口になるのが一般的です。
社会福祉法人等利用者負担軽減制度の軽減割合
- 原則(住民税非課税世帯等):利用者負担額の4分の1
- 老齢福祉年金受給者:利用者負担額の2分の1
- 生活保護受給者(個室居住費):全額
3. 【編集者の視点】
「4分の1に軽減」と聞くと小さな割引に思えるかもしれませんが、月額費用が10万円を超える施設では、その4分の1がまるごと軽くなる意味は決して小さくありません。
まずはこの制度の対象になるかどうかを、資産を使い切る前に確認しておくことが重要です。
4. 生活保護に切り替わっても、施設を追い出されるわけではない
軽減制度を使っても支払いが難しい場合、次の選択肢になるのが生活保護です。「生活保護になったら施設を出なければならない」というイメージを持つ人もいますが、実際の仕組みは異なります。
4.1 介護扶助で自己負担分が給付される仕組み
神奈川県の公式資料によると、介護保険の被保険者(65歳以上の第1号被保険者、または40歳以上65歳未満の医療保険加入者である第2号被保険者)である生活保護受給者は、自己負担部分(介護費の1割分)が生活保護からの給付である「介護扶助」の対象になります。つまり、介護保険で7〜9割がまかなわれたうえで、残りの自己負担分についても介護扶助が給付されるため、実質的な自己負担はなくなります。
介護扶助の内容は、原則として介護保険と同じ範囲・同じ水準の介護サービスが給付されます。給付は原則として現物給付の方法によるため、利用者が費用を立て替えて後から精算するような手間もかかりません。
4.2 医療保険未加入の場合は10割給付という例外
一方、介護保険の被保険者に該当しない人(主に40歳以上65歳未満で医療保険に未加入の人)の場合は、介護扶助が介護サービス費用の10割全額を給付します。いずれのケースでも、給付は原則として現物給付の方法によります。介護扶助を受けようとする場合は、お住まいの地域を管轄する福祉事務所への申請が必要です。
このように、生活保護に切り替わったからといって、直ちに施設を退去しなければならないわけではありません。むしろ、介護保険と介護扶助の組み合わせによって、自己負担ゼロで介護サービスを継続して利用できる仕組みが用意されています。
5. 【編集者の視点】
「軽減制度」と「生活保護」は、どちらも住民税非課税水準の世帯を対象にしている点で似ていますが、資産をどこまで維持できるかという点で性格が大きく異なります。
軽減制度は資産を保有したまま費用を抑えられる仕組みである一方、生活保護は資産の活用が前提になる制度です。この違いを理解したうえで、どちらを検討すべきかを次の章で整理します。
6. 軽減制度と生活保護、どちらを検討すればよいか
ここまで見てきた2つの制度をどう使い分ければよいか、実際の検討の順番を整理します。あわせて、それぞれの制度で軽減・給付の対象になる範囲の違いも表で確認しておきます。
6.1 社会福祉法人等利用者負担軽減制度と生活保護(介護扶助)の対象範囲比較
- 資産の取り扱い:軽減制度は基準内で保有可、生活保護は資産の活用が前提
- 利用者負担(1〜3割分):軽減制度は原則4分の1に軽減、生活保護(介護保険被保険者)は全額給付
- 食費・居住費:軽減制度は対象サービスに限り軽減、生活保護は制度上の扱いを個別に確認
6.2 まずは軽減制度の対象になるか確認する
住民税非課税世帯に該当し、年間収入や預貯金額の基準を満たしていそうであれば、まずは社会福祉法人等利用者負担軽減制度の対象になるかどうかを、入居中の施設またはお住まいの自治体の窓口に確認するのが最初のステップです。この制度は生活保護に至る前の段階で使える軽減策であり、資産を維持したまま費用負担を抑えられる点がメリットです。
6.3 資産を使い切ってからでは遅い、早めの相談が鍵
軽減制度の要件である預貯金額の基準を大きく超えている間は、この制度の対象にはなりません。逆に言えば、資産を使い切ってから初めて動き出すのではなく、費用の支払いに不安を感じ始めた早い段階で、施設の生活相談員やケアマネジャー、自治体の窓口に相談しておくことで、軽減制度と生活保護のどちらが適しているかを、余裕を持って検討できます。
特に、預貯金額が軽減制度の基準に近づいてきた段階であれば、まだ生活保護に至る前の選択肢が残っています。基準を下回ってから慌てて申請するのではなく、基準に近づいた時点で相談を始めておくことが、結果的に無理のない選択につながります。
特定入所者介護サービス費など、住民税非課税世帯向けの食費・居住費の軽減制度については、介護費用は総額いくらかかる?一時費用・月額・期間の試算で詳しく解説しています。あわせて確認しておくと、自分がどの制度の対象になりそうか整理しやすくなります。
いずれの制度も、対象になるかどうかの判定は世帯の収入・資産の状況によって細かく分かれます。自分の世帯がどこに当てはまるかを自己判断で決めつけず、まずは窓口に相談して確認することが、遠回りに見えて実は最も確実な進め方です。
※本記事は、編集部が複数自治体(大阪市・埼玉県・神奈川県)が公表する公式の最新一次資料を直接確認の上、執筆・検証しています。
7. まとめ
- 特別養護老人ホームなどの費用が払えなくなっても、社会福祉法人等利用者負担軽減制度を使えば、対象となる利用料や食費・居住費が原則4分の1減額されます
- 生活保護に切り替わっても、介護扶助によって自己負担分が給付され、同じ施設に住み続けられるケースがあります
- 軽減制度には世帯年収・預貯金額などの要件があり、資産を使い切る前の早めの相談が重要です
老人ホームの費用が払えなくなったときは、いきなり退去を心配するのではなく、まず公的な軽減制度の対象になるかどうかを確認することが第一歩です。
施設の生活相談員やケアマネジャー、お住まいの自治体の窓口に早めに相談し、社会福祉法人等利用者負担軽減制度と生活保護、それぞれの仕組みを理解したうえで、無理のない選択をしていくことが大切です。
8. よくある質問
8.1 Q. 老人ホームの費用が払えなくなったら、すぐに退去させられますか。
A. 費用が払えなくなったからといって、直ちに退去を求められるわけではありません。まずは施設に相談したうえで、社会福祉法人等利用者負担軽減制度や生活保護の介護扶助といった公的な救済制度を確認することが重要です。
8.2 Q. 社会福祉法人等利用者負担軽減制度とはどんな制度ですか。
A. 住民税非課税世帯などを対象に、介護サービスの利用者負担や食費・居住費を軽減する制度です。軽減割合は原則として利用者負担額の4分の1、老齢福祉年金受給者は2分の1です。
8.3 Q. 社会福祉法人等利用者負担軽減制度の対象になる条件は何ですか。
A. 世帯全員が市町村民税非課税で、世帯の年間収入が150万円以下(世帯員が1人増えるごとに50万円を加算)、預貯金等の額が350万円以下(同100万円を加算)などの要件を満たす必要があります(大阪市の例)。基準額は自治体によって異なります。
8.4 Q. 生活保護になったら、今の施設を出なければなりませんか。
A. 必ずしもそうではありません。介護保険の被保険者である生活保護受給者は、自己負担分(1割)が介護扶助として給付されるため、実質的な自己負担なく介護サービスを継続して利用できます。
8.5 Q. 介護保険に加入していない人が生活保護を受ける場合はどうなりますか。
A. 主に40歳以上65歳未満で医療保険に未加入の人が該当し、この場合は介護扶助が介護サービス費用の10割全額を給付します。
8.6 Q. どのタイミングで相談すればよいですか。
A. 資産を使い切ってしまう前の、費用の支払いに不安を感じ始めた早い段階での相談が推奨されます。施設の生活相談員やケアマネジャー、お住まいの自治体の窓口が相談先になります。
8.7 Q. 軽減制度と生活保護はどちらを先に検討すべきですか。
A. まずは資産を維持したまま利用できる社会福祉法人等利用者負担軽減制度の対象になるかを確認し、それでも支払いが難しい場合に生活保護を検討するのが一般的な順番です。
8.8 Q. 生活保護受給者は食費・居住費も軽減されますか。
A. 社会福祉法人等利用者負担軽減制度において、生活保護受給者は個室の居住費(対象となるサービスに限る)について全額が軽減されます。
8.9 Q. 有料老人ホームでもこの軽減制度は使えますか。
A. 埼玉県の公式資料によると、対象になるのは特別養護老人ホームや在宅サービスが中心で、有料老人ホームは対象として明記されていません。有料老人ホームに入居中の場合は、施設または自治体の窓口に個別に確認することをおすすめします。
参考資料
齊藤 慧
