1. 社名が何も教えてくれなかった時期がある
沿革の最初の行に、この会社の出発点が書かれている。1950年3月、東京都杉並区に会社を設立し、磁器コンデンサとステアタイト磁器絶縁体の生産を始めた。
つまりコンデンサは創業事業だ。後から見つけた稼ぎ頭ではない。
その沿革をもう少し下までたどると、様子の違う行が並ぶ。1989年6月、ソニーとの合弁で販売会社「スタート・ラボ」を設立。同年8月には製造会社「ザッツ福島」を設立している。2009年から2010年にかけては、米国、ドイツ、中国に「JVC ADVANCED MEDIA」の名を冠した販売会社が相次いで置かれた。
いずれも記録メディアの事業体である。磁器コンデンサから始まった会社が、カセットや光ディスクの世界へ足を伸ばしていた時期の痕跡だ。
そして現在の有価証券報告書の沿革に、これらの名前はもう出てこない。過去の年度の届出のなかにしか残っていない。「ザッツ福島」は2015年7月に「福島太陽誘電」へ商号を変えている。
興味深いのは、同じ2015年7月に他の子会社も名前を変えている点だ。太陽化学工業は太陽誘電ケミカルテクノロジーへ、赤城電子は太陽誘電テクノソリューションズへ。グループの名前が一斉に「太陽誘電」で揃えられた月である。
名前を揃えるのは、事業を揃えることの表明でもある。記録メディアという別の顔をたたみ、看板を一つにした。そう読み取れる並びだ。
2. 集中した先は、利益率のかたちで痕跡を残している
では、たたんだぶんの資源はどこへ向かったのか。会社自身の言葉がいちばん分かりやすい。
2027年3月期1Qの短信で同社は、主力事業の積層セラミックコンデンサのさらなる成長に加え、インダクタを強化して第二の柱とし、バランスの取れた事業体質を構築するとしている。
「第二の柱」を今から作るという言い方は、今が一本足であることを認めているに近い。撤退して得た自由は、事業の広げ直しではなく、一つの製品群への集中に使われた。
その集中は、5期の数字にはっきり出ている。売上高は2022年3月期の3,496億円から2026年3月期の3,553億円へ、ほぼ横ばいだ。ところが営業利益は682億円から199億円へ縮んでいる。
営業利益率にすると、2022年3月期の19.5%が2024年3月期には2.8%まで沈み、2026年3月期に5.6%まで戻したという形になる。売上が動いていないのに、利益だけが大きく上下している。
理由は投資の重さだ。設備投資は2022年3月期の515億円から2024年3月期の799億円へ膨らんだ。この期の売上高3,226億円に対し、およそ4分の1にあたる規模である。
投資はやがて減価償却費に姿を変える。減価償却費は2022年3月期の312億円から2026年3月期の491億円へ、180億円ほど増えた。売上がほぼ横ばいのまま固定費がこれだけ増えれば、営業利益はその分だけ削られる。ここは会計の構造上ほぼ自明な話だ。
会社側の説明も、この投資を隠していない。2026年3月期通期の短信では、自動車、情報インフラ・産業機器向けの売上が増加した影響などにより売上高と各段階利益が増加したとし、需要拡大に対応するための継続的な能力増強を実施してきたとしている。
集中の見返りは、需要が上向いた局面での利益率の跳ね上がりだ。2022年3月期の19.5%はその姿である。代償は、谷での落ち込みの深さだった。2.8%はその裏返しだ。
ここで一般的なイメージとのズレが顔を出す。積層セラミックコンデンサの大手と聞けば、高い利益率を思い浮かべる人が多いだろう。だが2026年3月期の営業利益率5.6%は、電気機器の業種中央値6.7%を下回る。粗利率23.0%も中央値29.4%に届かない。
回復途上の会社であることと、業種のなかで平均以下の水準にあること。この二つは矛盾せず、同じ決算のなかで同時に成り立っている。
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出所:太陽誘電株式会社 有価証券報告書をもとに筆者作成
3. PER41倍という値段を、1カ月の振れ幅と並べてみる
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出所:各種資料をもとに筆者作成
株価に目を移す。直近1カ月、8月6日から9月4日までの21営業日の動きは荒い。
起点の8月6日は9,939円。そこから8月17日に11,295円まで水準を上げ、9月3日には8,857円まで下げた。上から下までの振れ幅は2割を超える。
そして9月4日の終値は9,426円。前日から569円、6.4%の上昇だ。この日に個別の開示があったわけではない。相場全体の動きが影響した可能性が高い。
直近時点のバリュエーションは、PER(株価収益率)41.08倍、PBR(株価純資産倍率)3.33倍。前日はPER38.6倍、PBR3.13倍だった。1日で3倍近く水準が動く指標ではないから、これは株価そのものが動いたということである。
PBR3.33倍という数字は、1Q末の1株当たり純資産2,827円と株価を並べるときれいに合う。市場は帳簿上の純資産の3倍を超える値段を払っている。1Q末の自己資本比率は59.7%、純資産は3,682億円だ。
PERは、今の利益水準が続くと仮定したときの投資回収年数の目安として読める。41倍という数字は、営業利益率が5.6%まで戻ってきた会社に対して、その先の回復まで含めて払われている値段だ。
集中の見返りをどこまで見込むかで、この値段が何を織り込んでいるのかは変わってくる。1カ月で2割を超えて振れたのは、その見込みが市場のなかで固まっていない証拠でもあるだろう。
4. 筆者コメント
名前が揃えられた2015年7月を境に、この会社の見え方が変わったのだと思う。
撤退とは足を引くことだと考えがちだが、この会社の場合は足を1本にすることだった。1本足は速く走れるが、転びやすい。5期の利益率の沈みと戻りは、その走り方の記録である。
もっとも、1本足のまま倒れずに済んだ理由も、たぶん同じところにある。創業事業だから、谷でも作り続けるという判断ができた。よそから買ってきた事業なら、同じ谷で切り離す選択も十分ありえたはずだ。
ここには少し皮肉もある。撤退した記録メディアは、店頭に並び、手に取れる商品だった。集中した先のコンデンサは、機器の内側にあって誰の目にも触れない。見える商品をやめて見えない部品に賭けた会社は、世間の印象が更新されるのが遅くなる。
だから今でも、社名より先に「あのメディアの会社」が浮かぶ人がいる。株価を見るときは、その印象をいったん置いて、利益率の形だけを追ってみることをおすすめしたい。