5. 公的年金の積立金は過去最高302兆円に。でも受給額が増えない理由
2026年8月7日、厚生労働省は令和7年度(2025年度)の「厚生年金保険・国民年金の収支決算の概要」を公表しました。
これによると、公的年金の積立金は時価ベースで302兆5893億円となり、前年度から42兆5136億円増加。統計を遡れる中で初めて300兆円の大台を超え、過去最高を更新しました。
株式市場の上昇などを背景に、年金積立金の運用を担うGPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)の運用成績も好調でした。
2025年度の収益率は+16.47%、収益額は+41.4兆円。さらに直近の2026年度第1四半期(4〜6月)の運用状況でも収益率+8.20%、収益額+24兆895億円を記録し、運用資産額は317兆7596億円まで積み上がっています(GPIF、2026年8月7日発表)。
ただし、この「過去最高」の運用成果が、そのまま毎年の年金受給額の増加につながるわけではありません。
少子高齢化に応じて給付水準を自動調整する「マクロ経済スライド」が適用されるため、物価上昇率がそのまま年金額に反映されない仕組みになっているからです。
実際、2025年平均の消費者物価指数(CPI)は前年比3.2%上昇したのに対し、物価上昇を反映して改定された2026年度の年金額の引き上げ率は、国民年金(基礎年金)が+1.9%、厚生年金(報酬比例部分)が+2.0%にとどまりました。
積立金という「原資」は過去最高でも、個々の受給者が実際に手にする年金は、物価高に対して実質的に目減りしているというのがいまの実態です。
6. 物価高でシニアの貯蓄は目減り。広がる「年金を補う」投資という選択
国全体の「原資」である積立金は増えている一方で、個人の家計はどうでしょうか。
総務省「家計調査報告(貯蓄・負債編)2025年(令和7年)」によると、二人以上世帯の平均貯蓄現在高は2059万円となり、比較可能な2002年以降で初めて2000万円を超え、過去最高を更新しました。
ところが、世帯主が65歳以上の「高齢無職世帯」に限ると、平均貯蓄額は2494万円で前年から66万円(2.6%)減少しました。
高齢無職世帯の貯蓄が減少に転じたのは、実に6年ぶりのことです。
内訳を見ると、定期性・通貨性預貯金をあわせた預貯金全体が116万円減少しており、物価高を受けて生活費の補填に貯蓄を取り崩す「デキュムレーション」の動きがうかがえます。
収入面の格差も背景にあります。
現役の勤労者世帯の年間収入が前年比4.3%増加したのに対し、高齢無職世帯の年間収入の伸びは1.5%にとどまりました。
2026年春季労使交渉では大手企業の賃上げ率が5.37%(加重平均)に達しており、収入を増やす手段が限られるシニア世代との差は、今後も広がりかねません。
物価高のなかで、年金と貯蓄だけに頼る老後は年々厳しさを増している——こうした状況を背景に、シニア世代のあいだでは「年金を補う」ための投資への関心も高まっています。
ハルメクホールディングスが2026年8月に公表した55〜79歳の女性を対象にした調査では、次のような結果が示されています。
- 投資をしている人の割合:64.8%(前年から約5ポイント増)
- 保有商品の1位:新NISA
- 投資を始めた理由の1位:「年金の補完」
- 投資を始めた理由の2位:「趣味・旅行の原資づくり」
節約志向が続く一方で、「年金だけに頼らない」という意識が、シニア世代のあいだにも着実に広がっていることがうかがえます。
7. まとめにかえて|「増える原資」と「増えない実感」、両方を踏まえた家計防衛を
公的年金の積立金が過去最高の302兆円台に達したというニュースは明るい話題である一方、平均月15万円ほどという受給額の実態や、物価上昇に追いつかない年金改定率、そして高齢無職世帯で6年ぶりに貯蓄が減少に転じたという事実は、多くのシニア世帯にとって見過ごせない現実です。
厚生年金受給者の8割超が「月20万円」という目安に届いておらず、多くの世帯では毎月の赤字を貯蓄の取り崩しで補っているのが実情といえるでしょう。
まずは、日本年金機構の「ねんきんネット」や毎年届く「ねんきん定期便」で、自分自身が将来受け取れる年金の見込み額を具体的に確認することから始めてみてはいかがでしょうか。
そのうえで、受給開始年齢を遅らせる選択肢や、非課税制度を使った自助努力の必要性を、それぞれの家計の状況に合わせて検討していくことが、これからのシニア世代にはより一層求められそうです。
8. 監修者からのコメント
シニア世代の投資意欲が高まっている背景には、新NISAの非課税保有期間が無期限化されたことも影響していると考えられます。
積み立てる場面だけでなく、取り崩しながら使う場面でも非課税というメリットは、老後の「出口戦略」を考えるうえで見逃せないポイントです。
あわせて知っておきたいのが、iDeCo(個人型確定拠出年金)の受給開始年齢です。
2022年4月の制度改正により、受給を開始できる年齢の上限は60歳から75歳まで延長されました。
公的年金の繰下げ受給とあわせて考えれば、「いつ・どの資産から・どれだけ受け取るか」を自分自身で設計できる選択肢は、これからのシニア世代にとって着実に広がっているといえます。
制度を知らないまま機会を逃してしまわないよう、まずはご自身が利用できる制度にどのようなものがあるか、確認することから始めてみてください。
参考資料
- 厚生労働省年金局「令和6年度 厚生年金保険・国民年金事業の概況」
- 日本年金機構「公的年金制度の種類と加入する制度」
- 総務省統計局「家計調査報告 家計収支編 2025年(令和7年)平均結果の概要」
- 総務省統計局「家計調査報告(貯蓄・負債編)2025年(令和7年)平均結果」
- 厚生労働省「令和7年度『厚生年金保険・国民年金の収支決算の概要』を公表します」
- 年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)「2025年度の運用状況」
- 年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)「2026年度の運用状況」
- 日本年金機構「年金の繰下げ受給」
- iDeCo公式サイト「iDeCo(イデコ)の加入資格・掛金・受取方法等」
- 一般社団法人日本経済団体連合会「2026年春季労使交渉・大手企業業種別妥結結果(加重平均)」2026年8月4日
- 株式会社ハルメクホールディングス「【お金に関する意識・実態調査2026】シニア女性の『お金の使い方』『守り方・増やし方』の満足度は増加傾向」2026年8月5日
池上 翠

