9月から10月にかけては、敬老の日やお彼岸で家族が顔をそろえる機会が増える時期です。介護や住まいの話から、相続の話題に移ることも少なくありません。
そこで誤解されやすいのが、銀行口座が止まるタイミングです。「役所に死亡届を出せば、その日のうちに口座も凍結される」と考えている方がいますが、この2つは連動していません。
銀行が口座を止めるのは、名義人が亡くなったことを銀行自身が把握した時点です。裏を返せば、把握される前はATMから出金できる状態が続きます。
ただし、引き出せることと、引き出してよいことは別です。相続放棄ができなくなる、ほかの相続人と揉める、相続税の調査で説明を求められる。この3つはいずれも、凍結前の出金がきっかけで起こりえます。
一方で、葬儀費用のように急ぎで現金が必要な場面に備えて、遺産分割の前でも一定額を払い戻せる制度が用意されています。
この記事では、口座が凍結される仕組みと凍結前の出金リスク、遺産分割前の払戻し制度、そしてネット銀行などのデジタル資産や貸金庫の注意点までを整理します。
1. 死亡届を出しても、銀行口座はその場では止まらない
役所に死亡届を提出した時点で口座が凍結される、という仕組みにはなっていません。
銀行が口座の取引を停止するのは、名義人が亡くなったことを銀行が把握したときです。
1.1 銀行が死亡を知るきっかけは主に2つ
実務上、銀行が名義人の死亡を把握する経路は次の2つです。
- 遺族から銀行へ死亡の連絡が入る
- 新聞のお悔やみ欄などから銀行が死亡の事実を知る
市区町村に提出した死亡届の情報が、銀行へ自動的に通知される仕組みは現在ありません。
そのため、多くの場合は遺族からの連絡を受けた後に凍結されます。著名な方などで新聞のお悔やみ欄に掲載された場合には、遺族の連絡より先に銀行が把握して凍結することもあります。
つまり、死亡届を出した直後に必ず使えなくなるわけではなく、銀行が把握するまではATMなどで出金できる状態が続く場合があります。
2. 口座が凍結されると、ATMも口座振替も止まる
銀行が名義人の死亡を把握すると、相続財産を保全するため、原則として相続手続きが完了するまで取引が停止されます。
止まるのは現金の引き出しだけではありません。
2.1 止まるのは出金だけではなく、引き落としも含まれる
口座が凍結されると、ATMでの現金の引き出しや、窓口での払い戻しができなくなります。
あわせて、公共料金や家賃などの口座振替も継続できなくなります。故人名義の口座を支払先に設定したままにしていると、支払いが滞る原因になります。
一方、銀行が死亡を把握する前であれば、技術的にはATMから出金できてしまう場面があります。ただし、引き出せることと、引き出して問題がないことは別の話です。
3. 凍結前にATMで引き出すと、3つの問題が起こりえる
銀行に死亡を伝える前に故人の口座から預金を引き出すと、法律上の問題につながる可能性があります。押さえておきたいのは次の3点です。
3.1 1.預金を使うと「単純承認」とみなされ、相続放棄ができなくなることがある
最も影響が大きいのが、相続放棄への影響です。
故人の預金を引き出して使うなど、相続財産を処分したと判断された場合には、法律上の単純承認とみなされ、相続放棄ができなくなる可能性があります。
その後に多額の借金が見つかったとしても、相続放棄が認められなくなるおそれがあります。
3.2 2.出金記録は残る。使途を説明できないと使い込みを疑われる
ATMからの出金は、日時と金額が記録として残ります。
葬儀費用のための出金であっても、領収書などで使途を説明できなければ、ほかの相続人から「遺産を勝手に使ったのではないか」と受け取られる可能性があります。
その結果、遺産分割協議がまとまりにくくなることも考えられます。
3.3 3.相続税の調査で、誰が何のために引き出したかを問われる
亡くなる前後に多額の預金が引き出されている場合は、誰が、何のために引き出したのかを説明できるようにしておくことが大切です。
預金から現金にしただけでは相続財産から外れません。領収書や出金記録を残し、お金の流れをたどれる状態にしておきましょう。
4. 葬儀代が必要なら「遺産分割前の払戻し制度」を使う
口座が凍結されて必要な資金を用意できない事態に備えて、2019年から「遺産分割前の払戻し制度」が設けられています。
ほかの相続人全員の同意がなくても、一定の範囲内で故人の預貯金を払い戻してもらえる制度です。
4.1 払い戻せる金額の計算式
1つの金融機関につき150万円を上限として、次の式で計算した金額まで払い戻しを受けられます。
相続開始時の預金額×3分の1×払い戻しを受ける相続人の法定相続分
たとえば預金額が600万円で、相続人が子ども2人の場合は次のようになります。
600万円×3分の1×2分の1=100万円
このケースでは、金融機関の窓口で手続きをすることで100万円まで引き出せます。
4.2 手続きに必要な書類の例
- 故人の除籍謄本(出生から死亡まで)
- 相続人全員の戸籍謄本
- 手続きする人の印鑑証明書・実印
※必要書類は金融機関などによって異なります。
5. 【独自試算】払い戻せる金額は、預金額と相続人の構成でどう変わるか
計算式に実際の数字を入れてみると、どのあたりで上限に届くのかが見えてきます。前提は次のとおりです。
- 1つの金融機関にある預金だけで計算する(上限は金融機関ごとに150万円)
- 相続開始時の預金額だけで考え、ほかの財産や債務は扱わない
- 遺言がなく、法定相続分どおりに計算する
5.1 相続人が子2人の場合、1人が引き出せる金額
法定相続分は1人あたり2分の1です。
- 預金300万円:300万円×3分の1×2分の1=50万円
- 預金600万円:100万円
- 預金900万円:150万円(ここで上限に到達)
- 預金1200万円:計算上は200万円だが、上限の150万円まで
子2人であれば、預金900万円で上限に届きます。これより多く預けていても、1つの金融機関から払い戻せるのは150万円が頭打ちという計算です。
5.2 相続人が配偶者と子2人の場合
法定相続分は配偶者が2分の1、子は1人あたり4分の1です。同じ預金900万円でも、手続きする人によって次のように変わります。
- 配偶者:900万円×3分の1×2分の1=150万円(上限に到達)
- 子1人あたり:900万円×3分の1×4分の1=75万円
同じ口座・同じ預金額でも、誰が手続きをするかで引き出せる額は倍近く変わります。葬儀費用をどこから出すかを決める前に、この差を確認しておくと動きやすくなります。
なお、これは制度上の計算による目安です。相続分は遺言や相続人の人数によって変わり、必要書類や運用は金融機関ごとに異なります。実際の金額は取引先の金融機関にご確認ください。
