宇宙開発の常識を覆し、ロケットの再利用などで世界を驚かせてきたイーロン・マスク氏率いるSpaceX(スペースX)。
同社が近く実施するとされるIPO(新規株式公開)は、上場直後に日本のGDPの約半分にあたる約300兆円の時価総額がつくとも言われる史上最大規模の案件として注目されています。
しかし、実際に開示された資料を読み解くと、巨額の赤字を抱えているという意外な実態が浮かび上がります。
一体なぜ、利益が出ていない企業にこれほど破格の価値が見込まれているのでしょうか。この理由について、元機関投資家の泉田良輔氏がSpaceXの事業構造を読み解き、プロの視点で迫ります。
この記事のポイント
- SpaceXのIPOは想定時価総額約300兆円規模と報道されるが、直近の業績は大幅な最終赤字である
- 売上の大半は通信事業だが、設備投資の6割以上は売上が最も小さいAI事業に集中している
- 300兆円の評価の背景には、宇宙空間にデータセンターを構築するという壮大な期待がある
- 期待先行の大型IPOは株価変動リスクが高く、事業の進捗を見極める「様子見」も有効な選択肢となる
1. 【SpaceX】史上最大級のIPOの全貌と「Form S-1」の読み方
SpaceXのIPOは、世界の金融市場が注目する一大イベントです。米国市場でのティッカーシンボル(日本株の銘柄コードに相当するアルファベット)は「SPCX」となり、新興企業が多く上場するNASDAQ(ナスダック)市場での取引が予定されています。
この超大型上場をサポートするため、主幹事であるゴールドマン・サックスを筆頭に計23社もの証券会社が引受人として名を連ねています。
報道や市場の想定によれば、想定時価総額は1兆7,500億〜2兆ドル(約278兆〜318兆円)、市場からの資金調達額は約11兆円にのぼり、早ければ6月上旬にも価格が決定し取引が開始されると見込まれています。
こうした米国企業のIPOを検討する際、投資家はどのような資料を見ればよいのでしょうか。インタビュワーから審査や検討の材料について疑問が投げかけられると、泉田氏は次のように答えます。
「IPOをする時は『フォームS-1』っていうのがあるので、そういうのを見て判断するっていうのが一番原理原則というか基本かな」
Form S-1(フォームS-1)とは、米国証券取引委員会(SEC)に提出される上場目論見書のことです。
誰でも閲覧できる公開資料ですが、文字が中心で非常に分量が多く、読み解くには骨が折れます。そこで泉田氏は、このS-1のテキストデータをAIに読み込ませて図解化し、SpaceXの本当の姿を浮き彫りにしていきました。
「SpaceXが上場って話になっているんだけど、どういうビジネスでどういう風に稼いでるかっていうのを見ていかないと、単純に名前知ってるからだけだとそれは危険」
泉田氏は、ビッグネームだからといって安易に飛びつくのではなく、数字と事業の中身を一つずつ確かめることの重要性を強調します。
2. 財務の実像:売上3兆円でも「大幅な赤字」
では、S-1に記載された確定事実として、SpaceXは現在どれくらい稼いでいるのでしょうか。2025年12月期の連結財務データを見ると、意外な実態が明らかになります。
SpaceXの連結損益(2025年12月期)1/4
出所:SpaceX「Form S-1」(2026年5月20日提出)を基にイズミダイズム作成
同社の2025年12月期の売上高は186億ドル(約3兆円)に達しています。
しかし、事業にかかるコストを差し引いた営業損益の段階で、すでに25億ドルの赤字(ロス)となっています。
さらに重くのしかかるのが、借入金などに対する「利払い」です。これが19億ドルも発生しており、税引前損益は42億ドルの赤字、最終的な純損益は49億ドルの大幅な赤字となっています。
つまり、SpaceXは「売上は立っているものの、事業運営や利払いでお金が流出し、全体としては巨額の赤字を出している企業」というのが、現在の財務的な実像なのです。
3. 3つの事業構造と「AIに賭けるIPO」の本質
全体では赤字のSpaceXですが、その内訳を見ると事業ごとの明確な役割分担が見えてきます。S-1によれば、同社の事業は大きく「通信(Connectivity)」「宇宙(Space)」「AI」の3つのセグメントに分かれています。
セグメント別 売上と営業損益(2025年12月期)2/4
出所:SpaceX「Form S-1」(2026年5月20日提出)を基にイズミダイズム作成
売上高が最も大きいのは、衛星インターネットサービス「Starlink(スターリンク)」を中心とする通信事業で、113億ドルを稼ぎ出しています。次いで本業とも言える宇宙事業が40億ドル、そしてAI事業が32億ドルとなっています。
注目すべきは利益の状況です。この3つの事業の中で、営業黒字(44億ドル)を出しているのは通信事業のみです。
宇宙事業は6億ドルの赤字、そしてAI事業はなんと63億ドルもの巨額の営業赤字を出しています。
なお、AI事業にはイーロン・マスク氏が買収したSNSの「X(旧Twitter)」や、独自のAIモデル「Grok」などが統合されており、SNS単独ではなくAIセグメントとして位置づけられています。
さらに驚くべきは、資金の使い道である「設備投資」のバランスです。
設備投資額(2025年12月期)3/4
出所:SpaceX「Form S-1」(2026年5月20日提出)を基にイズミダイズム作成
「宇宙に一番お金かかるのかなと思うじゃん。宇宙も確かに38億ドルかかるんですけど、なんなら通信よりも少ない。この3セグメントの中で一番投資額が少ないのがなんと宇宙」
泉田氏が指摘するように、ロケット開発などでお金がかかりそうな宇宙事業の設備投資は38億ドルにとどまります。一方、最も売上が小さいAI事業に対しては、全体の過半数となる127億ドルもの設備投資が投下されているのです。
本業のキャッシュフローを示すAI事業の調整後EBITDA(利払い・税引き・償却前利益)はマイナス12億ドルとなっており、事業単体として多額の現金が流出している状態です(※企業全体での連結調整後EBITDAはプラスです)。
「SpaceXっていう名前で上場しようとしていると、イーロン・マスクは要はこれAIっていう風な領域なので、GAFAMと同じような形でこのAI領域にめちゃくちゃ投資してるっていうのが現状なんですね」
つまり、今回のIPOの本質は「宇宙開発企業への投資」ではなく、巨大テクノロジー企業(GAFAM)と同じ土俵で戦うための「AIに賭けるIPO」だと言えます。
4. なぜ300兆円の価値がつくのか?壮大なTAMと宇宙DC構想
現状は巨額の赤字であり、AI事業にお金を注ぎ込んでいる状態のSpaceX。それにもかかわらず、なぜ上場時に約300兆円(日本のGDPの約半分)という破格の時価総額が想定されているのでしょうか。
そのヒントは、S-1に記載された「TAM(Total Addressable Market=獲得可能な最大市場規模)」にあります。
S-1によれば、SpaceXが想定する総TAMは28.5兆ドルにのぼります。中国とロシアを除くデジタル経済全体に近い広範な定義ですが、そのうち実に26.5兆ドルがAI関連市場です。
さらにその中でも「エンタープライズ・アプリケーション(企業向けシステム)」市場が22.7兆ドルを占めると記載されています。SpaceXは、ビジネスユースのAI市場を最大のターゲットと見定めているのです。
しかし、MicrosoftやGoogleといった強力なライバルがいる中で、なぜSpaceXにそれほどの期待が集まるのでしょうか。
泉田氏は、イーロン・マスク氏が得意とする「垂直統合モデル」と、SpaceXにしかできない「宇宙データセンター構想」にその理由があると分析します。
SpaceXの宇宙データセンター構想4/4
出所:泉田氏の解説およびSpaceX「Form S-1」を基にイズミダイズム作成
「SpaceXだけは違う選択肢を持っているんだよね。それ何かというと、データセンターを宇宙に作る。ロケットで主要な部品とか部材を運べるし、宇宙であればエネルギーどうするのかってなると太陽光発電できるし、なんなら宇宙空間でデータセンターは熱しやすいので冷ますということができるようになる」
現在、地上のAI開発ではデータセンターを稼働させるための莫大な電力と、サーバーを冷却するためのエネルギー確保が大きな課題となっています。
しかし、SpaceXは自前のロケットでサーバーを宇宙に運び、宇宙空間の太陽光で発電し、宇宙の低温環境で冷却し、Starlinkを通じて地上にサービスを提供するという、すべてを自社で完結させる「垂直統合」が可能です。
実際にS-1には、軌道AIコンピュート衛星を2028年から展開する予定であることや、米連邦通信委員会(FCC)に対して最大100万機の衛星システムを申請済みであることが記載されています。
「もう少しスケールを大きく捉えて、AIのデータセンターどこに置くのかみたいな位置から考えてくると、SpaceXにしかできないことあるんだよね。そういった期待をどんどんどんどん膨らましていくと、もしかして300兆っていう時価総額がありかなっていう感じではなってくる」
株価は常に「未来への期待」で動きます。この桁外れのスケール感と、他社には絶対に真似できないインフラ構築力への期待こそが、300兆円というバリュエーション(企業価値評価)の根拠となっているのです。
5. 大型IPOに投資する際の注意点
では、個人投資家はこの「世紀のIPO」にどう向き合えばよいのでしょうか。
泉田氏は、AI競争においてSpaceXがGoogle、Anthropic、OpenAIといった先行プレイヤーに勝てるかどうかは「未知数」であると指摘します。
機関投資家の場合、顧客に対して投資の根拠を説明する「説明責任」があるため、期待先行で赤字の企業には高値で手を出しづらい事情があります。
一方で、個人投資家は「イーロン・マスクが好きだから」といった「推し活」的な感覚で飛び乗りやすい傾向があるため、注意が必要です。
ただし、SpaceXが単なる夢物語を語るだけの企業ではない点も、泉田氏は評価しています。
「全く何もないですよじゃないのよ。もう飛ばせますみたいなStarlinkあります、あとはちゃんと足りないものを準備して持っていくだけですみたいな話になってるから、全く架空かというとそうではないので、そこがやっぱり絶妙だなと思いますね」
すでにStarlinkという通信事業で113億ドルの売上と黒字という「実体ある土台」を築いており、その上にAIや宇宙データセンターという壮大なテーマを乗せている点が、投資家を惹きつける巧妙な構造になっています。
また、上場初日に慌てて買う必要はないとも泉田氏は語ります。過去のGoogleやFacebook(現Meta)の上場時も、最初から現在のような高評価だったわけではなく、事業の成功が確認されるにつれて株価が上昇していきました。
「上場した後にちゃんと新しいビジネスがつながるか、あとはやっぱり買収がうまくできるかみたいなところがポイントになってくるので、全然拾うチャンスあるから別に初日に買えなくてもねとは個人的には思ってる」
6. まとめ:期待と実態を見極める
SpaceXのIPOは、不可能を可能にしてきたイーロン・マスク氏への絶大な期待と、まだ実体のない宇宙データセンター構想という「夢」が入り交じった、テーマ投資の究極系とも言える案件です。
調達した約11兆円の資金がAI事業に投下され、それが本当に革新的なサービスを生み出して利益につながるのか。それとも、壮大な計画が頓挫して巨額の赤字だけが残るのか。上場後も四半期ごとの決算を通じて、その進捗を厳しく見極めていく必要があります。
投資はあくまで自己責任です。ビッグネームだからと初日に飛びつくのではなく、事業の推移を確認しながら「様子見」から入るのも、投資家として賢明な選択肢の一つと言えるでしょう。
参考資料
- Space Exploration Technologies Corp.「Form S-1」(2026年5月20日 SEC提出): https://www.sec.gov/Archives/edgar/data/1181412/000162828026036936/spaceexplorationtechnologi.htm
- 米連邦通信委員会(FCC)「SpaceX 軌道データセンター(Orbital Data Center)衛星システム申請」(ICFS File No. SAT-LOA-20260108-00016、DA 26-113、2026年2月受理)
- Youtubeチャンネル「イズミダイズム」
※リンクは記事作成時点のものです。また、上場日程・想定時価総額・調達額等は動画公開時点の報道等に基づく想定情報を含みます。