4. AI時代に「人」を重視する理由と成長ドライバー
近年、AI(人工知能)の急速な進化により「将来、営業職はAIに奪われるのではないか」という議論が活発になっています。キーエンスのような営業力を強みとする企業にとって、これは脅威になるのでしょうか。
この疑問に対し、泉田氏は明確に否定的な見解を示します。BtoBの現場における課題解決は、工場ごとに条件や求めるものが全く異なるため、単純なAI化には限界があるというのです。
むしろ、定型的な業務がAIに置き換わっていくからこそ、泥臭く顧客と向き合い、人間関係(リレーションシップ)を構築しながら複雑な課題を解きほぐす「人」の付加価値は、今後さらに高まっていくと考えられます。
これは、以前の動画で解説された独立系システムインテグレーター「オービック」が、AIを人の付加価値を高めるために活用している戦略とも共通しています。
キーエンスのビジネスモデルにおいて、最大の付加価値を生み出しているのはセンサーという「モノ」ではなく、それを提案する「人」です。だからこそ、泉田氏はキーエンスの将来性を占う上で、ある意外な指標に注目していました。
「意外と成長を見るときには、人の数っていうアナログっぽいものを大事にする必要があるかなっていうのはずっと思ってました」
テクノロジー企業として見られがちなキーエンスですが、その売上を牽引する真のドライバーは「社員数」です。従業員数が順調に増えているフェーズなのか、それとも横ばいになっているのか。このアナログな指標を定点観測することで、会社が今どのような事業環境に置かれているのかを推し量ることができるのです。
【動画で解説】なぜキーエンスは営業利益率51%を出せるのか?
5. アンモナイトの化石が語る企業文化の神髄
圧倒的な利益率、盤石な財務体質、そして人に依存した高度なコンサルティング営業。キーエンスの強さを様々な角度から分析してきましたが、泉田氏が機関投資家時代に同社を取材して最も印象に残っているのは、決算の数字ではなく、本社受付にある「あるオブジェ」だったといいます。
新大阪にあるキーエンス本社の受付には、巨大な本物の「アンモナイトの化石」が飾られています。泉田氏がかつて会社の人にその理由を尋ねたところ、次のような答えが返ってきました。
「自分が変わらないとこんなアンモナイトみたいな化石になっちゃうぞっていう意味を込めて創業者が置いた」
製造業の世界は、技術革新や生産ラインの効率化の考え方など、新しいものが登場すれば一瞬にして景色が変わってしまう厳しい環境です。顧客の課題が常に変化し続ける中で、キーエンス自身も過去の成功体験に固執することなく、常に環境変化に適応し、新しい付加価値を提案し続けなければ生き残ることはできません。
受付に鎮座するアンモナイトの化石は、単なる装飾品ではなく「変わり続けることこそが価値である」という、同社の企業文化の神髄を体現する強烈なメッセージなのです。
株式投資において、私たちはつい売上や利益といった財務データばかりに目を奪われがちです。しかし、経営者の哲学や企業文化、社員のモチベーションといった「非財務情報」にこそ、企業の長期的な競争力の源泉が隠されています。
キーエンスという「謎多き企業」の強さの秘密は、数字の裏側に隠された徹底した合理性と、変化を恐れない人間臭い企業文化の融合にあると言えるでしょう。
※本記事は、決算情報および動画内での解説に基づく分析であり、特定銘柄の売買を推奨するものではありません。最終的な投資判断はご自身の責任で行ってください。株価は将来にわたって下落する可能性もあり、過去の業績や財務体質は将来のリターンを保証するものではありません。
## 参考資料
著者
金融・経済YouTubeチャンネル「イズミダイズム」
「イズミダイズム」は、株式会社モニクルリサーチが運営する金融・経済YouTubeチャンネルです。フィデリティ投信や日本生命でポートフォリオマネージャーや証券アナリストとしての勤務経験のある元機関投資家の泉田良輔が、プロの視点で金融や経済に関する様々なニュースの解説や、資産形成に役立つトピックをお届けします。新NISAの開始やインフレを背景に、個人の資産運用への関心が高まる中、機関投資家と個人投資家の「視点の違い」や、経済ニュースの裏側にある「構造」をロジカルに解説します。(最新更新日:2026年1月30日)
監修者
株式会社モニクルリサーチ
代表取締役/日本証券アナリスト協会認定アナリスト(CMA)
株式会社モニクルリサーチ代表取締役。その他に株式会社モニクル取締役COO、株式会社モニクルフィナンシャル取締役COOも務める。東京科学大学大学院非常勤講師。日本証券アナリスト協会認定アナリスト(CMA)。慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科修了(同研究科最優秀賞受賞)
1. 経歴
2013年に株式会社ナビゲータープラットフォーム(現:株式会社モニクルリサーチ)を原田慎司(現同社取締役)らとともに共同創業。2013年に個人投資家向け金融経済メディア「Longine(ロンジン)」を立ち上げ、編集長に就任。Longineの立ち上げの経緯はBloombergにおいて「体力勝負アナリスト辞めます、元外資マン個人に長期投資指南」として掲載され大きな反響を呼ぶ。投資情報のサブスクモデルを確立する。その後、株初心者向けネットメディア「株1」、2015年にはくらしとお金の経済メディア「LIMO」の前身となる「投信1」を立ち上げる。
それ以前は、日本生命・国際投資部で外国株式ファンドマネージャー、フィデリティ投信・調査部や運用部にて10年に渡ってインターネット、電機(半導体・民生・産業エレクトロニクス)、機械(ロボットやセンサー企業中心)といったテクノロジーセクターの証券アナリストや中小型株ファンドのアシスタント・ポートフォリオ・マネージャー(最年少で就任)として従事。
2. 専門・研究領域
慶応義塾大学商学部卒業。国際金融及びコーポレート・ガバナンスを専攻。アジア通貨危機、昭和金融恐慌などの金融パニックのメカニズムを金融政策や金融機関への規制の観点から研究。それらの内容は「昭和金融恐慌からの教訓 平成恐慌になにをどう生かすべきか」(三田商学研究学生論文集)として発表。
3. 著書
・『機関投資家だけが知っている「予想」のいらない株式投資』(ダイヤモンド社)
・『テクノロジーがすべてを塗り変える産業地図』(クロスメディア・パブリッシング)
・『銀行はこれからどうなるのか』(クロスメディア・パブリッシング)
・『Google vs トヨタ 「自動運転車」は始まりにすぎない』(KADOKAWA)
・『日本の電機産業 何が勝敗を分けるのか』(日本経済新聞出版社)
4. 寄稿や講演他
「日経BizGate」での連載「泉田良輔の新・産業鳥瞰図」や「現代ビジネス」、「東洋経済オンライン」、「プレジデント」などへの寄稿や対談も多数。対談記事例としては「【未来予想】ブロックチェーン革命が、「半沢直樹」の世界に終わりを告げる」や「【未来予想】アマゾンとビットコインが、次世代の「銀行」になる理由」(いずれもNewsPicks)、「米独に遅れる日本の自動運転、自動車も電機の二の舞に?」(週刊ダイヤモンド)。海外ジャーナリストからインタビューされることも多く、Financial TimesやThe Economist、Bloombergにおいて自動車や金融業界についての国内外産業動向コメントも発信している。
講演会や動画での情報発信も盛んに行っており、NewsPicksのTHE UPDATE、日経ビジネススクール、慶應丸の内キャンパス、慶應義塾SDM、アカデミーヒルズなどでも講義を行う。またNewsPicksのNewSchoolではプロジェクトリーダーとして「本当に初心者のための資産運用」を開催。
最終更新日:2026年2月21日