忙しい現代人のこと、あまり睡眠時間を取れていない、という人も多いだろう。しかし、年に5000本の科学論文を読み続けるサイエンスライターにして、7万部を突破した話題書『最高の体調』の著者・鈴木祐氏は、「たった30分の寝不足の蓄積が脳に大きな影響を与えることもある」と述べる。
睡眠が脳に与える影響と、良質な睡眠をとるために有効な対策法について、鈴木氏に伺った。
1日30分の寝不足が「睡眠負債」になる
「睡眠負債」という言葉があります。
これは睡眠の量を借金にたとえた表現で、毎日の「ちょっとした寝不足」が少しずつ溜まっていった結果、やがて「債務超過」に達してさまざまな症状が引き起こされることを指します。
たとえば、1日30分ずつの寝不足が続いた場合。最初のうちは借入額が少ないので気が楽ですが、放っておくうちに返済できなくなり、やがて家計が破綻。心疾患やうつ病などの重大な症状を引き起こすことがあります。
睡眠は体内の「炎症」を回復させる
このような現象が起きるのは、睡眠に日中のダメージによる「炎症」を回復させる働きがあるからです。
「炎症」とは、「体や脳がなんらかのダメージを受けたとき、免疫システムが反応し、有害な刺激を取り除こうとすること」を指します。たとえば、風邪をひくと熱が出るのは、体がウイルスに抵抗する「炎症反応」が原因です。
長期にわたって睡眠負債が続くと、脳と体が受けたダメージを修復する時間はなくなります。処理されずに残った疲労やストレスは少しずつ体を破壊し、最終的には手のつけられないほど重篤な炎症状態にまで陥ってしまうのです。
結局、何時間寝るべきか?
この他にも、睡眠不足と炎症の関係を明らかにしたデータには事欠きません。カリフォルニア大学が2016年に72件のデータをメタ分析(※1)したところ、次の結果が得られました。
・平均の睡眠時間が1日7~9時間の範囲を逸脱すると、体内の炎症マーカーが激増する
・夜中に何度も目が覚めてしまうような場合も、体内の炎症は増える
どうやら現代人の睡眠のスイートスポットは7~9時間のあいだで、これより少なすぎても多すぎても体には大きなダメージが出るようです。
科学的に見た「良質な睡眠」4条件
睡眠負債は自覚がないまま債務がかさむため、改善のためには、「自分が良質な睡眠を取れているかどうか」を判断する必要があります。
そこで参考になるのは、スタンフォード大学が行った系統的レビュー(※2)です。過去に出た277もの研究をまとめた労作で、「良質な睡眠を客観的に把握するにはどうすればいいのか?」という問題について、信頼に足る結論を出しています。
専門家の意見が一致した「良質な睡眠」のサインは次のようなものです。
・眠りに落ちるまでの時間が30分以内
・夜中に起きるのは1回まで
・夜中に目が覚めた場合は20分以内に再び眠ることができる
・総睡眠時間の85%以上を寝床で使っている(昼寝や通勤電車内での居眠りなどの合計が15%を超えない)
この4つをすべて満たすことが「良い睡眠」の最低条件で、ひとつでも当てはまらないポイントがあれば、睡眠負債の可能性は高くなります。
※2 National Sleep Foundation's sleep quality recommendations: first report(SLEEP HEALTH)
良質な睡眠を得るには「耳せん」と「アイマスク」
以上をふまえたうえで、具体的な対策を見ていきましょう。
「睡眠を改善するアイテムは何か?」という疑問について調べたコクラン共同計画(正確で有用なヘルスケア情報の普及を目指す国際的な非営利プロジェクト)のレビュー論文(※3)では、「耳せん」「アイマスク」「マッサージ」「アロマテラピー」「リラックス音楽」のなかで効果が認められたのは、「耳せん」と「アイマスク」だけでした。それ以外の方法については、はっきりしたデータが出ていません。
耳せんとアイマスクを同時に使うと、睡眠中のストレスホルモンが下がり、逆にメラトニンの量が増えていきます。アロマやマッサージのリラックス効果を否定するわけではないものの、現時点ではこの2つを使うのが確実です。
※3 Non‐pharmacological interventions for sleep promotion in the intensive care unit(Cochrane Library)
40分の昼寝で完全回復
睡眠負債は知らぬ間にコツコツと積み上がっていくため、返済もコツコツと行うのが重要。そこで使えるのが、「昼寝」のテクニックです。ここからもう少し詳しく解説していきましょう。