五輪ドタバタ劇。結局は外圧頼みの「変われない国」はなぜ迷走するのか

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東京オリンピック・パラリンピック組織委員会の森前会長による「女性がたくさん入っている理事会は時間がかかります」失言から約2週間。新しい会長に橋本聖子前五輪相が選ばれ、東京五輪開催への苦難の道が再スタートしました。

今回の一連の迷走劇で、ハッキリと浮かび上がった「ジェンダー後進国」日本の実情。開催されるかさえ、いまだ判らない東京五輪が突き付けた課題先進国・日本の姿。今回は、ジェンダーの問題を中心に、ちょっと気の早い東京五輪総括をおこなってみます。

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森前会長の「逆ギレ謝罪会見」にみる日本の病巣

まずは出発点となった森前会長の前述の「失言」について。もともと森氏は「子どもを一人もつくらない女性が、年とって税金で面倒みなさいというのはおかしい(2003年の発言)」と言い放った人物ですからね。この時点から、森前会長の考え方はアップデートしていないのだと思います。

このような枠組みのなかで女性を位置付けている森氏ですから、氏の「逆ギレ謝罪会見」の「自分は女性蔑視などしていない」発言も本音なのだと思います。たしかに、その枠組みのなかでの女性蔑視はしていないのでしょう。つまり“わきまえた女性"は決して蔑視しない。しかしながら、問題は女性に対する根本的な考え方、その枠組み自体なのですから。

森氏の「逆ギレ謝罪会見」は大変、興味深い内容でした。特に「老害とは心外だ。老人差別だ」という発言が印象的でした。この発言に失笑した人も多いようですが、この発言の論旨自体はきわめて正しいと思います。おっしゃる通り、ご説ごもっともです。

しかし、そこに憤りを感じるなら、問題の失言による女性の気持ちが、なぜ分からないのかという素朴なギモンがあるわけです。昭和時代に育った自分としては、あの頃は「年寄りは後進に道を譲る」という価値観があった気がします。森氏はその点に関しては、現在の「人生100年時代」にあわせて見事にアップデートしています。

「年寄り」に対する考え方はアップデートできても、「女性」に対する考え方はアップデートできない。これは、やはり自己中心的ですよね。古い時代の言葉をつかうならば、“老醜"そのものだと思います。いま風に言うならば、原理原則への無関心と恣意的な“良いとこ取り"。日本のデフォルトともいうべき病巣です。

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執筆者

東京都出身。元会社員。成蹊大学経済学部卒業後、バブル期に広告企画制作プロダクションのフロムガレージ(現DGグループの前身)に入社。その後、転職を繰り返しながら主にBtoB企業のプロモーション企画制作に従事。また編集プロダクションで書籍・ムックの編集・ライティングに携わる。近年では、LCA関連の環境ラベル「CFP(カーボーンフットプリント)」の制度試行事業(経産省)下での広報業務にも従事。最近は、フリーの編集者・ライターとして主にIT分野を中心に活動中。主な書籍関連実績:『高学歴貧困女子が読み解くピケティ』(責任編集/笠倉出版社)、『ロックの教科書』(共著/笠倉出版社)