「柳沢君、”暖急軽重”をしっかりと見極めて…」
まただ。この前はついに社長に『緩急(かんきゅう)ですよ』と言ってしまった。
「教えてくれてありがとう」と言っていたが、絶対怒ってた…。
そして、また「だんきゅう」と言っている。気になって気になって仕方ない。気にしない気にしない。
僕は社員わずか10名の零細企業の会社員。でした。
今は辞めてライターをしていますが、たまにあの頃を思い出すことがあります
社長は創業者で絵に描いたような「ワンマン社長」でした。
零細企業のワンマン社長に振り回された、僕の5年間についてお話します。
謎のミーティング地獄
「柳沢君、ちょっとおいで」
そう言われて社長室へ。
そこから、ひたすらずーっと社長が話し続けます。
気が付けばお昼。
社長の車に同乗して、ランチです。
そしてまた帰ってから社長室へ。
そこからもずっと「ミーティング」という名の説教や、訓話。
15時くらいになって、社長の力が尽きてくると社長はご帰宅。
そして、僕は定時までたった残り4時間の状態で業務開始…。当然できることは限られています。そして、その進捗を業務日報に書いて社長にFAX送信。
翌日は業務日報を読んで思ったことをひたすら聞かされる。
そんな毎日を繰り返し、周囲からも「あいつ社長とずっとミーティングばかりやってて、仕事してない」と陰口を叩かれる始末。
こんなにミーティングしているのに、社長は指示を出しません。
僕にするのは抽象的な話だけ。しかし、突然、超具体的な指示を出してくることもあります。そんな時に限って、かなり強い口調で言われるものだから、必死でやります。
しかし結果がなかなか出ません。すると「きみはいつまでそんなことをしてるんだ」と怒られます。これで『社長が言ったからやってる』とか言おうもんなら、大目玉を食らいます。
『自分の意志で、結果が出ると思ってやっています』と伝え、「いつまでそんなことしているんだ」と怒られながら、次の指示をもらいます。そんな毎日の連続でした。
僕は精神をすり減らし、最終的には『自分の評価なんてどうでもいいから、少しでも仕事を前進させたい』と思うようになりました。
『ここで怒られれば、仕事が前に進む』と思いながら、社長のためというより、会社のためになるように、ワンマン社長のもとで働いていたのです。