退職を決めた僕は、社長に電話しました。
『社長にお話したいことがあるので、この後ご自宅に伺ってもよろしいでしょうか』
社長は嬉しそうに快諾。
僕が前向きに『社長のお宅に』と自ら言い出したのが嬉しかったのだと思います。
社長の自宅に到着。グダグダしていると言い出せなくなるし、社長の話を聞き入り始めたらもうおしまいだと思い、開口一番言いました。
『実は今日伺ったのは会社を退職しようと思ったからなんです』
社長の顔色は紅潮し「何を言っているんだきみは」と怒り始めます。
社長は「きみがそんなことを言うなら、私は会社をたたむ。みんなが困るぞ」とも言われ、明らかに動揺していました。
強い気持ちで言ったはずなのに、気がつくと私は社長に『申し訳ない』と謝りながら、泣いていました。
理不尽なこともたくさんありましたし、普通の会社では考えられないようなおかしなこともたくさんありました。休みの日に電話がかかってきて、社長とのミーティングに出向いたこともあります。
社長は僕に悪意をもって、そんなことをしているわけではないということはわかっていました。でも、社長は僕に対して、そのようなコミュニケーションを取る手段しか知らなかったのです。僕はそれを分かったうえで、振り回されていました。
社長の漠然とした期待と、抽象的な指示。そして、ぼやけて何も見えない未来。
暗闇の中でただただ必死に走り続けた僕は、次の一歩が出なくなってしまいました。
『とにかく走り続けよう』『暗闇を晴らそう』と頑張るエネルギーが、もう残っておらず、『エネルギーのない人間は会社にいる資格がない』と思い、退職することにしたのです。
社長にはきつい言葉をたくさん投げかけられましたが、私の意志の強さに折れました。
最後に、社長のお宅からの帰り際。『ありがとうございました』と去ろうとする僕の肩を叩き、「頑張れよ」と一言、声をかけてくれました。
やさしい言葉は、その最後の一言だけ。
いろんな嫌なことをその日も言われたと思いますが、僕は最後の「頑張れよ」こそが本心なんだと信じ、次の道へ進むことに決めました。
今思えば、あの頃は社長の顔色ばかりうかがって、『自分がなかった』と思います。
現在、フリーランスとして自分のすべき仕事を自分で見極めて頑張れているのは、当時の教訓があったからでしょう。
今もあのブラックな日々に感謝しながら、毎日仕事をしています。改めて、社長、僕を振り回してくれて、ありがとうございました。
柳沢 裕也