秋は敬老の日を挟み、高齢期のお金の扱いが話題になりやすい時期です。70歳代の貯蓄については、平均が2000万円を超えているという数字がよく紹介されます。ただ、その額を持っていることと、必要になった月にその資産を動かせることは、同じではありません。この記事では、J-FLEC(金融経済教育推進機構)「家計の金融行動に関する世論調査(2025年)」による70歳代・二人以上世帯の貯蓄額、厚生労働省「令和6年度 厚生年金保険・国民年金事業の概況」による平均年金月額、総務省統計局による無職世帯の家計収支を並べたうえで、口座が凍結されたあとに成年後見を申し立てた場合の費用と期間がどこまで積み上がるのかを試算します。
なお、70歳代の貯蓄と家計に関する詳しい解説は、下記の記事より一部を引用・参照しています。本文中の引用部分は引用ブロックで示しています。
1. 平均寿命と健康寿命の差が示す年数を、資産を動かせる期間として読み直すとどうなるか「男性約8年・女性約12年」
70歳代の家計を取り巻く環境をひととおり見ておきたい方は、【70代の貯蓄・年金・家計のリアル】老後赤字を加速させないためには?投資に頼らない防衛策を徹底解説!で確認できます。
年金制度改正法が国会で可決・成立したのは、2025年6月13日でした。現役世代への保障の強化とあわせて、年金を受け取りながら働く人への対応や、私的年金の仕組みの拡充まで、見直しの範囲は広い内容になっています。
なかでも、在職老齢年金の支給停止の基準が大きく緩められた点は、働きながら年金を受け取る形を考えている世代にとって節目になる変更でしょう。
働き続ける人の数も増えています。総務省の「2024年(令和6年)労働力調査」によると、65歳以上の就業者数は930万人で、前年より16万人増えました。
その一方で、厚生労働省のデータによれば、平均寿命(※1)と健康寿命(※2)の差は、男性で約8年、女性で約12年あります。
この差にあたる年数は、医療や介護の支援を受けながら暮らす時期と重なりやすくなります。そして、支援が必要になる時期は、手元の資産を自分の判断で動かせるかどうかが変わってくる時期でもあります。
貯めた額をどこまで増やすかという話と並べて、その額を必要な月に取り出せる形にしておけるかという話も、この年数のあいだに問われることになります。
※1 平均寿命:2022年 男性81.05歳、女性87.09歳・2023年 男性81.09歳・女性87.14歳(「令和5年簡易生命表の概況」)
※2 健康寿命:2022年 男性72.57歳、女性75.45歳(「健康寿命の令和4年値について」)
2. 70歳代の二人以上世帯が持っている額は、平均と中央値でどこまで離れているのか「金融資産保有額の分布」
ここからは、J-FLEC(金融経済教育推進機構)の「家計の金融行動に関する世論調査(2025年)」をもとに、70歳代・二人以上世帯が金融資産をどれだけ持っているのかを見ていきます。
この調査でいう金融資産には、預貯金のほかに株式や投資信託、生命保険なども含まれます。日々の出し入れや引き落としに使っている普通預金の残高は、この金額には入りません。
70歳代・二人以上世帯の平均は2416万円です。ただし平均は、大きな額を持つ一部の世帯に引き上げられるため、多くの世帯の暮らしぶりをそのまま映した数字にはなりません。
実態に近いとされる中央値は1178万円で、平均とはかなり離れた位置にあります。分布は次のように示されています。
- 金融資産非保有:10.9%
- 100万円未満:4.5%
- 100~200万円未満:5.1%
- 200~300万円未満:3.7%
- 300~400万円未満:3.9%
- 400~500万円未満:2.9%
- 500~700万円未満:6.4%
- 700~1000万円未満:6.7%
- 1000~1500万円未満:11.1%
- 1500~2000万円未満:6.7%
- 2000~3000万円未満:12.3%
- 3000万円以上:25.2%
- 無回答:0.6%
いちばん多いのは3000万円以上の層で、25.2%を占めます。4世帯に1世帯ほどがまとまった額を持っている形です。
その反対側では、金融資産をまったく持たない世帯が10.9%あります。同じ70歳代でも、資産の状況はかなり離れています。
この差は、退職金の有無やこれまでの収入の推移、相続、健康の状態など、いくつもの事情が重なって生まれます。公的年金の額も現役時代の加入の形で変わるため、貯蓄が薄い世帯ほど年金だけで暮らしを支えにくくなります。
ここで一度分けておきたいのが、額の大きさと、その額を使える状態かどうかという二つの見方です。3000万円以上の層にいても、その大半が本人名義の口座や解約に条件のある契約に置かれていれば、必要な月にすぐ動かせるとは限りません。
3. 厚生年金を受け取っている人の平均年金月額は、いくらの位置にあるのか「全体・男女別」
次に、厚生労働省の「令和6年度 厚生年金保険・国民年金事業の概況」から、厚生年金の平均的な年金月額を見ていきます。
厚生年金の被保険者は第1号から第4号に分かれていますが、ここで取り上げるのは、民間企業などで働いていた人にあたる「厚生年金保険(第1号)」の年金月額です。
この金額には、国民年金の月額部分も含まれています。上乗せ分だけを取り出した額ではない点に気をつけてください。
3.1 全体と男女別で、厚生年金の平均年金月額がどう変わるのかを見る
- 〈全体〉平均年金月額:15万289円
- 〈男性〉平均年金月額:16万9967円
- 〈女性〉平均年金月額:11万1413円
全体では15万289円、男女で分けると5万8554円の開きがあります。現役時代の勤め方や加入していた期間の違いが、そのまま毎月の額に出てくる形です。
3.2 厚生年金の年金月額階級ごとに、受給者数がどこに集まっているのかを確かめる
- ~1万円:4万3399人
- 1万円以上~2万円未満:1万4137人
- 2万円以上~3万円未満:3万5397人
- 3万円以上~4万円未満:6万8210人
- 4万円以上~5万円未満:7万6692人
- 5万円以上~6万円未満:10万8447人
- 6万円以上~7万円未満:31万5106人
- 7万円以上~8万円未満:57万8950人
- 8万円以上~9万円未満:80万2179人
- 9万円以上~10万円未満:101万1457人
- 10万円以上~11万円未満:111万2828人
- 11万円以上~12万円未満:107万1485人
- 12万円以上~13万円未満:97万9155人
- 13万円以上~14万円未満:92万3506人
- 14万円以上~15万円未満:92万9264人
- 15万円以上~16万円未満:96万5035人
- 16万円以上~17万円未満:100万1322人
- 17万円以上~18万円未満:103万1951人
- 18万円以上~19万円未満:102万6888人
- 19万円以上~20万円未満:96万2615人
- 20万円以上~21万円未満:85万3591人
- 21万円以上~22万円未満:70万4633人
- 22万円以上~23万円未満:52万3958人
- 23万円以上~24万円未満:35万4人
- 24万円以上~25万円未満:23万211人
- 25万円以上~26万円未満:15万796人
- 26万円以上~27万円未満:9万4667人
- 27万円以上~28万円未満:5万5083人
- 28万円以上~29万円未満:3万289人
- 29万円以上~30万円未満:1万5158人
- 30万円以上~:1万9283人
人数がいちばん厚いのは10万円以上11万円未満の111万2828人で、その前後の階級にも100万人前後が並びます。平均の15万289円は、この山よりやや上に位置していることが分かります。
4. 国民年金だけを受け取る場合の平均年金月額は、どのあたりに収まるのか「全体・男女別」
厚生年金への加入期間がなく、国民年金(老齢基礎年金)だけを受け取る場合の月額も見ておきましょう。
4.1 全体と男女別で、国民年金の平均年金月額を確かめる
- 〈全体〉平均年金月額:5万9310円
- 〈男性〉平均年金月額:6万1595円
- 〈女性〉平均年金月額:5万7582円
男女の差は4013円で、厚生年金ほど大きくは開きません。加入期間の長さで決まる仕組みのため、働き方の違いが額に出にくいためです。
4.2 国民年金の年金月額階級ごとに、受給者数がどこに厚みを持つのかを見る
- 1万円未満:5万1828人
- 1万円以上~2万円未満:21万3583人
- 2万円以上~3万円未満:68万4559人
- 3万円以上~4万円未満:206万1539人
- 4万円以上~5万円未満:388万83人
- 5万円以上~6万円未満:641万228人
- 6万円以上~7万円未満:1715万5059人
- 7万円以上~:299万7738人
6万円以上7万円未満の階級に1715万5059人が集まっており、ここが分布の中心です。
厚生年金の男性平均を受け取る夫と、国民年金の女性平均を受け取る妻という組み合わせで考えると、2人分を合わせた年金収入は月額22万7549円になります。
4.3 夫婦2人分の年金が、片方が亡くなったあとにどう組み替わるのか「遺族厚生年金の見直し」
気をつけたいのは、この月額22万7549円が、夫婦2人そろっているあいだの数字だという点です。
夫が亡くなると、妻が受け取るのは自分の老齢年金と遺族厚生年金を合わせた額に組み替えられ、世帯としての収入は下がります。
制度を持続させるための見直しも議論されており、配偶者の年金を前提にした形は、そのまま続くとは限りません。ひとりになった月から家計の収支がどう変わるのかを、あらかじめ置いておく必要があります。
そしてこの組み替えは、資産の使い勝手にも及びます。世帯の資産の多くが亡くなった側の名義に寄っていた場合、相続の手続きが済むまでは自由に動かせない期間が生まれるためです。
5. 65歳以上の夫婦のみの無職世帯は、1カ月の収入と支出がどれだけ食い違うのか「実収入と支出合計」
同じ世代の家計がどう回っているかは、自分の見通しを置くときの手がかりになります。
ここでは、総務省統計局の「家計調査報告 家計収支編 2025年(令和7年)平均結果の概要」から、65歳以上の夫婦のみで暮らす無職世帯の平均的な収入と支出を見ていきます。
5.1 夫婦2人・65歳以上の無職世帯で、毎月の収入と支出がいくらになるのかを見る
毎月入ってくるお金がいくらかを見る「実収入25万4395円」
- 実収入の合計:25万4395円
- うち社会保障給付(公的年金など):22万8614円
毎月出ていくお金がいくらかを見る「支出合計29万6829円」
- 消費支出(食費・光熱費など):26万3979円
- 非消費支出(税金・社会保険料):3万2850円
- 支出合計:29万6829円
収入25万4395円のうち、公的年金などの社会保障給付が22万8614円と9割ほどを占めます。年金がそのまま暮らしの土台になっている形です。
支出は消費支出と非消費支出を合わせて29万6829円。差し引くと、毎月4万2000円程が不足する計算になります。
5.2 毎月の赤字には入っていない支出が、どんなときにまとまって出ていくのか「修繕・医療・介護」
ここで気をつけたいのが、この4万2000円程という数字の中身です。家計調査が集めているのは日常の1カ月分であり、大型家電の買い替えや車の車検・買い替え、住まいの手入れにかかる費用までは十分に入っていません。
70歳代は、現役時代に買った自宅の傷みが目立ってくる時期でもあります。外壁の塗り直しやシロアリの駆除、段差をなくす工事などに、数百万円単位の現金が動くこともあります。
そこへ医療や介護の費用が重なると、毎月少しずつの赤字ではなく、ある月にまとまった額が要るという形になります。しかも、そのまとまった額が要る場面は、判断能力や体調が落ちてきた時期と重なりやすくなります。
6. 75歳になれば医療費の負担が下がるとは限らないのはなぜか「後期高齢者医療制度の窓口負担」
まとまった額が要る場面の代表が医療費です。ここでは後期高齢者医療制度の仕組みを押さえておきます。
6.1 75歳の誕生日に何が自動で切り替わるのかを確かめる
75歳の誕生日を迎えると、それまでの国民健康保険や勤め先の健康保険から外れ、全員が後期高齢者医療制度へ自動的に移ります。かつては、この制度に移ると窓口の負担がほとんどの人で1割になっていました。
6.2 窓口負担が2割・3割になる所得の線はどこに引かれているのか「課税所得と年金収入の基準」
ところが、医療費の財源を確保するために基準は年々厳しくなっています。現在は、次のような所得の線を超えると負担の割合が変わります。
- 3割負担(現役並み所得者): 住民税の課税所得が145万円以上(※単身で年金収入のみの場合、約383万円以上)ある方など。
- 2割負担: 3割負担には該当しないが、住民税の課税所得が28万円以上145万円未満で、かつ「年金収入+その他の合計所得金額」が単身で200万円以上(夫婦などの複数世帯の場合は合計320万円以上)ある方。
- 1割負担: 上記のどちらにも該当しない方。
少しだけパートで働いた、年金を繰下げて受け取ったという理由でこの線を越えると、病気がちになりやすい時期の医療費の負担が重くなります。
7. 「住民税非課税世帯」から外れると、どの負担が変わってくるのか「医療・介護・給付金」
住民税非課税世帯とは、世帯の全員が住民税を免除されている世帯のことです。70歳代の年金生活では、ここに当てはまるかどうかで手元に残る額が変わってきます。おもな内容は次のとおりです。
- 高額療養費制度の負担上限額が下がる: 入院や手術で医療費が高額になった際、月々の自己負担限度額が低く設定され、医療費の負担が大きく軽減されます。
- 介護保険料・介護サービス費の軽減: 毎月天引きされる介護保険料が安くなり、施設を利用した際の食費や居住費も減免されます。
- 臨時給付金の対象になる: 物価高対策として政府が支給する給付金(数万〜10万円)は、非課税世帯が対象になることが多いです。
7.1 働いて収入を増やしたときに、どこで基準を越えてしまうのか「65歳以上の単身で年金収入約155万〜165万円」
この線はお住まいの自治体(級地)によって違いますが、65歳以上の単身者の場合、年金収入のみで年間約155万〜165万円以下がひとつの目安になります。
暮らしを少し楽にしようとあと月1万円だけ働いた結果、年間の収入がこの基準をわずかに超えると、翌年から住民税が課税され、非課税世帯向けの軽減の対象から段階的に外れていきます。
病気や介護が必要になった月の手出しが増え、思っていた以上に家計へ響くこともあります。額面の多さではなく、手取りと支出を合わせた形で見ていくことになります。
8. 子どもや孫への資金援助が、自分の手元のお金をどう縛ってしまうのか「教育資金の一括贈与」
孫の存在は日々の張り合いになりますが、ランドセルや学習机、習い事の月謝、さらに学費までを続けて援助した結果、自分の老後資金が細っていくこともあります。
ここで押さえておきたいのは、その都度、通常必要な範囲で直接支払う教育費や生活費であれば、特別な制度を使わなくても、もともと贈与税はかからないという税法上の決まりです。
注意したいのが、かつて銀行や信託銀行がさかんに案内していた「教育資金の一括贈与の非課税制度」です。相続税の対策になると聞いて口座を開いた方も多いのですが、一般的な高齢者の資産額(不動産を含む)であれば、そもそも相続税の基礎控除の範囲に収まり、税がかからないケースが大半でした。
この制度は2026年3月末をもって新規の受付が終わっています。すでにまとまった現金を専用の口座へ預け入れている場合、その資金は自分のためには使えません。
自分の医療費や介護費が足りなくなって引き出そうとしても、教育費以外への流用は原則として贈与税の対象になります。手元の現金を動かせない形にしてしまうと、いざというときの支払いが立ち行かなくなります。ここでも、資産があることと、使える状態にあることは別だという話になります。
8.1 親の年金で家計を支え続けた先に何が起きるのか「7040問題」
「7040問題」とは、70代の親と、無職や非正規の働き方をしている40代の子どもが同居し、親の年金や貯蓄で世帯の暮らしを支えている状態を指します。
親が元気なうちは月数万円の赤字でも回りますが、親が倒れたり、亡くなって年金の受給権が消えたりした月から、世帯の生活を保つことが難しくなります。
70歳代に入ったら、子どもに財産を残すことより先に、自分たちの資産管理と暮らしの自立の道筋をつけておくという順序も考えられます。世帯分離や専門の窓口への相談を含めて、選べる形をいくつか並べておくとよいでしょう。
9. 自宅を担保にお金を借りる仕組みで、何が重なると計画が揺らぐのか「リバースモーゲージ」
リバースモーゲージは、自宅を担保に金融機関からお金を借り、契約者が亡くなったあとに自宅を売るなどして元本を一括で返す仕組みです。毎月の支払いが原則として利息だけで済むため、住み慣れた家に居ながら老後の資金を用意する手立ての1つとして知られています。
気をつけたいのは、長生きすること、金利が上がること、不動産の価格が下がることが重なったときです。
想定より借入の期間が延びる、金利が上がって毎月の利息が増える、担保の評価額が下がる。こうしたことが重なると、借入残高が融資の限度額へ早く届き、追加で借りられなくなります。
さらに借入残高が自宅の担保価値を超えると、金融機関から不足分の繰上返済や自宅の売却を求められることもあります。契約のときには、金利が動く条件、担保の評価を見直す決まり、返済の方式(リコース型・ノンリコース型)を確かめておきましょう。
9.1 自宅を売ってそのまま住み続ける形に、どんな相談が寄せられているのか「リースバック」
もう1つの手立てである「リースバック」は、自宅を不動産会社や投資家へ売ってまとまった現金を受け取り、そのあと賃貸借契約を結んで家賃を払いながら住み続ける仕組みです。
売却で一度に現金は入りますが、売却の価格は市場の相場より低くなる傾向があり、収支を見ないまま高い家賃で契約すると、年金で回している家計を圧迫します。
更新のできない定期借家契約だった場合や、家賃の負担が想定より重くなった結果、滞納や契約満了で住み慣れた家からの退去を迫られたという相談が、国民生活センターなどに寄せられています。
どちらの仕組みも、自宅という動かしにくい資産を現金に換える手立てです。換えたあとに何が固定されるのかまで見てから決めることになります。
10. 貯蓄が2000万円あっても引き出せなくなるのはどういうときか「口座の凍結と成年後見制度」
銀行は、口座の名義人の財産を不正な利用や詐欺から守るため、名義人が認知症などで意思能力を失ったと判断した場合、口座の取引を制限します。事実上の凍結です。
この状態になると、配偶者や子どもであっても、親の介護施設の入居費用を払いたいと窓口で申し出るだけでは、預金を引き出せないのが原則です。医療や介護の費用であっても、金融機関が独自に取り計らって窓口で対応することはありません。
制限を解いて資金を動かすには、家庭裁判所へ申し立てて法定後見人などを選んでもらう成年後見制度を使うことになります。貯蓄が2000万円あっても、この状態では手元の支払いに充てられません。額があることと、使える状態にあることが分かれるのは、まさにこの場面です。
10.1 成年後見制度を使うと、家族のお金の動かし方がどこまで変わるのか「報酬と財産管理の決まり」
凍結された口座を動かすための法的な手立てが成年後見制度ですが、相応の負担も伴います。
弁護士や司法書士などの専門職が後見人に選ばれた場合、月額2万〜3万円程度(管理する財産が多い場合はそれ以上)の報酬が、本人の財産から原則として亡くなるまで支払われ続けます。
また財産は本人のためだけに厳格に管理されるため、配偶者の生活費に回すことや、孫へのお年玉・お祝い金なども原則として認められなくなります。家庭裁判所への定期的な報告も、後見人に課された義務です。
元気なうちに「家族信託」や「任意後見」といった形で、凍結を防ぐ備えを置いておくという進め方もあります。どれを選ぶかで手続きの重さも費用も変わりますので、家庭裁判所や法律の専門家の窓口で確かめながら決めていくことになります。
11. 70歳代の家計を守る手立てとして、何から考えていくのか「働き方と固定費」
新NISAや一時払いの保険、仕組みの入り組んだ外貨建ての商品を70歳代から使うかどうかは、慎重に見ておきたいところです。値動きがある形は、すでに取り崩しの時期に入っている家計の土台を揺らすことがあり、元本割れの可能性もあります。相場が戻るのを10年、20年と待てる時間があるかどうかで、同じ商品でも意味が変わります。
11.1 在職老齢年金の基準が月額65万円に上がったことで何が変わるのか「2026年4月以降」
収入を保つ手立ての1つが、無理のない範囲で働き続けることです。2026年(令和8年)4月以降、働きながら年金を受け取る「在職老齢年金」の支給停止の基準額が、従来の月額51万円から月額65万円へ引き上げられました。
これにより、総報酬月額相当額(給与と賞与を月に換算した合計)と老齢厚生年金の基本月額の合計が月額65万円以下であれば、年金は支給停止されません。合計が65万円を超える場合でも、超えた額の半分が老齢厚生年金から支給停止となる仕組みで、停止額が年金額を超えるときは全額が支給停止となります。
調整の対象になるのは老齢厚生年金(報酬比例部分など)だけで、老齢基礎年金は対象外です。ただし、パートなどで収入が増えると住民税非課税世帯の判定に影響することもありますので、自分の総収入と税の要件は年金事務所や自治体の窓口で先に確かめておきましょう。
11.2 出ていくお金を減らすとしたら、どこから手をつけるのか「車・保険・通信費」
入ってくるお金を保つのと並べて考えたいのが、出ていくお金を減らす形です。現役時代の水準をそのまま持ち続けず、年金の範囲へ寄せていくダウンサイジングという進め方があります。
- 車をどうするか:車検、保険、ガソリン代、駐車場代などで年間数十万円の維持費がかかります。タクシーや公共交通機関に置き換える形も選択肢の1つです。
- 生命保険の中身を整理する:子どもが独立したあとの70歳代では、大きな死亡保障が要る場面は減っていきます。何のために入った契約なのかを並べ直し、掛け捨ての医療保障や最低限の保障へ寄せる形も考えられます。
- 通信費を見直す:キャリアのスマホから格安SIMへ乗り換えると、年間数万円の差が出ることもあります。
固定費は一度下げれば毎月続いて効くため、まとまった額が要る月への備えを厚くする方法の1つです。ただし保障の要否は健康の状態やご家族の事情で変わりますし、解約の条件や戻る額は契約ごとに違いますので、書面と担当の窓口で確かめながら進めてください。
12. 年金生活で気にかかる2つの問いに、制度はどう答えているのか「生活保護と確定申告」
12.1 70歳代で貯蓄がない場合に、生活保護の対象になりうるのかを確かめる
年金を受け取っていても、要件を満たせば対象になりえます。年金額を含む世帯全体の収入が国の定める最低生活費を下回っており、預貯金などの金融資産がない場合は、不足する差額分を受け取れる可能性があります。
ただし、原則として利用できる資産(不動産や自動車など)は処分して生活費に充てる必要があり、親族からの援助が優先されるほか、相談と申請の段階で厳格な審査が行われます。年金を受け取っているから絶対に受けられないというのは誤解ですが、希望すれば無条件に通るものでもありません。判定は自治体の福祉の窓口で確かめてください。
12.2 年金収入だけの場合に、確定申告が要るのかどうかを確かめる
公的年金等の収入が400万円以下で、かつ年金以外の所得が20万円以下であれば、原則として所得税の確定申告は不要です(確定申告不要制度)。
ただし、医療費が高額になった年などは、確定申告をすることで払いすぎた税金が戻ってくることもあります。申告が要るかどうか、還付を受けられるかどうかは、税務署や税の専門家に確かめていただくとよいでしょう。
後期高齢者医療制度で自分がどの区分に入るのかを見当づけたい方には、【75歳からの医療費】いちばん重い「3割負担」になる年収はいくら?老後の家計を左右する判定基準をズバリ解説が参考になります。
13. 【独自試算】口座が凍結されたあとに成年後見を申し立てると、費用と期間はどこまで積み上がるのか
ここからは編集部による独自の試算です。判断能力が低下したとみなされて口座の取引が制限されたあと、家庭裁判所へ申し立てて専門職の後見人が選ばれた場合に、報酬がどれだけの期間続き、合計でいくらになるのかを金額で置いてみます。前提は次のとおりです。
- 報酬の額:専門職が後見人に選ばれた場合の月額2万〜3万円程度という記載を使い、月2万円の場合と月3万円の場合の2通りで置く。管理する財産が多い場合はこれを上回ることもある
- 続く期間:報酬は本人の財産から原則として亡くなるまで支払われ続けるため、期間を8年と12年の2通りで置く。この年数は、厚生労働省のデータによる平均寿命と健康寿命の差(男性で約8年、女性で約12年)を、支援が必要になってから亡くなるまでの期間の目安としてあてはめたもので、制度上の年数ではない
- 比べる相手:J-FLEC(金融経済教育推進機構)「家計の金融行動に関する世論調査(2025年)」による70歳代・二人以上世帯の貯蓄額、平均2416万円と中央値1178万円
- 毎月の不足:総務省統計局「家計調査報告 家計収支編 2025年(令和7年)平均結果の概要」の65歳以上・夫婦のみ無職世帯で、毎月4万2000円程が不足するという数字を使う
- 運用による増減、物価の変動、税や社会保険料、申し立てのときにかかる実費(診断や鑑定の費用など)は考えない。報酬の額は家庭裁判所が管理財産の額などをもとに定めるもので、この幅に収まらないこともある
まず報酬だけを積み上げます。月2万円なら1年で24万円、8年で192万円、12年で288万円です。月3万円なら1年で36万円、8年で288万円、12年で432万円になります。いちばん軽い置き方(月2万円で8年)といちばん重い置き方(月3万円で12年)の差は240万円でした。
この額が貯蓄のどれくらいにあたるのかを見ます。中央値1178万円に対しては、192万円で約16.3%、288万円で約24.4%、432万円で約36.7%です。平均2416万円に対しては、192万円で約7.9%、432万円で約17.9%になります。同じ報酬でも、平均の位置にいる世帯と中央値の位置にいる世帯とでは、手元に効いてくる重さが倍ほど違う計算です。
次に、毎月の不足と重ねてみます。65歳以上・夫婦のみ無職世帯の毎月4万2000円程の不足に後見人の報酬が上乗せされる形で置くと、毎月出ていく不足は6万2000円から7万2000円になります。1年では74万4000円から86万4000円、8年では595万2000円から691万2000円、12年では892万8000円から1036万8000円です。中央値1178万円と比べると、8年で約50.5%から約58.7%、12年で約75.8%から約88.0%にあたります。
この試算で目を向けたいのは、金額そのものよりも期間の決め方のほうです。報酬の月額は選任のときに決まりますが、いつまで続くのかは自分では決められません。8年と12年で報酬の合計が96万円から144万円動くのは、その分だけ長さの見通しが効きにくいということでもあります。あくまで目安であり、この金額を保証するものではありません。報酬の額や続く期間、申し立てにかかる費用は、家庭裁判所の判断やご本人の状況によって変わりますので、実際の手続きの前には家庭裁判所や法律の専門家の窓口で確かめてください。
14. 【監修者コメント・和田直子】報酬の幅と続く期間は、どちらも自分では決められない
手元にいくら残しておけばよいかという問いには、家計を問わず通用する答えがありません。この記事の試算が示しているのも金額そのものではなく、報酬の月額と続く期間という二つのうち、後者を自分では決められないという関係のほうです。信託銀行で資産運用のご相談を長く担当してきた経験からお伝えすると、口座が動かせなくなって困るのは、資産の少ない世帯だけではありません。まとまった額をお持ちで、その大半が本人名義のまま置かれている世帯でも同じことが起こります。
記事に出てくる数字について、適用の条件を補います。厚生年金の平均年金月額として挙げた〈全体〉15万289円、〈男性〉16万9967円、〈女性〉11万1413円は、令和6年度の厚生年金保険(第1号)の数字で、国民年金の月額部分を含んだ金額です。上乗せ分だけの金額ではありません。貯蓄の平均2416万円と中央値1178万円は、金融資産を保有していない世帯も母数に含めた集計で、預貯金のほか株式や投資信託、生命保険なども入ります。日常の出し入れに使う普通預金の残高は入りません。家計収支の不足4万2000円程も、65歳以上・夫婦のみの無職世帯の平均であって、単身の世帯や働いている世帯にそのままあてはめられる数字ではありません。試算で置いた8年・12年という年数も、平均寿命と健康寿命の差を目安として借りてきたもので、後見が続く期間として公表されている数字ではない、という点は分けて読んでいただければと思います。
備え方には、いくつかの置き方があります。元気なうちに任意後見の契約を結んでおくという置き方がひとつ。家族信託のように、あらかじめ管理する人と使い道を決めておく置き方もあります。順序を変えて、当面の医療費や介護費にあたる分だけを先に取り分け、その外側に残った分について考える、という進め方もできます。どれを選ぶかで手数料や税の扱いが変わるケースもありますし、値動きのある形で持っている部分には元本割れの可能性もあります。制度の内容は改正されることもありますので、成年後見や任意後見の手続きは家庭裁判所や法律の専門家に、口座の扱いは取引のある金融機関の窓口に、税の扱いは税務署や税の専門家に、それぞれご自身の状況をあてはめて確かめていただければと思います。記事の数字は、考える順番を組み立てるための見取り図として使っていただければと思います。


