10. 円安が続くなかで、まとまった資金の置き場所を決めた60歳代。IFA・長井 祐人が語る、契約の前に手元へ書き残しておく順序

60歳代は、公的年金を受け取りはじめる時期と、まだ働いて収入を得ている時期とが重なることのある年代です。前半でみたように、公的な制度の中には、条件に当てはまっているだけでは受け取れず、こちらから届け出て初めて動きはじめるものがあります。実務でご相談を受けていて感じるのは、この「申し出ないと始まらない」という性質が、公的な制度に限った話ではないということです。手元の資金をどこに置くかという判断も、金融機関の側が節目ごとに「いまが始めどきです」と知らせてくれるわけではありません。土台となる公的年金の上に、自分で用意した上乗せをどう置くかは、自分で確かめて、自分で決めることになります。そして、そのとき何を確かめて何を決めたのかを書き残していないと、あとで振り返る手がかりも残りません。相談の場では次のような声を耳にします。

10.1 為替も金利も気になるが、始めどきを知らせてくれる人はいない

60歳代(ご相談者)

「夫婦とも会社員で、退職金と預貯金で手元にまとまった資金があります。非課税の制度で投資信託を積み立てたことがありますし、外貨建ての債券を持ったこともあるので、値動きのあるものが初めてというわけではありません。

ただ、この資金をこのまま置いておくのはもったいないと思う一方で、いまは円安だと言われている時期です。この為替の水準で外貨のものに換えて始めてしまってよいのか、判断がつきません。金利のほうも上がったり下がったりしていて、どちらを見て決めればいいのかが分からないのです。始めたあとのことも気になります。増えた分に税金はどうかかるのか、途中でやめたくなったときにどれくらい費用がかかるのか、そして運用がいまどうなっているのかを、どこで確かめればいいのか。誰かが節目ごとに教えてくれるわけではないので、結局は自分で見ていくしかないのだろうとは思っています」

相談の場でも、判断の材料はひととおりそろっているのに、それを確かめた記録がご自身の手元に残っていないという方に数多くお会いします。

10.2 【IFA・長井 祐人が回答】知らせが届くのを待つ仕組みには、なっていない

長井 祐人
「円安だから今は投資をやめておこう」と最初から決めつける前に、まずは為替が動く理由や商品の仕組みを理解しましょう。
契約前に必ず交付される書面を使って、為替と金利の関係や費用・リスクといった大切な部分を理解できるようにしっかりとメモを取りましょう。契約前にしっかりと仕組みについて理解しておくことで「なぜこの商品を選んだのか」を後で振り返れることができます。
相場の状況は常に変化し続けるため、目先の値動きに左右されずに、目的や投資金額、運用期間に合わせて、今投資してよい状況かを総合的に考え判断しましょう。

10.3 ポイント1:値が動く原因を種類ごとに分け、ほかの選択肢と条件をそろえて並べる

最初にお願いしているのは、リスクという一語をほどいていただくことです。この言葉のままでは、大きいか小さいかしか言えず、比べることができません。分けてみると、いくつもの種類が混ざっています。円と外貨の交換の水準で動く部分、世の中の金利が上下することで動く部分、資産そのものの値段が動く部分、お金を預けた先が約束を果たせなくなったときに影響を受ける部分、その国の情勢によって左右される部分、そして、換金したいときにすぐには換えられない部分。ご自身が気にされていた円安の話は、このうちの一つ目にあたります。一つ目が気になるからといって、ほかの五つが消えるわけではありません。紙に種類の名前を書き、それぞれ自分の場合はどれくらい効いてくるのかを、一行ずつ書き添えていきます。そのうえで、ほかの会社の似たしくみのものを横に並べます。このとき、条件をそろえるのが大切です。片方には万一のときの保障が付いていて、もう片方には付いていない。片方は円で払い込み、もう片方は外貨で払い込む。条件が違うまま数字だけを比べると、高いほうが得に見えてしまいます。並べた紙は、そのまま残しておいてください。あとで迷ったときに、比べた事実そのものが判断の支えになります。

10.4 ポイント2:仕組みを自分の言葉に書き直せるところまで確かめ、手続きの段取りを一つずつ踏む

次が、選ぼうとしているものの中身です。運用の成果によって受け取る額が変わるタイプの年金保険や保険商品には、いくつかの部品が組み合わさっています。あらかじめ決まった利率で積み上がっていく部分と、運用の実績に連動して増減する部分。受け取る額に下限を設けている部分。値上がりした時点の水準を確保していく機能。外貨で運用しながら円で払い込めるようにする特約。それぞれに役割があり、そのぶん条件も付いています。説明を聞いて分かった気になっても、翌日に家族へ説明できなければ、まだ確かめたことにはなりません。ですから、聞いた内容を自分の言葉でノートに書き直してみてください。書けないところが、まだ理解できていないところです。仕組みが腹に落ちたら、手続きの段取りを書き出します。健康状態についての告知、本人確認の書類、書類の返送、入金、そして保障や運用が始まる日。契約の後で一定の期間内なら申し込みを撤回できる制度もありますので、その期間がいつまでなのかも一緒に書いておきます。段取りを一枚にしておくと、どこまで進んだかが自分で分かり、次に何を待っているのかも見えます。

10.5 ポイント3:契約の前に渡される書面は読み合わせ、為替と金利の関係を書面の言葉で残す

契約の前には、しくみの要点をまとめた書面や、とくに注意してほしい点を並べた書面が渡されます。ここを持ち帰って一人で読むより、担当者と一緒に声に出して読み合わせることをおすすめしています。読み合わせの目的は、内容を覚えることではなく、分からない語に印を付けることです。印の付いた語をその場で質問し、返ってきた答えを書面の余白に書き込む。この余白のメモが、あとで効いてきます。とくに書き残していただきたいのが、為替と金利の関係です。円安だから不利、という受け止め方をされる方が多いのですが、為替の水準と金利の水準は別の物差しです。円安の時期に外貨に換えることは、たしかに換える瞬間には不利に働きます。一方で、金利が高い時期であれば、そのお金が運用される間に受け取れる利息の水準は高くなります。どちらか一方だけを見て決めると、もう一方の条件を見落とすことになります。「為替の水準はこちらに不利だが、金利の水準はこちらに有利。だから自分はこう判断した」。この一行が書面の余白に残っていれば、数年後に相場が動いたときにも、自分が何を根拠に決めたのかをたどることができます。

10.6 ポイント4:かかる費用と、持ち続ける期間で変わる部分を並べて書き添える

最後が費用と期間です。費用は、入るときにかかるもの、持っている間にかかるもの、出るときにかかるものに分かれます。円と外貨を交換するときの手数料や振り込みの手数料は入口の費用、契約を維持するための事務の費用や運用にかかる費用、受け取りの段階で管理にかかる費用は保有中の費用、そして途中でやめたときに差し引かれる金額や、解約する時点の金利水準に応じて受け取る額が増減するしくみが出口の費用にあたります。これらを一覧にして初めて、表に出ている利回りの数字が手元にどれだけ残るのかが見えてきます。そして費用は、持ち続ける期間と切り離せません。入口でまとまった費用がかかるものは、短い期間で解約すると取り戻せませんし、長く持つほど一年あたりの重さは軽くなります。逆に、保有中に毎年かかる費用は、長く持つほど積み上がります。ですから、始める前に「いつまで置いておけるお金なのか」を先に書いてください。あわせて、受け取り方によって税の扱いの区分が変わることも書き添えておきます。一度にまとめて受け取るのか、年金の形で分けて受け取るのか、あるいは受け取る前に相続が発生した場合か。同じ契約でも、出口の形が違えば手元に残る額は変わります。

こうして書き出したものは、契約の前に一度だけ使って終わりではありません。運用の状況を確かめるときにも、迷いが出たときにも、そのつど戻ってくる場所になります。これは一つの考え方であり、費用の水準や税の扱い、どのしくみが向いているかは、契約の条件やご自身の状況によって異なります。まずはノートを一冊決めて、確かめた日付と、聞いた内容と、そのとき自分がどう判断したのかを書き残すところから始めてみてください。そのうえで、契約ごとの条件については、書面と照らし合わせながら専門家に確認していくことをおすすめします。

11. まとめにかえて

申し出て初めて動く制度が並ぶと、覚えきれないという感覚が先に立ちます。ただ、実際に要るのは制度を暗記することではなく、自分がいつ何を確かめたのかを残しておく形です。年金事務所で聞いた日、渡された書類の名前、次に待っているもの。この三つが一行ずつ並んでいれば、次に窓口へ行くときの続きから話せます。

加給年金のように期間が決まっている上乗せは、配偶者の誕生日が区切りになります。給付金のように世帯の課税状況で判定されるものは、判定の時点によって見る数字が変わります。どちらも、控えておく項目が分かっていれば追いかけられるものです。制度の適用は個々の事情で変わりますので、要件の当てはめは年金事務所やハローワーク、お住まいの市区町村の窓口で確認していただくのが確かです。

参考資料

長井 祐人