9. 退職後も下がりにくい費目が残る家計。積んでいる備えと守っている備えの分け方を、IFA・松本 真奈が解説
仕事から退いたら支出も自然に落ち着くだろう、と考えている方は少なくありません。ところが前半でみたように、65歳以上の無職夫婦の家計を並べてみると、支出はそこまで小さくなっていません。理由は費目の中身にあります。食べるものや水道光熱、日々の細かな出費は、暮らし方が変わってもそう簡単には減りません。反対に、勤めていたころにかかっていた身支度や移動の費用は、退いたぶんだけ減ります。つまり支出には、暮らしに直結して減らしようのないものと、生活の形が変わると自然に落ちるものが混ざっていて、この二つを分けないまま「全体でいくら」と眺めていると、どこまで調整できるのかが見えなくなります。法人向けに退職金や福利厚生のご相談にも携わってきましたが、この分け方でとくに迷われるのは、減らせない側を抱えたまま、用意した備えが足りているのかをどう確かめるかです。相談の場では次のような声を耳にします。
9.1 積み立ても保障もひととおり用意したのに、足りるかどうかの見当がつかない

相談の場でも、備えはひととおり用意したという実感があるのに、それが足りているかどうかを何で判断すればよいのか決めきれない、という方に数多くお会いします。
9.2 【IFA・松本 真奈が回答】削るところを探すより先に、すでに用意した備えの並べ方を確かめましょう
大事なことは、これからかかってくる必要資金と、将来の生活費に対して現時点でどれだけの備えが出来ているかを整理すること。
あとは、資産の置き場所によって増え方やリスクも異なるためその内容についても見直していく必要があります。
ご自身の年齢やご状況の変化に合わせて、将来的にどの資産をどう取り崩していくのかを見据えて資産管理していくことが重要です。
9.3 ポイント1:NISAの値打ちは、積んでいる最中よりも、取り崩すときに出てくる
毎月の積み立てを続けている方から、NISAを使っていて何が得なのかがよく分からない、と伺うことがあります。買っている最中は、税金がかからないことの効き目が見えにくいのです。効いてくるのは、売って現金にする場面です。値上がりした分に税金がかからないということは、必要な額をつくるために売る量が、課税される口座で持っているときより少なくて済むということです。暮らしにかかるお金が思ったほど下がらず、毎月の不足を資産から埋めていく形になるのなら、売る場面は一度ではなく、何年にもわたって繰り返しやってきます。ですから、枠の値打ちは取り崩しが始まってから積み上がっていきます。もう一つお伝えしているのが、毎月いくら積むかは、増やせる額の上限からではなく、続けられる額から決めるということです。減らせない費目を抱えている家計では、積立額を無理に上げると、続かなくなって途中で売ることになりがちです。それでは取り崩しの場面に残しておきたいものを、先に使ってしまいます。毎年使える上限や税の扱いは制度として定められており、見直しが入ることもあります。ご自身の場合にどう当てはまるかは、積立を行っている金融機関や、制度をつかさどる窓口にお尋ねください。
9.4 ポイント2:将来必要になる額そのものが動く。だから、増える側の資産を残しておく
次に確かめていただくのが、足りるかどうかを判断するときの物差しです。多くの方は、いまの暮らしにかかっている額を基準に、この先も同じくらいかかるだろうと見積もります。ところが、減らしようのない費目というのは、値段が上がったときにそのまま効いてくる費目でもあります。食べるものや水道光熱は、使う量を大きく減らせないからこそ、単価が上がった分がほぼそのまま支出に乗ります。つまり、必要な額のほうが年々動いていくということです。この前提に立つと、備えの置き場所についての見方が変わります。受け取る額が最初から決まっている形だけで固めてしまうと、受け取るころに必要な額が上がっていた場合、その差を埋める手立てがありません。だからこそ、値段の動きに応じて増える余地のある資産を、一定の割合で残しておく意味があります。値動きを抱えるのは不安だとおっしゃる方には、全部をそちらに寄せる必要はないとお伝えしています。決まった額を受け取れる部分で暮らしの土台を支え、増える余地のある部分で必要額の上がり方に付き合っていく。役割を分けて持つという考え方です。
9.5 ポイント3:いま入っている保障は、保険料が変わる時期と、保障が終わる年齢を証書で確かめる
ここが、減らせない費目かどうかをその場で決めないでいただきたい部分です。医療にかかったときの備えは入っているから大丈夫、という受け止めは自然なのですが、確かめておきたい点が二つあります。一つは、保険料がずっと同じとは限らないということです。掛け金が年齢に応じて上がっていく設計になっているものがあり、その場合、一定の年齢を越えたところで負担が重くなります。収入が年金中心に変わっていく時期と、負担が上がる時期が重なると、家計への効き方が大きくなります。もう一つは、保障がいつまで続くのかです。生涯にわたって続くものと、決まった年齢で終わるものがあります。終わる設計になっていると、医療費がかかりやすくなる年齢に入ってから、備えが手元にない状態が生まれます。この二つは、加入したときにお渡しされている証書や約款に書かれています。ですから、いくら払っているかだけを見て高い安いを判断せず、いつまで、どういう条件で守られるのかを先に読み直していただきます。そのうえで、いまのままでよいのか、別の形で長く続く備えを足すのかを考える順序になります。共済や保険の具体的な条件は加入している制度や商品ごとに違いますので、加入先の窓口で確かめてください。その場ですぐ切り替えると決めず、内容を持ち帰って検討する進め方もあります。
9.6 ポイント4:順調に見えているものも、年に一度は中身と役目を見直す
最後にお願いしているのが、すでに預けている分の様子を定期的に見ておくことです。まとめて預けた形の商品は、毎月の入出金が起きないので、預けたあとは手が離れます。それ自体は悪いことではありません。ただ、運用の中身がどう動いているのか、いま解約するとどうなるのか、受け取り方の選択肢はどうなっているのかは、時間が経つと変わります。実際にご一緒に確かめてみると、順調に増えていて手を入れる必要はない、という結論になることも多くあります。それでも見ておく意味があるのは、順調かどうかを知るためだけではなく、その資産にいま何を担わせているのかを言葉にし直すためです。取り崩しの時期が近づくにつれて、同じ商品でも求める役割は変わります。減らせない費目を抱えた家計では、いざ足りなくなったときに、どこから手をつけるのかを決めておくことが安心につながります。年に一度、加入している保障の内容と一緒に並べて見る習慣をつけておくと、家計の全体像が更新されていきます。
暮らしにかかるお金が下がらないという事実は、変えられません。それでも手のつけようがないわけではなく、見直せるのは支出の側ではなく、備えに持たせている役割のほうです。これは一つの考え方であり、どの費目をどこまで調整できるか、どの備えをどれだけ持っておくかは、収入の形や家庭の事情によって変わります。非課税の枠の条件や税の扱い、保障の内容と期間は、法令と加入先の定めに沿って決まるものです。ひとりで抱えて決めてしまわず、積立を行っている金融機関、加入先の窓口、制度をつかさどる窓口、税務署や税理士といった専門家にお尋ねください。
10. まとめにかえて
65歳以上の夫婦のみの無職世帯では、支出合計29万6829円に対して実収入が25万4395円で、月4万2434円の差がありました。この差を埋めるとき、支出全体を1つのかたまりとして見ていると、どこまで縮められるのかが分かりません。税と社会保険料の3万2850円を外すと、手を入れられるのは消費支出26万3979円の側だけになり、その1割から3割で置いたときの幅は月2万6398円から7万9194円でした。埋まるかどうかの分かれ目は、消費支出の16.1%まで動かせるかどうかです。ご自身の家計でこの計算をするときは、まず先月の支出を、動かしにくい部分と月によって変わる部分に仕分けるところから始めてみてください。税や社会保険料の負担額、年金の受給見込額は、市区町村や年金事務所の窓口で確かめていただけます。
参考資料
- 【最新データ】老後の「ふつう」が分かる!65歳以上の平均貯蓄額と年金月額は?老後夫婦のリアルな生活費と家計収支を解説
- 【2026年最新・年金早見表】厚生年金・国民年金はいくらもらえる?平均受給額一覧と手取りのリアル!社会保険料・税金が引かれる「天引き」まで徹底解説
- 総務省統計局「家計調査報告 家計収支編 2025年(令和7年)平均結果の概要」
- 総務省統計局「家計調査報告(貯蓄・負債編)-2025年(令和7年)平均結果の概要-(二人以上の世帯)」
- 厚生労働省「令和7(2025)年簡易生命表の概況」
- 厚生労働省年金局「令和6年度 厚生年金保険・国民年金事業の概況」
- 厚生労働省「2025(令和7)年 国民生活基礎調査の概況」
- 厚生労働省「令和8年度の年金額改定についてお知らせします」
