13. 積み立てを続けていても、老後の不安が消えない。年金で入る額と生活費の差から手元の資産が何年分にあたるかを数える考え方を解説

60歳代は、これまで積み上げてきた資産と、これから受け取る公的年金の両方を、初めて同じ紙の上に並べて見ることになる年代です。前半でみたように、公的年金だけで毎月の暮らしがそのまま賄えるとは限らず、足りない分は手元の資産から埋めていくことになります。実務でご相談を受けていて感じるのは、積み立てを続けてきた方ほど「もっと増やさなければ」という方向に考えが向かいやすく、いま持っているお金がこの先の何年分にあたるのかを数えたことがない、という方が多いということです。ご相談で最初にうかがうのも、いくら増やすかではなく、毎月いくら減っていくのか、という順番です。相談の場では次のような声を耳にします。

13.1 積み立ては何年も続けているのに、この先どれくらいもつのかが見えない

60歳代(ご相談者)
「会社員として働きながら、毎月少しずつ積み立てを続けています。税制の優遇がある制度と、運用を任せる形のものと、両方を使っています。ほかに保険と、銀行に置いたままの預貯金があります。何年か続けてきて、残高は少しずつ増えてはいるのですが、老後のことを考えると、これで足りるのかどうかがまったく分かりません。積立額をもっと増やしたほうがいいのか、いまのままでいいのかも判断できずにいます。そもそも、いま持っているお金がこの先どれくらいの期間もつものなのか、考えてみたことがありませんでした」

相談の場でも、積み立ては続けられているのに、それが何年分の暮らしにあたるのかは把握できていないという方に数多くお会いします。

13.2 【IFA・橋本 優理が回答】積立額を決める前に、減っていく速さを測る

橋本 優理

老後が近づくにつれ、資産形成に焦りを感じる方は少なくありません。
実際のご相談でも、「毎月無理をしてでも積み立てないと間に合わないのでは」とおっしゃる方もいます。
しかし、生活に影響を与えてまで積立投資をするのは避けなければなりません。
まずは冷静に、資金が必要になるまであと何年あるか、なににいくら必要かを書き出してみしょう。
優先順位をつけて資産を確保することで、漠然とした不安を解消できます。

13.3 ポイント1:毎月の積立額ではなく、資産全体に占める割合の偏りを見る

最初にしていただくのは、いま持っているものを区分ごとに書き出すことです。毎月積み立てている分だけを見ていると、増えているという感覚はあっても、それが全体のどれくらいを占めているのかが分かりません。書き出すのは、預貯金、投資信託などで積み立てている分、運用を任せる形で預けている分、保険で積み上がっている分という区分と、それぞれのおおよその割合です。金額の細かさよりも、割合の偏りのほうが判断に効きます。並べてみると、毎月の積み立てはたしかに続いているけれど、資産全体で見ると銀行に置いたままの部分が大きい、という形になっている方が少なくありません。この場合、積立額を増やすかどうかより先に、置いたままになっている部分の役目を決めるほうが効きます。逆に、値動きのある区分に大きく寄っている方であれば、増やす前に確かめておくことが別にあります。割合まで出しておくと、これから先の話をすべてこの表の上で進められるようになりますし、毎年同じ形で書き直していけば、偏りが直っているのかどうかも見て取れます。

13.4 ポイント2:取り崩す局面では、値動きの幅がそのまま減り方の差になる

次に確かめておきたいのが、積み上げている時期と、使っていく時期とでは、値動きの意味が変わるということです。積み立てている間は、価格が下がった時期があっても、その分だけ多くの口数を買えていることになりますから、長い目で見れば下がった時期があること自体は不利とは限りません。ところが、資産を取り崩して生活費に充てる時期に入ると、話が変わります。同じ金額を引き出すのに、価格が下がっているときほど多くの口数を手放すことになるからです。手放した分は、そのあと価格が戻っても戻ってきません。ご相談のなかで、投資信託を切り崩しながら暮らしていくのは思ったより難しい、と感じられる方が多いのは、この点があるためです。だからこそ、増える見込みの数字を見るときは、同じくらいの幅で下がることもあるという裏側を必ず一緒に見ていただきます。そのうえで、生活費に充てる予定のお金は、値動きの幅を引き受けない区分に置いておく。この切り分けができていれば、価格が下がった時期に、暮らしのために手放さなければならない事態を避けられます。

13.5 ポイント3:年金で入る額と毎月の生活費の差が、手元の資産で何年分になるかを数える

ここが、漠然とした不安を数字に置き換える作業です。まず、これから受け取る公的年金の見込みを確かめます。次に、いまの暮らしにかかっている費用を月あたりで出します。この二つの差が、毎月手元の資産から埋めていく額です。そして、いま持っている資産の合計を、その差額で割ります。出てくるのが、何年分にあたるかという数字、いわば手元のお金の寿命です。この数字が出ると、それまでの「足りるのだろうか」という問いが、「何歳ごろまで賄える計算になるのか」という問いに変わります。答えの出しようがなかった問いが、確かめられる問いになるということです。実際に数えてみると、思っていたよりもつと分かって安心される方もいれば、想定より短いと分かる方もいます。短いと分かった場合でも、打つ手は積立額を増やすことだけではありません。毎月の差額そのものを小さくする、働く期間を延ばす、年金を受け取り始める時期を後ろにずらすといった方向もあり、どれも同じ年数に効いてきます。どの手を選ぶにしても、まず何年分なのかという出発点の数字がなければ、効いたかどうかを確かめられません。

13.6 ポイント4:積立額を引き上げるより、いまの額で続けられることを優先し、資産ごとに役目を決める

最後が、では積立額をどうするか、という話です。年数が見えてくると、「もっと増やさなければ」と焦る必要のある方は、実はそれほど多くありません。毎月の積立額を無理に引き上げると、暮らしが窮屈になって続かなくなり、途中でやめてしまえば元も子もないからです。積み立ては、額の大きさよりも、続けられる期間のほうが結果に効きます。同じ額でも、置いておける期間が長いほど、増えた分がさらに増えていく働きが積み上がるためです。ですから、いまの額で続けられているのであれば、まずそれを崩さないことを優先していただくようにしています。そのうえで、資産ごとに役割を割り当てます。当面の暮らしを支えるためのお金、急な出費に備えて手をつけないお金、当面使う予定がなく増やし続けるお金と、役目を分けておく。役目が決まっていれば、値動きのある区分の残高が一時的に下がっても、そこは暮らしに使う部分ではないと分かっているので、慌てて手放さずに済みます。保険で積み上がっている分についても、いつ、どういう形で受け取れるものなのかを確かめておくと、この一枚のなかでの役目がはっきりします。

数えてみるまでは、資産がどれくらいもつのかという不安には形がありません。年金で入る額と暮らしにかかる額の差を出して割り算をするだけで、その不安は確かめられる年数に変わります。これは一つの考え方であり、受け取れる年金の額も、暮らしにかかる費用も、資産をどう配分するのが適しているかも、働いてきた形やご家族の状況によって異なります。まずは、いまの加入状況で受け取れる年金の見込みと、直近1年間の支出を月あたりに直した額を並べてみてください。そのうえで、資産ごとの役割の決め方や受け取り方の選択肢については、専門家にご自身の状況をあてはめて確認しながら進めることをおすすめします。

14. まとめにかえて

厚生年金の平均年金月額は〈全体〉15万289円、〈男性〉16万9967円、〈女性〉11万1413円で、国民年金は全体で5万9310円でした。一方、65歳以上・夫婦のみの無職世帯は実収入25万4395円に対して実支出29万6829円、単身世帯は13万1456円に対して16万1435円です。試算では、この差を手元の資産で割ると年数が1つに定まり、埋める額が変わるだけで年数が大きく動くことを確かめました。まずはねんきんネットで見込み額を確かめ、直近1年間の支出を月あたりに直した額と並べてみてください。

参考資料

橋本 優理