「年収600万円のはずなのに、なぜこんなに手取りが少ないのか」。給与明細や源泉徴収票を見て、額面と手取りの差に戸惑った経験がある方も少なくないはずです。
ネット上では「手取りは額面の75~85%」という目安がよく紹介されています。ですが、この目安がどこまで正確なのか、なぜ人によって当たったり外れたりするのか、根拠まで説明した情報は多くありません。
この記事では、年収と手取りがそもそもどう違うのか、何が差し引かれているのかという基本から、額面から手取りを逆算するときに見落としやすい境界線まで、公的機関の資料に基づいて整理します。
特に、初めて自分で手取りを計算しようとしている方や、転職・独立を考えて「額面いくらなら生活が回るか」を逆算したい方に向けて、社会保険料や税金の内訳を1つずつ確認していきます。
1. そもそも「年収」「所得」「手取り」は何が違うのか
手取りを正しく計算するには、まず似ている3つの言葉を区別しておく必要があります。この章では、それぞれの言葉が指す範囲を整理します。
1.1 「年収」は税金や社会保険料が引かれる前の総支給額
年収とは、1月から12月までの1年間に会社から支給された金額の合計で、税金や社会保険料が差し引かれる前の「額面」を指します。基本給のほか、残業代・賞与・住宅手当などの各種手当も含まれます。
自分の年収を正確に確認したい場合は、勤務先から発行される源泉徴収票の「支払金額」欄を見るのが最も確実です。
一方「所得」は、年収から「給与所得控除」という一定の金額を差し引いた後の金額を指し、税金の計算のベースになります。給与所得控除は年収に応じて金額が変わる仕組みで、詳しくは後の章で扱います。
そして「手取り」は、額面の年収から社会保険料と税金を実際に差し引いた後、自分の口座に振り込まれる金額です。年収を基準にした「103万円の壁」「130万円の壁」といった言葉もよく使われますが、それぞれの壁が税金・社会保険どちらの制度の話なのかは、103万・130万など他の「年収の壁」との違い・比較一覧で詳しく整理しています。
年収・所得・手取りは、同じ1つの給与から見た「引き算の段階」が違うだけの言葉だとわかります。
2. 手取りを計算するには何を差し引けばいいか
年収から手取りを求めるには、大きく分けて6つの項目を差し引きます。ここでは、それぞれが何のための費用なのかを確認します。
2.1 差し引かれる6項目の内訳
社会保険料は、健康保険料・厚生年金保険料・雇用保険料・子ども子育て支援金の4種類です(40歳以上は介護保険料も加わります)。これらは年収に一定の料率を掛けて計算されます。厚生年金と国民年金では保険料の仕組み自体が異なり、違いは国民年金と厚生年金の違いで解説しています。
税金は、所得税と住民税の2種類です。いずれも年収から給与所得控除と各種控除を差し引いた「課税所得」に税率を掛けて計算します。
つまり、手取り=年収-(社会保険料+所得税+住民税)という式になります。次の章からは、この式のどこに見落としやすいポイントがあるかを見ていきます。
3. 「年収に含む・含まない」の境界線は、税金と社会保険で違う
年収に何を含めるかを考えるとき、多くの解説では「通勤手当は年収に含まれない」と説明されます。ですが、この説明は所得税に限った話で、社会保険料の計算では事情が異なります。
3.1 通勤手当は所得税では非課税、社会保険料では"報酬"に算入される
国税庁のタックスアンサーによると、電車やバスのみを利用する通勤手当は、最も経済的かつ合理的な経路・方法で通勤した場合、1か月あたり15万円までは所得税がかかりません。この非課税の範囲内であれば、通勤手当は税金上の「年収(給与所得の対象)」には含まれません。
ところが日本年金機構は、厚生年金保険の「報酬」に含まれるものとして「基本給のほか、能率給、奨励給、役付手当、職階手当、特別勤務手当、勤務地手当、物価手当、日直手当、宿直手当、家族手当、休職手当、通勤手当、住宅手当、別居手当、早出残業手当、継続支給する見舞金等」を挙げています。
さらに標準報酬月額に関するQ&Aでは、事業所の給与規定に基づく通勤手当について「労務の対償として受けるものであると認められ、標準報酬月額の対象となる報酬に含まれます」と明記しています。社会保険料を計算する土台となる標準報酬月額には、所得税では非課税のはずの通勤手当がそのまま算入される仕組みです。
つまり「年収に含まれるかどうか」は、所得税と社会保険という2つの制度で別々に判定されており、同じ通勤手当でも扱いが割れています。住宅手当や家族手当のように、両方の制度でそろって対象に含まれる手当もあり、通勤手当はやや例外的な位置づけといえます。
3.2 【主な手当の税金・社会保険料上の扱い】
所得税での扱い
- 通勤手当(非課税限度額内):含まれない
- 住宅手当:含まれる
- 家族手当:含まれる
社会保険料での扱い
- 通勤手当(非課税限度額内):含まれる
- 住宅手当:含まれる
- 家族手当:含まれる
4. 【編集者の視点】
「通勤手当は年収に含まれない」という説明だけを覚えていると、社会保険料の計算でつまずくことがあります。転職時に提出する報酬月額算定基礎届のような書類では、通勤手当も含めた金額を申告する必要があるためです。
特に、在宅勤務と出社を組み合わせたハイブリッド勤務が増えている今、通勤手当の支給方法(月額固定か実費精算か)によって、標準報酬月額の計算がどう変わるかを、経理担当者や社会保険労務士に確認しておくと安心です。
「非課税だから関係ない」と思い込まず、給与明細の通勤手当の欄が、標準報酬月額の通知書でどう扱われているかを一度照らし合わせてみることをおすすめします。
5. 「額面の75~85%」という目安は、なぜ年収によって当たり外れがあるのか
手取りの目安としてよく紹介される「額面の75~85%」という数字は、公的機関が公表した基準ではなく、民間サイトが実例から導いた経験則です。この章では、なぜこの目安に幅があり、年収が上がるとどうズレていくのかを、実際の料率で試算して確かめます。
5.1 社会保険料は上がりにくく、税金は上がりやすい
手取りから引かれる社会保険料と税金は、年収に対する動き方が正反対です。社会保険料の保険料率はほぼ一定な上、厚生年金保険料には標準報酬月額65万円という上限があるため、年収が上がるほど年収に占める割合はゆるやかに下がっていきます。
一方で所得税は、課税所得が上がるほど税率も上がる累進課税です。年収が上がるほど、年収に占める所得税の割合は加速度的に上がっていきます。
編集部で、東京23区在住・40歳未満・独身・扶養家族なしという条件で、年収300万円・600万円・900万円の3パターンについて、社会保険料・所得税・住民税がそれぞれ年収の何%にあたるかを試算しました。
年収300万・600万・900万円の内訳シェア(編集部試算)2/2
出所:全国健康保険協会「東京支部の令和8年度保険料率」、日本年金機構「厚生年金保険料額表(令和8年度版)」、国税庁「No.1410 給与所得控除」などを基にLIMO編集部試算
5.2 【年収300万・600万・900万円の内訳シェア(編集部試算)】
年収300万円の場合
- 年収:300万円
- 社会保険料:約14.7%
- 所得税:約0.9%
- 住民税:約4.0%
- 手取り:約80.4%
年収600万円の場合
- 年収:600万円
- 社会保険料:約14.7%
- 所得税:約2.5%
- 住民税:約5.2%
- 手取り:約77.7%
年収900万円の場合
- 年収:900万円
- 社会保険料:約13.5%
- 所得税:約7.0%
- 住民税:約6.1%
- 手取り:約73.5%
6. 【編集者の視点】
「額面の75~85%」という目安が崩れ始めるのが、まさに年収900万円前後です。試算の通り、手取り率は約73.5%まで下がり、下限の75%を下回っています。
これは所得税が5%・10%・20%と段階的に税率を上げていく累進課税の性質によるものです。年収が上がるほど、増えた分の収入に対しては、より高い税率がかかる仕組みになっています。
逆に年収300万円前後では、社会保険料の負担感の方が大きく、税金はまだそれほど重くありません。「手取りは額面の8割」という感覚は、実はこの年収帯を前提にした目安だとわかります。
自分の年収がどのゾーンに位置するかによって、増えた収入のうちどれだけ手取りに残るかは大きく変わります。昇給や転職で年収アップを検討する際は、一律の比率ではなく、自分の年収帯での「増加分に対する実効負担率」を確認することをおすすめします。
7. 「年収」で判定される制度と「手取り」で考えるべき家計、記入欄を間違えると起きること
ここまで見てきた通り、年収と手取りにはこれだけの差があります。最後に、この差を見落とすとどこで実務上の失敗が起きやすいかを整理します。
7.1 行政の制度は「所得」「年収」ベースで判定される
保育料の階層区分や高額療養費の自己負担上限、住宅ローン控除の適用判定といった制度の多くは、手取りではなく「所得」や「収入」を基準に判定されます。手取りが少ないからといって、これらの制度上は「低所得」として扱われるとは限りません。
住宅ローンの審査で使われる「年収」も同様です。金融機関は源泉徴収票の支払金額(額面年収)をもとに返済負担率を計算するため、審査上の年収と、実際に住宅ローンを返済していく手取りベースの家計は、別の物差しで見る必要があります。
家計簿アプリやライフプランの相談で「年収」を尋ねられた際に、手取り額を書き込んでしまうと、逆に貯蓄率や生活費の余力を実態より低く見積もってしまいます。反対に、生活設計そのものは、実際に使える手取りを基準に組み立てないと、返済や積立の計画が崩れやすくなります。
8. 【編集者の視点】
年収を尋ねる書類やアプリでは、どちらの数字を答えるべきかが意外とわかりにくいものです。迷ったときは、源泉徴収票の「支払金額」欄の数字が「年収」だと覚えておくと、記入を間違えにくくなります。
一方で、毎月の生活費やNISA・iDeCoへの積立額を決める場面では、年収ではなく手取りを基準にする必要があります。額面年収をベースに固定費や住宅ローンの返済額を決めてしまうと、税金や社会保険料の負担が想定より重い年に家計が赤字化するリスクがあります。
特に年収が上がるタイミング(昇進・転職)では、額面の伸びほど手取りが伸びない、という感覚のズレが起きやすい時期です。この記事で紹介した内訳の考え方を踏まえ、増えた年収のうちどれだけが実際に使えるお金になるのかを、その都度確認する習慣をつけておくと安心です。
※本記事は、編集部が国税庁・日本年金機構・全国健康保険協会・厚生労働省が公表する公式の最新一次資料を直接確認の上、執筆・検証しています。
9. まとめ
- 年収は税金・社会保険料が引かれる前の額面で、源泉徴収票の「支払金額」欄で確認できます。
- 手取りを求めるには、社会保険料(健康保険・厚生年金・雇用保険・子ども子育て支援金)と、所得税・住民税を差し引きます。
- 通勤手当は所得税では非課税でも、社会保険料の計算では報酬に含まれるなど、「年収に含む・含まない」の境界線は制度によって異なります。
- 「額面の75~85%」という目安は、年収900万円前後になると下限の75%を下回り始めます。社会保険料の負担割合はゆるやかに下がる一方、所得税の負担割合は累進課税により急激に上がるためです。
- 児童手当や住宅ローン審査など、行政・金融機関の制度は「年収」ベースで判定される一方、実際の生活設計は「手取り」ベースで考える必要があります。
年収と手取りの差は、単なる「引かれる金額」ではなく、社会保険料と税金という性質の異なる2種類の負担が組み合わさって生まれています。どちらがどれだけ効いているかを知っておくと、昇給や転職で年収が変わったときに、手取りがどう動くかを見通しやすくなります。
自分の具体的な年収での手取り額を知りたい場合は、給与明細や源泉徴収票に記載された実際の控除額を確認するか、勤務先の年末調整の書類とあわせて、社会保険料率や税率の一次資料を確認することをおすすめします。
10. よくある質問
10.1 Q. 手取りは額面の何%になりますか?
A. 東京23区在住・独身・扶養家族なしという条件での編集部試算では、年収300万円で約80.4%、年収600万円で約77.7%、年収900万円で約73.5%でした。年収や家族構成、住んでいる地域によって変わるため、あくまで目安として捉える必要があります。
10.2 Q. 通勤手当は年収に含まれますか?
A. 所得税の計算では、電車・バス通勤の場合1か月あたり15万円までの通勤手当は非課税のため、税金上の「年収」には含まれません。ただし社会保険料の計算では、通勤手当は標準報酬月額の対象となる「報酬」に含まれます。
10.3 Q. ボーナス(賞与)がある場合、年収と手取りの計算はどう変わりますか?
A. 賞与にも社会保険料や所得税がかかりますが、月々の給与とは別の基準で計算されます。厚生年金保険料・健康保険料には賞与ごとに上限額が設定されているため、賞与額が大きいほど、月給に単純に按分した場合より社会保険料の負担割合が下がる傾向があります。
10.4 Q. 手取りから年収を逆算するには、どうすればいいですか?
A. 手取り月額から、社会保険料率・所得税・住民税の計算式を使って額面を逆算します。具体的な手取り額から年収を求める計算は、手取り額の帯ごとに、より詳しい試算を扱った記事で確認できます。
参考資料
- 国税庁「No.2582 電車・バス通勤者の通勤手当」(令和8年4月1日現在法令等)
- 日本年金機構「標準報酬月額の対象となる報酬に、通勤手当は含まれるのですか。」
- 日本年金機構「厚生年金保険の保険料」
- 全国健康保険協会「東京支部の令和8年度保険料率」
- 全国健康保険協会「子ども・子育て支援金について」(令和8年度)
- 日本年金機構「厚生年金保険料額表(令和8年度版)」
- 厚生労働省「令和8年度雇用保険料率」
- 国税庁「No.1410 給与所得控除」
- 国税庁「No.1199 基礎控除」
- 国税庁「源泉所得税の改正のあらまし 令和8年4月」(基礎控除額の令和8年4月改正)
- 東京都主税局「個人住民税」
LIMO編集部年収解説班
