「国民健康保険と、会社員が入る健康保険(社会保険)は何が違うのか」——退職や独立を考えるタイミングで、この疑問を持つ人は少なくありません。

保険料や扶養の違いはよく知られていますが、この記事では、あまり知られていない「傷病手当金・出産手当金」という現金給付の違いに焦点を当てます。国民健康保険法や協会けんぽの公式情報にもとづき整理します。退職や独立というライフイベントを控えている人ほど、判断材料として押さえておきたい内容です。

1. 国民健康保険と社会保険(健康保険)の基本的な違い

まず基本を確認します。国民健康保険は自営業者やフリーランス、無職の人などが加入する制度で、会社員が加入する健康保険(協会けんぽ・健康保険組合)とは別の制度です。どちらも医療費の一部を保険がまかなう仕組みである点は共通していますが、運営主体・保険料の決まり方・受けられる給付には、細かな違いがいくつもあります。この違いを一つずつ整理していきます。

1.1 加入対象と保険料負担の違い

健康保険は勤務先を通じて加入し、保険料は会社と折半で負担します。国民健康保険は市区町村や国民健康保険組合が運営し、保険料は加入者が全額負担します。この保険料の負担構造の違いが、国民健康保険料が高く感じられる大きな理由の一つになっています。会社員から独立した人ほど、この変化を実感しやすいポイントです。給与明細を見なくなった分、保険料の重みに気づきにくくなる面もあります。

扶養という考え方があるかどうかも異なり、健康保険では扶養家族の保険料負担が発生しませんが、国民健康保険には扶養の概念がなく、加入者全員に保険料がかかります。同じ世帯であっても、国民健康保険では家族の人数分だけ保険料が加算されていく仕組みになっている点は、健康保険との大きな違いです。子どもが多い世帯ほど、この違いによる負担差を実感しやすくなります。

加入する保険が変わるタイミングも重要です。退職して独立する、あるいは独立していた人が就職するといった、働き方の変化があったときに、加入する保険も切り替わります。切り替えの手続きを怠ると、医療機関の窓口で保険証を提示できなくなることもあるため、注意が必要です。手続きの期限や必要書類は自治体・勤務先によって異なるため、早めに確認しておくと安心です。

齊藤 慧
保険料や扶養の違いは比較的知られていますが、実は現金給付の面でも、両者には大きな違いがあります。退職や独立を考える人ほど見落としがちなポイントなので、次の章で具体的に確認していきましょう。名前は同じでも中身は別物、という点が今回のポイントです。

2. 【見落とされがちな違い】傷病手当金・出産手当金は、国保では「出ないのが普通」

ここが最も見落とされやすいポイントです。健康保険では、傷病手当金・出産手当金は必ず支給される「法定給付」です。これに対して国民健康保険では、傷病手当金は支給するかどうかを市区町村が選べる「任意給付」という位置づけにとどまり、出産手当金にいたっては、そもそも制度として想定されていません。

2.1 国民健康保険法第58条が定める給付の範囲

e-Gov法令検索で確認できる国民健康保険法第58条第1項には、出産に関する給付として「出産育児一時金の支給又は葬祭費の支給若しくは葬祭の給付」を行うものとする、と定められています。出産に関して名指しされているのは出産育児一時金であり、「出産手当金」という語はここには登場しません。

同条第2項には、「市町村及び組合は、(前項の)保険給付のほか、条例又は規約の定めるところにより、傷病手当金の支給その他の保険給付を行うことができる」とあります。任意給付として名指しされているのは傷病手当金のみで、「行うことができる」という表現の通り、実施するかどうかは市区町村や国民健康保険組合の判断に委ねられています。

これに対して、健康保険では傷病手当金・出産手当金は要件を満たせば必ず支給される給付です。同じ「傷病手当金」という名前の制度でも、健康保険では権利として保障されているのに対し、国民健康保険では自治体の裁量に委ねられているという、根本的な位置づけの違いがあります。この違いは、条文を実際に確認しない限り気づきにくいものです。

「任意給付」という言葉自体、普段あまり耳にしない専門用語ですが、要するに「法律上は用意されているが、実施するかどうかは各保険者の判断次第」という意味です。同じ国民健康保険という名前の制度であっても、自治体によって受けられる傷病手当金の有無が変わり得るという点は、意外と知られていません。引っ越しをきっかけに加入する自治体が変われば、給付の内容も変わる可能性がある、ということでもあります。

  • 健康保険(協会けんぽ・健康保険組合):傷病手当金・出産手当金ともに法定給付(要件を満たせば必ず支給)
  • 国民健康保険:傷病手当金は任意給付(市区町村・組合の判断による)、出産手当金は任意給付(条文上の「その他の給付」に含まれるが、実務上の支給例は原則なし)

2.2 実際に支給している市区町村は限られる

前提条件:国民健康保険法第58条、健康保険法の規定に基づく比較1/2

前提条件:国民健康保険法第58条、健康保険法の規定に基づく比較

出典:e-Gov法令検索「国民健康保険法」第58条

任意給付とされていることから、平時(新型コロナウイルス感染症のような特例期間を除く)に恒常的な傷病手当金を実施している市区町村は限られています。出産手当金については、そもそも制度として想定されていないため、実施している市区町村もほとんどありません。

令和2年からの新型コロナウイルス感染症流行時には、多くの自治体が期間限定の特例として傷病手当金を支給しましたが、これはあくまで感染症対応としての臨時措置であり、平時からの恒常的な制度として広く定着しているわけではありません。感染症の流行状況によって特例が設けられることはあっても、それが常設の制度になるとは限らない、という点は覚えておく必要があります。

3. 【編集者の視点】

「国保にも傷病手当金がある」という情報だけを見て、退職後や自営業の収入が途絶えたときの備えとして当てにしてしまうのは危険です。

実際に自分の自治体で実施されているかどうかは別問題であり、思い込みで安心せず、事前に確認しておく必要があります。

4. 高額療養費・出産育児一時金は、国保にも「共通してある」給付

ここまで「国保には無い給付」を中心に見てきましたが、逆に、国民健康保険と健康保険で共通してある給付も確認しておきます。両者の違いを正しく理解するには、この共通点もあわせて押さえておく必要があります。

4.1 高額療養費は国保にも健康保険にもある

1か月(暦月ごと)に支払った医療費の一部負担金が自己負担限度額を超えた場合に払い戻される「高額療養費」は、国民健康保険にも健康保険にも共通してある給付です。所得区分ごとの自己負担限度額の考え方は、加入している保険の種類によって多少異なりますが、制度の基本的な仕組み自体は共通しています。加入している保険が変わっても、この安心材料自体は失われません。

医療費が高額になった際の払い戻しという点では、国保でも健康保険でも安心して医療を受けられる仕組みが用意されていることになります。この点は、傷病手当金・出産手当金のような「収入の補填」とは違い、「かかった医療費そのものの負担軽減」という性格の給付です。

4.2 出産育児一時金も共通、金額は50万円

江東区の公式情報によると、国民健康保険の出産育児一時金は、出生児1人につき50万円です(令和5年3月以前の出産は42万円)。妊娠85日以上であれば死産・流産の場合でも支給の対象になります(ただし、妊娠22週未満の死産・流産や、産科医療補償制度に未加入の医療機関での出産の場合は48.8万円となります)。

ただし、退職後6か月以内の出産で、以前加入していた健康保険などから同様の給付を既に受けている場合は、国民健康保険からは支給されません。この出産育児一時金は、健康保険にも共通してある給付で、金額の水準もほぼ同じです。

つまり、傷病手当金・出産手当金という「働けない間の収入を補う現金給付」は健康保険だけの特徴である一方、高額療養費・出産育児一時金という「かかった費用そのものを補う給付」は、国保・健康保険のどちらでも共通して受けられます。この違いを整理しておくと、両者の制度比較がより正確になります。

5. 健康保険の傷病手当金・出産手当金、具体的な中身

比較の前提として、健康保険側の傷病手当金・出産手当金の具体的な支給要件を確認しておきます。

5.1 傷病手当金:4条件を満たせば1年6か月支給される

全国健康保険協会(協会けんぽ)の公式情報によると、傷病手当金の支給要件は、業務外の病気やケガで療養中であること、療養のための労務不能であること、4日以上仕事を休んでいること(最初の3日間は待期期間)、給与の支払いがないことの4条件です。

支給期間は、同一の傷病について支給を開始した日から通算して1年6か月です。厚生労働省の公式情報によると、令和4年1月1日から支給期間が「通算化」され、支給期間中に途中で就労するなどして傷病手当金が支給されない期間がある場合、支給開始日から1年6か月を超えても繰り越して支給を受けられるようになりました。

試しに復職し、難しければまた休むという段階的な復帰をしても、受給できる権利が目減りしにくい仕組みです。

1日あたりの支給額は、支給開始日以前12か月間の標準報酬月額を平均した額を30日で割り、その3分の2にあたる金額です。

5.2 出産手当金:出産前42日から出産後56日まで

協会けんぽの公式情報によると、出産手当金は、出産の日(実際の出産が予定日後のときは出産予定日)以前42日(多胎妊娠の場合98日)から、出産の翌日以後56日目までの範囲内で、会社を休んだ期間が対象です。出産が予定日より遅れた場合は、その遅れた期間も支給対象に含まれます。

支給額の計算式は傷病手当金と同じく、標準報酬月額の平均を30日で割った額の3分の2です。産前産後の休業期間中、給与の支払いがない場合の生活を支える仕組みとして設計されています。

5.3 健康保険の傷病手当金・出産手当金の支給要件

前提条件:全国健康保険協会(協会けんぽ)の公式情報に基づく2/2

前提条件:全国健康保険協会(協会けんぽ)の公式情報に基づく

出所:全国健康保険協会「病気やケガで会社を休んだとき(傷病手当金)」「出産手当金」

  • 傷病手当金:支給開始日から通算1年6か月
  • 出産手当金:出産前42日(多胎妊娠の場合98日)から出産後56日まで
齊藤 慧
1年6か月という支給期間の長さを見ると、健康保険の傷病手当金がいかに手厚い制度か実感できます。国民健康保険にはこの安全網が基本的に無いという前提で、自分なりの備えを考えておく必要があります。特に自営業に切り替えたばかりの人ほど、この差に気づきにくいものです。

6. 【編集者の視点】

健康保険の傷病手当金は「本人の給与補填」という性格が強い一方、国民健康保険は自営業者や高齢者など、そもそも給与という概念がない人も多く加入しています。

この制度設計の違いが、そのまま任意給付という位置づけにつながっていると考えると、単なる「保障が薄い」という話ではなく、加入者の働き方の違いを反映した結果だと理解できます。

7. 退職・独立時に知っておきたい防衛策

最後に、この違いを踏まえてどう備えればよいかを整理します。

7.1 自営業者・フリーランスは民間の保険等で備える選択肢がある

国民健康保険には傷病手当金に相当する恒常的な保障が基本的に無いため、自営業者やフリーランスとして働く人は、病気やケガで働けなくなったときの収入減少に、公的制度以外の方法で備える必要があります。就業不能保険や所得補償保険など、民間の保険商品でこうしたリスクに備える選択肢があることは知っておくとよいでしょう。

会社員であれば当たり前に受けられる保障が、独立した瞬間に無くなるという事実は、独立前には意外と意識されにくいものです。独立を考えている段階から、収入が途絶えた場合の生活防衛資金や、民間保険の必要性について検討しておくことをおすすめします。

7.2 退職直後は「任意継続」という選択肢も検討する

会社を退職した直後は、それまで加入していた健康保険に最長2年間そのまま加入し続けられる「任意継続」という制度があります。国民健康保険料が高く感じる理由や、任意継続との比較については、こちらの記事で詳しく解説しています。傷病手当金・出産手当金の有無も含めて、退職直後にどちらを選ぶかを検討する材料にしてください。

協会けんぽの公式情報によると、退職後も出産手当金の支給を受けられるのは、退職前の被保険者期間が継続して1年以上あり、かつ資格喪失前に既に出産手当金を受けている状態にある場合に限られます。退職のタイミングによっては、この要件を満たさず、退職と同時に給付が終了するケースもあるため、注意が必要です。

齊藤 慧
保険料の違いばかりに目が行きがちですが、いざというときの現金給付の有無も、長い目で見れば大きな差になります。国民健康保険料が高く感じる背景については、こちらの記事もあわせてご確認ください。制度の違いを総合的に見て判断することをおすすめします。

※本記事は、編集部がe-Gov法令検索・全国健康保険協会が公表する公式の最新一次資料を直接確認の上、執筆・検証しています。

8. まとめ

  • 健康保険では傷病手当金・出産手当金は要件を満たせば必ず支給される「法定給付」です
  • 国民健康保険では、傷病手当金は市区町村・組合の判断による「任意給付」で実施している自治体は限られ、出産手当金は制度自体が想定されていません
  • 自営業者やフリーランスは、公的制度以外の方法で働けなくなったときの備えを検討する必要があります

「国保にも傷病手当金がある」という情報だけを鵜呑みにせず、自分の自治体が実際に実施しているかどうかを確認することが、いざというときの備えの第一歩です。名前が同じだからといって、中身まで同じとは限りません。

退職・独立を検討している人は、保険料の違いだけでなく、こうした現金給付の有無まで含めて、健康保険の任意継続と国民健康保険のどちらを選ぶかを判断することをおすすめします。目先の保険料の安さだけで選んでしまうと、いざというときの保障の差に後から気づくことにもなりかねません。

9. よくある質問

9.1 Q. 国民健康保険と健康保険(社会保険)の違いは何ですか。

A. 加入対象、保険料負担(労使折半の有無)、扶養の有無に加え、傷病手当金・出産手当金という現金給付の位置づけが異なります。

9.2 Q. 国民健康保険にも傷病手当金はありますか。

A. 国民健康保険法第58条により、市区町村・組合の判断で支給できる「任意給付」として位置づけられていますが、平時に恒常的に実施している自治体は限られます。

9.3 Q. 国民健康保険にも出産手当金はありますか。

A. 国民健康保険法上、出産に関して名指しされている給付は出産育児一時金のみで、出産手当金という制度は基本的に想定されていません。

9.4 Q. 健康保険の傷病手当金はどのくらいの期間支給されますか。

A. 同一の傷病について、支給を開始した日から通算して1年6か月です。

9.5 Q. 出産手当金はいつからいつまで支給されますか。

A. 出産の日(予定日後の出産の場合は出産予定日)以前42日(多胎妊娠の場合98日)から、出産の翌日以後56日目までです。

9.6 Q. 国民健康保険の加入者は病気やケガで働けなくなったとき、収入の補償はありませんか。

A. 恒常的な公的給付は基本的にありません。就業不能保険や所得補償保険など、民間の保険商品で備える選択肢があります。

9.7 Q. 新型コロナウイルス感染症のときは国保でも傷病手当金が出ましたか。

A. 多くの自治体が期間限定の特例として支給しましたが、これは感染症対応としての臨時措置であり、平時から恒常的に実施されている制度ではありません。

9.8 Q. 退職後、国民健康保険と健康保険の任意継続、どちらを選べばよいですか。

A. 保険料の比較に加えて、傷病手当金・出産手当金の有無も判断材料になります。ご自身の状況に応じて比較検討することをおすすめします。

参考資料

齊藤 慧