4. 2026年、年金はプラス改定でも介護保険の負担は増加 ― シニア家計を襲うダブルパンチ
2026年度(令和8年度)の公的年金額改定では、国民年金(基礎年金)が前年度比1.9%、厚生年金が2.0%引き上げられました。日本年金機構によると、これは物価変動率(+3.2%)と名目手取り賃金変動率(+2.1%)のうち低いほうの賃金変動率をベースに、給付水準を抑制する「マクロ経済スライド」による調整(国民年金−0.2%、厚生年金−0.1%)を反映した数値です。
物価上昇そのもの(+3.2%)には届かない改定率のため、額面は増えても実質的な購買力は目減りしている点に注意が必要です。
これに加え、2026年8月からは介護保険施設を利用する低所得層の負担が増えています。厚生労働省の見直しにより、住民税非課税世帯のうち年金収入等が年120万円を超える「第3段階②」の区分では、食費の負担限度額が日額1360円から1420円(1日あたり60円増)に引き上げられました。
さらにユニット型個室の居住費についても、日額1370円から1470円(1日あたり100円増)に引き上げられています。
この区分でユニット型個室を利用している場合、食費と居住費を合わせて1日あたり160円、月換算で約4800円、年間では約5万8000円もの負担増となる計算です。年金の範囲内で支払えず貯蓄を切り崩して暮らす高齢世帯にとって、これは決して小さくない打撃です。
4.1 年金制度をめぐる動き
一方で、在職老齢年金制度の「支給停止調整額」は、「令和7年年金制度改正法」により、2026年度(令和8年度)から月51万円から月65万円へと大きく引き上げられました。
これは毎年の自動改定とは異なる制度改正であり、働きながら年金を受け取りやすくする狙いがあります。もっとも裏を返せば、「定年後も働き続けなければ、増大する生活費や介護費用を賄いにくい」というシニアの就労・資産維持の現実を映し出しているとも言えます。
低所得者を支援する「年金生活者支援給付金」については、2026年4月から老齢年金生活者支援給付金の基準額が月額5450円から5620円(170円増)に引き上げられました。
ただし、このわずかな給付増を考慮しても、今後さらに高齢化が進み、85歳以上の人口が急増する2040年に向けて介護費用や保険料の上昇は避けられない見通しです。社会保障審議会介護保険部会では、負担能力に応じた自己負担2割・3割の対象者拡大についても議論が本格化しており、公的な社会保障だけに頼る生活設計にはリスクが伴います。
5. 「認知症保険」と「家族信託」で作る資金の防衛線
こうした制度改正による負担増が進む中、頼りになるのが民間の「認知症保険」です。ただし商品によって「どのタイミングでお金が支払われるか」という給付条件が大きく異なるため、比較には注意が必要です。
- 診断給付型:医師による認知症の診断確定のみで給付。軽度認知障害(MCI)の段階でも特約により一時金を受け取れる商品もあり、早期対応や環境整備に使いやすい。その分、保険料はやや割高な傾向(60歳男性・一時金100万円で月額2500〜3000円台が目安)。
- 要介護連動型:診断に加えて公的介護保険の「要介護1以上」などの認定が必要。実際の介護費用が発生し始めるタイミングに資金を合わせやすく、保険料は比較的割安(同条件で月額1500〜2000円台が目安)。ただし認知症と診断されても体が元気で要介護認定が下りなければ、給付金が一切支払われない「条件の壁」がある。
上記の2パターンのほか、「症状が一定期間継続することを条件とした治療給付金」を備えた商品もあり、免責期間(契約から給付対象になるまでの待機期間)は商品によって90日〜2年程度とまちまちです。契約前に、給付条件と免責期間をセットで確認しておく必要があります。
加入の要否を考えるうえでは、年齢とともに上昇する有病率も判断材料になります。厚生労働省の調査によると、認知症の有病率は70代前半で男性3.4%・女性3.8%であるのに対し、80代後半では男性35.6%・女性48.5%まで上昇します。長生きするほど「自分や家族の問題」になりやすいリスクだと言えます。
一つの目安として、介護に充てられる預貯金が500万円以上あれば民間保険の必要性は相対的に低く、逆に預貯金が500万円未満だったり、不動産など換価に時間がかかる資産が中心だったりする場合は、資産凍結時の対策として認知症保険の検討価値が高まるとされています。
認知症の初期段階では、脳の認知機能は低下していても身体は元気で歩き回れる、という状態がよく起こります。この場合、日常生活には多大なサポートが必要であるにもかかわらず、公的な要介護認定は低く判定される、あるいは非該当となるケースが少なくありません。「家族がこれだけ苦労しているのに、要介護認定が出ないため民間保険から給付金が一切支払われない」というミスマッチが起こり得る点は、加入前に必ず確認しておきたいポイントです。
もう一つ見落とされがちなのが、親が認知症などで意思能力を失うと、本人が保険金・給付金を請求できなくなる問題です。そこで活用したいのが「指定代理請求特約」です。被保険者本人が請求できない所定の事情が生じた場合に、あらかじめ指定した代理人(子どもや配偶者など)が代わって請求できる特約で、公益財団法人生命保険文化センターによれば、この特約自体の保険料は不要です。
ただし、対象となる給付や指定できる代理人の範囲は保険会社・商品によって異なります。古い保険では特約が付いていなかったり、指定代理請求人の変更が必要だったりするケースもあるため、親が元気なうちに保険証券を確認しておきましょう。
一方、保険金を確保しても、親名義の預貯金や実家の管理・処分には別の問題が残ります。そこで検討したいのが、親が十分な判断能力を持つうちに、一定の財産を子ども(受託者)に託して管理・処分してもらう「家族信託(民事信託)」です。
信託契約で適切に準備しておけば、親が認知症になった後も、契約で定めた範囲内で、実家の売却や信託財産からの介護費用の支払いなどが可能になります。
ただし、家族信託はあくまで財産管理の仕組みで、施設への入所契約や入院手続きなど、身上保護に関する法律行為まで当然に任せられるわけではありません。必要に応じて、身上保護も対象にできる任意後見制度との併用を検討するとよいでしょう。
6. 元気な「今」だからこそ親子で始めるマネープラン
認知症の診断が下り、本人が意思能力を失った後では、認知症保険への新規加入も、家族信託の契約も、指定代理請求人の変更手続きも、原則としてできなくなります。
そうなれば、高額な成年後見制度を利用するか、子ども世代が費用を立て替えるかという選択を迫られかねません。
まずは、親が加入している保険証券をすべて確認し、指定代理請求特約の有無と代理人の設定を確認すること。次に、親自身の年金や貯蓄でどこまで賄えるか、足りない場合に家族としてどこまで支援できるかを率直に話し合うこと。
そして、実家の売却や預貯金管理が将来必要になる可能性を見据え、家族信託の活用について司法書士や行政書士など専門家に相談することです。
こうした話は、法規制や個々の家庭の事情によって最適な選択肢が異なります。実際に制度を利用する際は、必ず社会保険労務士や司法書士など専門家、および所管省庁の最新情報を確認したうえで判断してください。お金の準備と「お金を動かす仕組み」をセットで整えておくことが、家族に負担をかけず穏やかなシニアライフを守るための土台になります。
7. 筆者から、おわりにかえて
母の介護が始まったごく初期の頃、万が一の徘徊やトラブルに備えて民間のホームセキュリティを導入しようとしたところ、契約自体を断られた経験があります。
その時に気づかされたのは、便利な高齢者向けサービスや見守りシステムの中には、本人の判断能力がしっかりしていることが契約の前提条件になっているものが少なくないという現実でした。
認知機能の低下で適切な操作が難しいと見なされると、家族がどれだけ使いたいと願っても契約段階で断られてしまうことがあります。
社会保障審議会介護保険部会では自己負担2割の対象者拡大についても複数案が示され、2027年度からの実施が視野に入っているとされます。
制度面でも生活面でも「本格化してから備えればいい」という考え方は通用しにくくなっています。
判断能力がある健康なうちにこそ、保険の確認やホームセキュリティ、家族信託の仕組みを先回りして整えておくことが、親の自立と家族の安心を支える鍵になると感じています。
参考資料
- 生命保険文化センター「2024(令和6)年度 生命保険に関する全国実態調査」
- 生命保険文化センター「介護にはどれくらい費用がかかる?」
- 総務省統計局「家計調査報告(貯蓄・負債編)-2025年(令和7年)平均結果-(二人以上の世帯)」
- LIFULL 介護「生涯で介護に必要な金額はおよそ2,300万円」(2026年6月)
- 日本年金機構「令和8年4月分からの年金額等について」
- 日本年金機構「在職老齢年金制度が改正されました」
- 厚生労働省「介護保険最新情報Vol.1506」(補足給付の基準費用額見直し、令和8年5月29日)
- 東京家庭裁判所立川支部「成年後見人等の報酬額のめやす」
- 最高裁判所「成年後見関係事件の概況(令和7年1月〜12月)」
- 法務省「民法等の一部を改正する法律(令和8年法律第45号)について」
- 生命保険文化センター「指定代理請求制度って、どんな制度なの?」
- ほけんのコスパ「70代に認知症保険は必要か?『資産凍結リスク』と『損益分岐点』で判断する賢い選び方」
- ほけんのコスパ「認知症保険は必要ない?後悔しないための判断基準と備え方を保険のプロが解説」
