夏の帰省シーズンが名残惜しく過ぎ去り、離れて暮らす親の物忘れの多さに「あれ?」と胸騒ぎを覚えた方もいるのではないでしょうか。
親が実際に認知症と診断された際、多くの家族がまず直面するのが、金融機関による預貯金口座の「凍結」です。生活費や介護費用がまとまって必要になっても、実の子どもであっても親の口座からお金を引き出せなくなり、結果として子ども世代が数十万円規模の費用を一時的に立て替えるケースが後を絶ちません。
公益財団法人生命保険文化センターの調査によれば、介護にかかる費用は一時費用と月々の負担を合わせて平均で500万円を超え、大手介護施設検索サイト「LIFULL 介護」の試算では、有料老人ホームに入居した場合、生涯で必要な費用が2000万円を超えるケースもあるとされています。
それにもかかわらず、多くの家庭では「親の介護費用について具体的に話し合ったことがない」というのが実情です。
本記事では、認知症介護にかかるリアルな費用と、口座凍結・成年後見制度に潜む「見えにくい負担」を最新データから整理したうえで、民間の「認知症保険」と「家族信託」を組み合わせた備え方を解説します。
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介護費用は総額平均542万円、施設入居なら生涯2295万円という試算も。認知症で口座凍結されると親自身のお金が使えなくなる。
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成年後見制度で専門職が選任されると、現行制度では月2万〜6万円の報酬が長期間発生し続け、5年続けば100万円を超えることも。
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「認知症保険」は診断だけで出る型と要介護認定が必要な型で明暗が分かれ、指定代理請求特約と家族信託の併用が資金凍結対策の鍵になる。
1. 認知症介護の費用はいくらかかる? 総額542万円、生涯では2295万円という試算も
公益財団法人生命保険文化センターが発表した「生命保険に関する全国実態調査(2人以上世帯)」2024年度(令和6年度)版によると、原因を問わない介護全般で介護経験者が実際に負担した費用の平均は、一時費用(住宅改修や介護用ベッドの購入など)が47.2万円、月々の費用(公的介護保険サービスの自己負担分を含む)が9.0万円、介護期間の平均は55.0カ月(4年7カ月)でした。
単純計算でも、一時費用47.2万円に月9.0万円を55カ月分積み上げると、総額は約542万円に達します。しかも全体の約4割は4年(48カ月)を超える長期の介護をしており、10年以上に及ぶケースも珍しくありません。
- 一時費用の平均:47.2万円
- 月々の費用の平均:9.0万円
- 介護期間の平均:55.0カ月(4年7カ月)
- 在宅介護の場合の月額平均:5.3万円
- 施設介護の場合の月額平均:13.8万円
そもそも公的介護保険は、要介護度に応じたサービスを1〜3割の自己負担で利用できる「現物給付」の仕組みであり、現金が支給されるわけではありません。食費や居住費など、公的介護保険の対象外となる費用も別途発生する点には注意が必要です。
介護を行う「場所」によって月々の負担は大きく変わり、施設へ入居した場合は在宅介護の2.5倍以上に跳ね上がります。この差はそのまま、有料老人ホームを利用した場合の生涯コストにも直結します。
大手介護施設検索サイト「LIFULL 介護」が2026年6月に発表した試算によると、有料老人ホームに入居して看取りまで過ごす場合、介護に必要な費用は一人あたり約2295.6万円に達するとされています。
内訳は、在宅介護期間(1年間)が月5.3万円×12カ月で63.6万円、有料老人ホーム入居期間(5年間)が入居時費用(一時金)平均690万円に月額費用平均25.7万円×60カ月を加えた2232万円で、合計2295.6万円という試算です。
- 在宅介護期間(1年間):月5.3万円×12カ月=63.6万円
- 有料老人ホーム入居期間(5年間):入居時費用(一時金)平均690万円+月額費用平均25.7万円×60カ月=2232万円
- 総額:2295.6万円
総務省統計局「家計調査報告(貯蓄・負債編)」の2025年(令和7年)平均結果によると、世帯主が65歳以上の無職世帯(二人以上の世帯、いわゆる高齢無職世帯)の平均貯蓄額は約2494万円で、物価上昇の影響などにより前年から66万円(2.6%)減少し、6年ぶりの減少に転じています。夫婦の一方、あるいは双方が有料老人ホームに入居することになれば、生涯にわたって蓄えてきた老後資金のほぼすべてが介護費用だけで消失しかねない計算になります。
2. 「親の口座凍結」というリアル ― 子の立て替えと成年後見制度の「見えない固定費」
認知症の診断が下り、その事実が金融機関の窓口手続き等で判明すると、金融機関は財産保護のために本人の預貯金口座を凍結(取引制限)します。口座凍結が実行されると、たとえ実の子どもであっても、親の口座から生活費や介護費用、医療費を引き出すことは原則としてできなくなります。
しかし介護は待ってくれません。実家のバリアフリーリフォームや、介護施設への入居一時金、月々の利用料など、まとまった資金が次々と必要になります。結果として、子ども世代が一時的に費用を立て替えるケースが少なくないのが実情です。
この背景には、親子間の意識のずれもあります。LIFULL 介護のアンケート調査によると、親世代(50〜60代)の8割超(84.3%)が「自分の介護費用について、子どもからの金銭的・体力的支援は受けたくない」と回答しています。
一方で、自身の介護費用について「備えができていない」と回答した親は約6割にのぼり、そのうち42.1%は「いくら必要か分からない」と答えています。
さらに子世代(30〜40代)の8割以上(80.5%)が「親と介護費用について具体的に話し合ったことがない」と回答しました。「迷惑をかけたくないが、お金の準備はない親」と「心配だが、お金の話を切り出せない子ども」。この話し合いの空白が、親の突然の認知症発症と口座凍結によって「子どもの手出しによる立て替え」という結末を招きやすくしています。
2.1 成年後見制度という選択肢
口座凍結後、子どもが親の資金を動かすために検討する代表的な手続きが、家庭裁判所に申し立てて後見人を選任してもらう「成年後見制度」です。
ただし、親族が立候補しても、家庭裁判所の判断により、弁護士や司法書士などの専門職が後見人に選任されるケースが多くあります。
専門職が就任すると、本人の財産管理を厳格に行ってくれる一方で、本人の財産から報酬を払い続けることになります。東京家庭裁判所などが示す報酬額のめやすでは、基本報酬が月額2万円程度、管理財産額が1000万〜5000万円の場合は月額3万〜4万円程度、5000万円を超える場合は月額5万〜6万円程度とされています。
この報酬は、現行制度では原則として本人の判断能力が回復しない限り、本人が亡くなるまで継続的に発生し続けます。介護期間の平均である55カ月、仮に月3万円の専門職報酬が発生し続けたとすると、それだけで合計165万円が「制度の維持費」として親の財産から失われる計算です。
なお、この「一度始めたら本人が亡くなるまで続く」という現行の仕組みは、見直しが決まっています。2026年6月に成立した民法等改正法(令和8年法律第45号)により、後見・保佐の制度は「補助」に一元化され、判断能力が回復していなくても、家庭裁判所が制度利用の必要がなくなったと認めれば、申立てや職権で利用を終了できる仕組みが導入される見込みです。
ただし施行は公布から2年6カ月以内(2028年内が見込まれる)とされており、2026年8月時点ではまだ施行されていません。当面は現行のとおり、専門職への報酬が長期にわたり発生し続ける前提で備えを考えておく必要があります。
3. 認知症介護経験者である筆者の経験談
私の母が認知症と診断された際、真っ先に直面したのが口座凍結の壁でした。
口座を動かすために成年後見人を検討したものの、専門職がつくと毎月数万円の報酬が本人が亡くなるまでかかり続けると知り愕然としたのを覚えています。
実際の介護が始まってからは、徘徊などの問題行動が増えると本人の症状に対応できる施設を慎重に見極める必要があり、施設探しにも想定以上に時間がかかりました。
指定代理請求などで初期資金を素早く確保すること、元気なうちに財産管理の道筋をつけておくことの大切さを、身をもって感じています。
