5. 【元銀行員の視点】退職金で一括返済すべきか、という相談がいちばん多い

筆者は信託銀行で資産運用アドバイザーとして約10年間、定年を控えた多くの方の老後資金や住宅ローンのご相談に乗ってきました。50歳代後半から60歳代の方からいただく相談で最も多かったのが、退職金で住宅ローンを一括返済すべきかという問いです。

5.1 一括返済には、金額に表れないメリットがあります

まとまった残高を一括で返せば、その後の利息の支払いがなくなり、毎月の返済からも解放されます。年金生活に入る前に固定費を一つ減らせるのは、家計の見通しを立てるうえで大きな安心につながります。

「毎月の引き落としがなくなって気が楽になった」という声も、実際に何度も聞いてきました。数字だけでは測れない部分も、判断材料として軽くはありません。

5.2 一方で、手元資金が減ることの影響も見ておきます

ただし、退職金の大半を返済に充ててしまうと、手元の流動性が一気に細くなります。医療や介護、住宅の修繕といった想定外の出費は、60歳代以降にこそ発生しやすいものです。

また、団体信用生命保険は完済と同時に効力を失います。返済を続けている間は、契約者に万一のことがあれば残高が保険で消える仕組みでしたので、一括返済によってその保障がなくなる点も押さえておきたいところです。住宅ローン控除の適用期間が残っている場合は、控除額と利息を比べる必要もあります。

どちらが有利かは、金利、残りの期間、手元資金、健康状態によって変わります。一つの正解があるわけではありませんので、金融機関やファイナンシャル・プランナーに具体的な数字を持ち込んで試算してもらうことをおすすめします。

6. 【落とし穴】数字を読むときに気をつけたいこと

今回の調査結果を自分に当てはめるとき、確認しておきたい前提があります。

6.1 分母は「借入金額を回答した世帯」です

住宅ローン残高の割合は、60歳代の全世帯ではなく、借入金額を回答した146世帯を分母にしています。60歳代で借入金がある世帯自体が14.3%ですので、60歳代全体で見れば、住宅ローンが500万円以上残っている世帯はもっと限られます。

「60歳代の45.3%に500万円以上のローンが残っている」と読むと、実態より大きく受け取ることになります。あくまで借入がある世帯の中での割合です。

6.2 平均と中央値は別のものを見ています

60歳代の平均697万円に対して中央値は300万円で、400万円近い差があります。残高の大きい一部の世帯が平均を押し上げているためです。

自分の残高が平均を下回っていても、それは珍しいことではありません。比べるなら中央値のほうが実感に近くなります。

6.3 単身世帯の数字は回答数が少なめです

単身世帯調査の60歳代は、借入金額を回答したのが42世帯です。この規模だと1世帯の増減が割合を大きく動かしますので、傾向をつかむ程度にとどめておくのが安全です。

7. 【対応策】定年までに確認しておきたい3つのこと

残高が分かれば、打ち手も具体的になります。順に確認していきましょう。

7.1 返済予定表で残高と完済年齢を確かめる

まずは金融機関から届く返済予定表か、インターネットバンキングで現在の残高と完済予定年齢を確認します。完済が何歳になるのか、そのとき自分は働いているのかを並べてみてください。

残高が分からないまま「なんとかなるだろう」と考えるのがいちばん危うい状態です。金額が見えれば、退職金でどこまで対応できるかも計算できます。

7.2 年金の見込額と返済額を並べる

次に、ねんきんネットやねんきん定期便で年金の見込額を確認します。夫婦であれば2人分を合算し、そこから毎月の返済額を差し引いて、いくら残るのかを出してみてください。

残った金額が生活費に足りるかどうかが、一括返済を検討すべきかどうかの分かれ目になります。足りないと分かった時点で手を打てば、選べる方法はまだいくつもあります。

7.3 繰上げ返済と運用は、比べてから決める

住宅ローンの金利より高い利回りが見込めるなら運用に回したほうが有利、という考え方があります。ただし運用に確実な利回りはなく、元本割れの可能性もあります。返済は確実に利息を減らせるという点で、性質が違うものです。

全額を一括返済するか全額を運用に回すかの二択で考える必要もありません。一部を繰上げ返済して残りを手元に残す、という組み合わせも現実的です。手元にいくら残しておけば安心できるかは人によって違いますので、金融機関の窓口で相談しながら決めていくとよいでしょう。

なお、自宅を担保に生活資金を借りるリバースモーゲージという方法もあります。毎月の返済を利息だけにできる一方、契約時の年齢や物件の条件、金利上昇のリスク、相続時の扱いなど確認すべき点が多い商品です。検討する場合は、家族と情報を共有したうえで進めてください。

8. まとめにかえて

60歳代の二人以上世帯で借入金があるのは14.3%で、その借入の45.9%は住宅関連です。借入金額を回答した世帯の住宅ローン残高は平均697万円、中央値300万円で、500万円以上が残っている世帯は45.3%にのぼります。

50歳代から60歳代にかけて中央値は1000万円から300万円へ下がりますが、70歳代でも平均474万円が残ります。定年を迎えれば自動的に完済できるわけではない、というのが数字から見える姿です。

まずは返済予定表で残高と完済年齢を確かめ、年金の見込額と並べてみてください。数字が出てはじめて、一括返済と運用のどちらを選ぶかを比べられます。判断に迷うときは、金融機関やファイナンシャル・プランナーに相談してみましょう。

参考資料

和田 直子