医薬品のイメージと、4兆9,400億円という現実
医薬品は財務が軽い業種だ、という感覚は広く共有されている。特許で守られた高い粗利、設備の重さは装置産業ほどではなく、手元資金は厚い。
数字もおおむねその感覚を裏づける。医薬品業種45社の自己資本比率の中央値は69.7%、D/E比率(有利子負債の自己資本に対する倍率)の中央値は0.21倍である。
武田の数字はそこから大きく外れる。1Q末の自己資本比率は48.3%。社債及び借入金は合計4兆9,400億円で、内訳は社債4兆7,150億円、借入金2,250億円だ。
2026年3月期末で見ると有利子負債は4兆8,818億円、自己資本は3兆7,589億円。単純に割ればD/Eは1.3倍前後になり、業種の中央値とは1桁違う。
同じ業種の棚に置かれていても、財務の骨格はまるで別物である。業種平均を当て込んで語ると、この会社の姿はむしろ見えなくなる。
過去5期を並べると、有利子負債は4兆3,000億円台から4兆8,000億円台のレンジで高止まりし、自己資本比率は43.1%から48%台へ緩やかに切り上がってきた。負債を減らしたというより、資本の側が膨らんで比率が改善した、という形に近い。
のれんと無形資産が総資産の6割近くを占める構造
この負債の対岸には何があるのか。1Q末の総資産15兆6,632億円のうち、のれんが5兆8,869億円、無形資産が3兆3,911億円を占める。合計すると総資産の6割に近い。
大型買収を重ねてきた会社の貸借対照表は、こういう形になる。買った将来利益がいったん資産として計上され、それが毎期償却されて損益計算書を通っていく。
2026年3月期の営業利益がわずか62億円まで落ちたのも、この構造と無関係ではない。売上収益は4兆5,057億円あり前期比▲1.7%にとどまったのに、営業利益は前期の3,425億円から9割以上が消えた。当期利益は▲1,523億円の赤字、ROEは▲2.1%である。
医薬品業種の営業利益率の中央値は2.8%、ROEの中央値は3.0%。この期の武田は、業種の真ん中と比べても見劣りする水準まで沈んだことになる。
武田薬品工業の研究開発費は細っていない
ただし、開発への投入が細ったわけではない。研究開発費は2022年3月期の5,261億円から2025年3月期には7,302億円まで積み上がり、2026年3月期も6,759億円を投じている。
売上収益に対する比率で見れば、5期を通じて15%前後を維持してきた計算になる。同じ期間に営業利益は4,608億円、4,905億円、2,140億円、3,425億円、62億円と激しく振れた。
稼ぐ力が消えたのではなく、買収の後始末と一時費用が利益を覆っている期間が続いている。そう読むほうが素直だろう。
借入を抱えたまま還元を積み増す資本配分
その一方で、1株当たり配当金は2022年3月期の180円から2026年3月期の200円まで積み上がり、2027年3月期の予想は204円である。最終赤字を出した期にも、配当は増えた。
1Qのキャッシュフローを見ると、営業活動によるキャッシュ・フローは1,276億円で、前年同期の2,154億円から878億円減っている。会社は、主に売上債権及びその他の債権の増加による運転資本の変動が影響したと説明している。投資活動は▲877億円、財務活動は▲1,803億円だった。
この四半期に支払った配当金は1,501億円。営業活動によるキャッシュ・フローを上回る。四半期単位の季節性はあるにせよ、4兆円台の負債を抱えたまま還元を積み増す資本配分は、それなりの緊張を含んでいる。
もっとも、無借金や低負債をそのまま健全と呼ばないのと同じで、レバレッジが効いていること自体は欠点ではない。論点は、そのレバレッジが生む利益が、支払う金利と償却の合計を超えているかどうかだ。
2026年3月期は超えていなかった。2027年3月期の会社予想は、営業利益4,200億円、当期利益1,660億円で超える絵を描いている。この絵に近づいているかを、四半期ごとに確かめる姿勢が要る局面である。
筆者コメント
有利子負債の推移と研究開発費の推移を重ねて眺めると、この会社の直近5期が一枚の絵になって見えてくる。
借りて買い、買った資産を償却しながら、その間に自前のパイプラインを立て直す。過去5期で研究開発費は5,000億円台から7,000億円台へ動き、有利子負債は4兆円台のまま動かなかった。返済に回さず、開発に回してきたということだ。
これは選択であって事故ではない。ただし選択には期限がある。償却が軽くなる時期と、後期開発が実を結ぶ時期が重ならなければ、利益の谷はもう一度深くなる。
業種の中央値と並べて安心する読み方は、この会社には効かない。同じ医薬品に分類されていても、財務の骨格は買収を重ねた企業のそれだからだ。
決算を見るときは、業種平均ではなく自社の過去5期と並べる。武田についてはその見方をおすすめしたい。
参考資料
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石津 大希
