医薬品というと、研究開発には金をかけるが借金は少なく、手元は厚い。そんなイメージを持っている人は多いだろう。武田薬品工業(4502)の数字を開くと、その像はかなり違って見える。売上収益は伸び、営業利益も伸びた四半期で、最終利益だけが減った。株価は決算をまたいで一度沈み、8月18日に大きく戻している。
※本記事中の株価は、過去の株式分割の影響を調整した値を使用しています。
- ①2027年3月期1Qは売上収益1兆2,199億円で+10.2%、営業利益2,014億円で+9.1%の増収増益だった
- ②その一方で当期利益は▲8.9%、8月18日終値5,702円に対する直近時点のPERは54.27倍と高い
- ③社債と借入金は合計4兆9,400億円。自己資本比率47.9%は医薬品業種の中央値を20ポイント以上下回る
決算をまたいで沈み、8月18日に取り戻した1カ月
武田薬品工業(4502)の8月18日の終値は5,702円だった。前日の5,513円から189円、率にして3.4%の上昇である。
この1カ月の足取りは、決算をはさんで形が変わっている。7月17日の5,480円からじりじりと水準を上げ、7月29日には5,847円をつけた。直近1カ月ではここが最も高い。
潮目が変わったのは翌30日の1Q発表後だ。7月31日に5,513円、8月5日には5,269円まで下押しした。7月29日からの下げ幅は1割に届かないものの、直近1カ月では最も低い水準である。
そこからは戻す展開が続き、8月18日には決算発表当日である7月30日の5,718円に近いところまで回復した。決算で売られ、そのあと買い直される。よくある形ではある。
直近時点のバリュエーションはPER54.27倍、PBR1.19倍。医薬品としても、PERの数字そのものはかなり高い部類に入る。ただしこの倍率は、後で見るように分母の作りに癖がある。
売上収益+10.2%と当期利益▲8.9%が同居した1Q
2027年3月期1Qの売上収益は1兆2,199億円で、前年同期比+10.2%だった。営業利益は2,014億円で+9.1%、税引前四半期利益は1,627億円で+8.0%。ここまでは素直な増収増益である。
ところが当期利益(親会社の所有者に帰属)は1,132億円、前年同期比▲8.9%と符号が反転する。EPSは71.65円だった。
なぜ利益の段階で向きが変わるのか。会社の説明によると、増収の主因は円安による増収影響であり、恒常為替レートベースでは売上収益は▲0.5%と横ばい圏にある。伸びの中身は、為替が押し上げた部分が大きい。
費用の側も動いている。研究開発費は1,674億円で+16.3%。円安に加え、elritercept、TAK-928、TAK-921を含む後期開発パイプラインに係る費用が増えたためだという。販売費及び一般管理費も2,865億円で+12.0%だ。
一方、製品に係る無形資産償却費及び減損損失は1,109億円で▲15.7%と減っている。VYVANSE/ELVANSEに係る無形資産の償却が終了したことが効いた。買収で積み上げた無形資産の重しが、製品単位では剥がれ始めている。
これを押し戻したのがその他の営業費用で、552億円と+96.8%に膨らんだ。トランスフォーメーション・プログラムの推進により、事業構造再編費用が358億円増えたとしている。
決定打は税金だった。法人所得税費用は495億円で+87.7%。繰延税金資産の回収可能性の見直しに伴う税金費用の増加、税額控除の減少、米国の国際税制に基づく追加的な税負担が重なっている。
営業段階まで増益を保った利益が、金融費用と税で削られて最終減益に着地した。会社が併記するCore営業利益は3,589億円で+11.5%、Core EPSは154円である。
PER54倍という数字の分母に何が入っているのか
ここで冒頭のバリュエーションに戻ってみよう。8月18日終値5,702円に対する直近時点のPERは54.27倍だった。
会社の2027年3月期の通期予想EPSは104.26円である。この予想利益で測れば、株価は50倍台の水準になる。
では、そのEPSはどう作られているのか。通期予想は売上収益4兆6,400億円、営業利益4,200億円、当期利益1,660億円。営業利益から当期利益までの間で、金融費用と税金がかなりの量を持っていく想定だ。
その営業利益の手前にも重しがある。会社が示した業績予想の前提条件には、製品に係る無形資産償却費が年間4,135億円、減損損失が1,000億円、事業構造再編費用を含むその他の営業費用が2,290億円と置かれている。
そして会社は、IFRSに準拠しない指標としてCore EPSも併記している。2027年3月期の予想は472円だ。同じ株価をこの数字で割れば、倍率は10倍台前半まで下がる。
どちらが正しいという話ではない。PERという物差しは、分母の定義しだいで景色が一変する。この当たり前の事実が、武田の数字ではきわめて極端な形で出ている。
IFRSの当期利益は、買収で取得した無形資産の償却も、訴訟や再編の一時費用も、すべて飲み込んだ後の数字だ。PERが高く見えるのは株価が先走っているからだ、と決めつける必要はない。分母が薄いから、という読み方も同時に成り立つ。
見ておきたいのは、この分母の薄さが構造的なものなのか、それとも数年で剥がれる一時的なものなのか、という点だろう。
筆者コメント
増収増益なのに最終減益、という決算をどう受け止めるか。
私がこの四半期でいちばん情報量が多いと感じたのは、税金の行だ。法人所得税費用がほぼ倍近くまで膨らんだ理由に、繰延税金資産の回収可能性の見直しが挙がっている。これは会計上の見積りの変更であり、稼ぐ力そのものの劣化とは意味が違う。
同時に、研究開発費が2桁伸びたことと、無形資産の償却が減ったことは、方向が逆に見えて同じ話につながっている。買ってきた資産を償却し終える一方で、自前の後期開発に金を入れ直しているということだ。
株価が決算直後にいったん沈み、そこから水準を戻したのも、この読み替えに時間がかかったからではないだろうか。
四半期の利益一行ではなく、費用のどの行が動いたかを追う。武田はその作業に見合う情報量を毎回開示している銘柄だ。決算短信の数表を、上から順に指でなぞってみることをおすすめしたい。
