4. 「65万円の壁」に引き上げ|2026年度の在職老齢年金はこう変わる
「できるだけ長く働きたいけれど、収入が増えると年金が減ってしまうのでは?」。シニア世代が仕事を続けることを考える際、気になる制度のひとつが「在職老齢年金」です。
在職老齢年金とは、60歳以上の人が働きながら受け取る厚生年金について、1カ月の給与(標準報酬月額など)と年金(基本月額)を合計した金額が一定の基準額(支給停止調整額)を超えると、超過した部分の半額にあたる年金が支給停止となる制度です。
厚生労働省によると、2026年度から、この「支給停止調整額」は「65万円」に引き上げられました。
1カ月あたりの「給与+年金(厚生年金)」が65万円以下であれば、在職老齢年金によって年金が減額されることはありません。多くの人にとっては、比較的ゆとりを持って働き方を選べる水準といえるでしょう。そのため、「働くと年金が減って損をするのでは」と必要以上に心配せず、自分の体力やライフスタイル、希望する働き方に合わせて仕事を選ぶことができます。
ただし、給与が高い人や、現役時代に近い条件で働き続ける人の場合、この「65万円の壁」を超える可能性があります。そのため、働く時間や給与と年金の受給額を合わせて、あらかじめシミュレーションしておくことが大切です。
さらに注意したいのが、在職老齢年金によって支給されなかった年金は、後からまとめて受け取ったり、将来の繰り下げ受給によって増額したりすることができない点です。
「働いて年金が減るくらいなら、年金を受け取らずに繰り下げたほうがいい」と考える人もいるかもしれません。しかし、この場合も「本来受け取っていれば支給停止になっていたはずの年金」は、繰り下げによる増額の対象にはならないという注意点があります。
働く時期や収入の見込みと、年金をいつから受け取るのかを照らし合わせながら、できるだけ早い段階から計画を立てておきたいところです。
5. 平均所得575万円のウラ側|中央値との124万円ギャップから見る家計のリアル
ニュースなどで「日本の平均所得」という数字を目にしたとき、「自分の家計とはずいぶん違う」と感じたことはないでしょうか。厚生労働省の「2025(令和7)年 国民生活基礎調査」を確認すると、なぜこのような違和感が生じるのか、そして高齢者世帯が置かれている実際の生活状況が見えてきます。
同調査によれば、2024(令和6)年の全世帯における1世帯あたりの「平均所得金額」は575万2000円でした。この数字だけを見ると、多くの世帯が比較的ゆとりのある生活を送っているように感じるかもしれません。
ところが、所得が低い世帯から高い世帯まで順番に並べたとき、ちょうど中央に位置する世帯の所得を示す「中央値」は451万円です。
平均所得と比べると、中央値は約124万円も低くなっています。さらに、平均所得金額の575万2000円を下回っている世帯は、全体の61.5%に達しています。つまり、一部の高所得世帯が平均値を大きく押し上げているということです。
5.1 では、高齢者世帯の所得はどうなっている?
高齢者世帯(65歳以上の者のみ、またはこれに18歳未満の未婚の者が加わった世帯)に絞ると、平均値と中央値の関係はさらにはっきりします。
- 全世帯の平均所得金額:575万2000円
- 全世帯の中央値:451万円
- 平均所得金額を下回る世帯の割合:61.5%
- 高齢者世帯の平均所得金額:336万1000円
多くの世帯にとっては、平均値である575万2000円より「中央値の451万円」のほうが、実際の家計に近い感覚の数字といえるでしょう。また、高齢者世帯の平均所得金額は336万1000円となっており、全世帯の平均所得を大きく下回っています。
貯蓄額や家計の目標を考える際、こうした平均値だけを見て不安になったり、焦ったりする必要はありません。大切なのは、他の世帯と比較することではなく、自分の世帯の収入や支出、資産状況に合わせて無理のない資金計画を立てることです。
6. まとめにかえて|公的支援を「知って使う」ことが老後の安心をつくる
還暦を迎え、定年退職を経験した後も、これまで培ってきた知識や経験を活かして仕事を続けるシニア世代は増えています。60歳代、70歳代になっても働き続けることが珍しくなくなった今、今回紹介したような公的給付を知り、利用できる制度をきちんと活用することは、これまで以上に大切になっています。
老後の資金計画を考えるとき、多くの人は預貯金をどのように取り崩すか、あるいは投資によって「資産形成」をどう進めるかといった自助努力に意識が向きがちです。もちろん、こうした取り組みも重要です。
しかし、それと同時に、国や自治体が用意している支援制度にも目を向け、自分が利用できる制度や受給できるお金をきちんと確認することも、大切な「生活防衛」のひとつです。
制度の内容や受給条件を正しく理解し、必要なタイミングで忘れずに申請することが、これから続く長いセカンドライフを、より安心して豊かに過ごすための大切な一歩になるでしょう。
7. 【筆者コメント】
今回見てきたように、平均所得や在職老齢年金の基準額は、あくまで社会全体の「目安」に過ぎません。
575万円という平均所得の数字だけを見て焦る必要がないのと同様に、「65万円の壁」も、実際に自分の給与と年金見込み額を当てはめてみなければ、本当に影響があるかどうかは分かりません。
なお、在職老齢年金による支給停止の対象となるのは老齢厚生年金の部分だけで、老齢基礎年金は減額されません。この区別を知らないまま「働くと年金がまるごと減る」と漠然と不安を抱えている方も、意外と多いのではないでしょうか。
日本年金機構の「ねんきんネット」では、働き方や受給開始時期を変えた場合の年金見込み額をシミュレーションできます。特に厚生年金に加入して働き続ける方ほど、こうしたツールで自分の数字を確認しておく価値があるでしょう。
平均値に一喜一憂するより先に、まずは自分自身の数字を確認する。その一手間が、老後の資金計画をより現実的なものにしてくれるはずです。
参考資料
- 内閣府「令和7年版高齢社会白書」第2節 高齢期の暮らしの動向1 就業・所得
- 厚生労働省「令和7年「高年齢者雇用状況等報告」の集計結果を公表します」
- 厚生労働省「令和7年簡易生命表の概況」1 主な年齢の平均余命の推移
- 厚生労働省「令和7年4月1日から高年齢雇用継続給付の支給率を変更します」
- 厚生労働省「再就職手当のご案内」
- 厚生労働省「離職されたみなさまへ<高年齢求職者給付金のご案内>」
- 政府広報オンライン「もっと働きたい!に応えて、在職老齢年金制度の基準額が2026年4月から引上げに」
- J-FLEC(金融経済教育推進機構)「家計の金融行動に関する世論調査 2025年」
- 厚生労働省「2025(令和7)年 国民生活基礎調査の概況」


