5. 中長期ビジョンと潜む「過去のトラウマ」
強力な顧客からの資金的バックアップを得て、イビデンは野心的な中長期ビジョンを掲げています。2026年度に売上高5,000億円という目標を通過点とし、2030年度には「売上高1兆円以上、営業利益3,000億円以上」へと飛躍するという計画です。
わずか4年で売上を倍増させるという強気な見通しですが、元機関投資家である泉田氏は、この計画を手放しで楽観視しているわけではありません。
なぜなら、製造業における「巨額の設備投資」がいかにリスクを伴うかを知り尽くしているからです。
「この会社のチャンスがあるとガッと設備投資するんですよ。『いけと』。これはもう本当に株主からするとリスクを取って事業を売上に変えてくれるみたいな期待もあると同時に、やっぱり製造業なんで設備投資ってタイミングが結構命みたいなところあるんですよね」
実は、イビデンには過去に設備投資のタイミングを見誤り、苦渋を舐めた「トラウマ」とも言える歴史が何度かあります。
例えば2008年、同社はパソコン向け半導体パッケージ基板の需要増を見込み、当時としては巨額の600億円を投じてマレーシアに新工場を建設しました。
しかし、直後にリーマンショックが発生して半導体需要が蒸発。工場の計画は狂い、2009年3月期には最終赤字に転落してしまいました。
さらに2017年3月期にも、パソコンやスマートフォン向けの需要増加を見込んでマレーシア等に巨額の設備投資を行いましたが、市場の鈍化と競争激化によって工場の稼働率が低迷。結果として、本来の価値が見込めなくなった資産に対して約600億円の減損(特別損失)を計上する事態となりました。
こうした業績の波は株価にも残酷に反映されます。2004年から2009年にかけて、イビデンの株価は約5,000円から一時は600円台へと激しく急落した経験を持っています。
現在のAI需要の盛り上がりは凄まじいものがありますが、技術の転換点は常に不確実性を孕んでいます。泉田氏は、投資家が忘れてはならないリスクについてこう警鐘を鳴らします。
「この辺ね、AIが伸びるってのはわかるんだけど、なかなかね、時代の転換点だからこそのチャンスでもあり、チャンスの裏側はリスクでもある」
もし、巨大IT企業が「想定していたほどAIチップは必要なかった」と方針を転換した場合、前受金で工場を建てたとはいえ、巨大な工場を維持するための固定費はイビデンの重荷となります。
機関投資家の間では、熱狂のさなかに「This time is different(今回は違う)」という言葉がよく使われますが、それが本当に3度目の正直となるのか、過去の歴史を知る市場関係者は慎重に見極めようとしています。
6. まとめ:AI需要の波に乗るか、リスクを回避できるか
今回の5,000億円という巨額投資は、過去の失敗から学び、顧客からの「前受金」を活用することで自社の財務的なリスクを抑えた、非常に賢明な経営判断と言えます。巨大IT企業との強固な結びつきは、イビデンの高い技術力と品質への信頼の証でもあります。
しかし、市場環境の変化という事業リスクが完全に消滅したわけではありません。インタビュワーから、投資家としてどのような点に注目すべきかを問われると、泉田氏は次のように締めくくりました。
「各四半期ごとの決算をチェックしながら、市場の伸びと合っているかどうかを見ることが大事かなと思いますね」
会社が描くバラ色のビジョンと、実際の市場の動きにズレが生じていないか。イビデンの業績と株価の行方は、世界のAI投資の熱狂が本物かどうかを測る、重要な試金石となりそうです。
参考資料
- イビデン株式会社「2026年3月期 決算短信」(2026年5月11日)
- イビデン株式会社「2026年3月期 決算説明会資料」(2026年5月12日)
- イビデン株式会社「有価証券報告書(第172期)」(2025年6月20日)
- YouTubeチャンネル「イズミダイズム」
著者
金融・経済YouTubeチャンネル「イズミダイズム」
「イズミダイズム」は、株式会社モニクルリサーチが運営する金融・経済YouTubeチャンネルです。フィデリティ投信や日本生命でポートフォリオマネージャーや証券アナリストとしての勤務経験のある元機関投資家の泉田良輔が、プロの視点で金融や経済に関する様々なニュースの解説や、資産形成に役立つトピックをお届けします。新NISAの開始やインフレを背景に、個人の資産運用への関心が高まる中、機関投資家と個人投資家の「視点の違い」や、経済ニュースの裏側にある「構造」をロジカルに解説します。(最新更新日:2026年1月30日)
監修者
株式会社モニクルリサーチ
代表取締役/日本証券アナリスト協会認定アナリスト(CMA)
株式会社モニクルリサーチ代表取締役。その他に株式会社モニクル取締役COO、株式会社モニクルフィナンシャル取締役COOも務める。東京科学大学大学院非常勤講師。日本証券アナリスト協会認定アナリスト(CMA)。慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科修了(同研究科最優秀賞受賞)
1. 経歴
2013年に株式会社ナビゲータープラットフォーム(現:株式会社モニクルリサーチ)を原田慎司(現同社取締役)らとともに共同創業。2013年に個人投資家向け金融経済メディア「Longine(ロンジン)」を立ち上げ、編集長に就任。Longineの立ち上げの経緯はBloombergにおいて「体力勝負アナリスト辞めます、元外資マン個人に長期投資指南」として掲載され大きな反響を呼ぶ。投資情報のサブスクモデルを確立する。その後、株初心者向けネットメディア「株1」、2015年にはくらしとお金の経済メディア「LIMO」の前身となる「投信1」を立ち上げる。
それ以前は、日本生命・国際投資部で外国株式ファンドマネージャー、フィデリティ投信・調査部や運用部にて10年に渡ってインターネット、電機(半導体・民生・産業エレクトロニクス)、機械(ロボットやセンサー企業中心)といったテクノロジーセクターの証券アナリストや中小型株ファンドのアシスタント・ポートフォリオ・マネージャー(最年少で就任)として従事。
2. 専門・研究領域
慶応義塾大学商学部卒業。国際金融及びコーポレート・ガバナンスを専攻。アジア通貨危機、昭和金融恐慌などの金融パニックのメカニズムを金融政策や金融機関への規制の観点から研究。それらの内容は「昭和金融恐慌からの教訓 平成恐慌になにをどう生かすべきか」(三田商学研究学生論文集)として発表。
3. 著書
・『機関投資家だけが知っている「予想」のいらない株式投資』(ダイヤモンド社)
・『テクノロジーがすべてを塗り変える産業地図』(クロスメディア・パブリッシング)
・『銀行はこれからどうなるのか』(クロスメディア・パブリッシング)
・『Google vs トヨタ 「自動運転車」は始まりにすぎない』(KADOKAWA)
・『日本の電機産業 何が勝敗を分けるのか』(日本経済新聞出版社)
4. 寄稿や講演他
「日経BizGate」での連載「泉田良輔の新・産業鳥瞰図」や「現代ビジネス」、「東洋経済オンライン」、「プレジデント」などへの寄稿や対談も多数。対談記事例としては「【未来予想】ブロックチェーン革命が、「半沢直樹」の世界に終わりを告げる」や「【未来予想】アマゾンとビットコインが、次世代の「銀行」になる理由」(いずれもNewsPicks)、「米独に遅れる日本の自動運転、自動車も電機の二の舞に?」(週刊ダイヤモンド)。海外ジャーナリストからインタビューされることも多く、Financial TimesやThe Economist、Bloombergにおいて自動車や金融業界についての国内外産業動向コメントも発信している。
講演会や動画での情報発信も盛んに行っており、NewsPicksのTHE UPDATE、日経ビジネススクール、慶應丸の内キャンパス、慶應義塾SDM、アカデミーヒルズなどでも講義を行う。またNewsPicksのNewSchoolではプロジェクトリーダーとして「本当に初心者のための資産運用」を開催。
最終更新日:2026年2月21日