風薫る5月、過ごしやすい季節となりました。ゴールデンウィークの賑わいも落ち着き、新年度の生活リズムに少し慣れてきたこの時期ですが、日々の買い物で「また値上がりしている」と実感する方も多いのではないでしょうか。
総務省が2026年5月に発表した最新の消費者物価指数(東京都区部・4月中旬速報値)によると、総合指数は2020年を100として112.4となり、前年同月比で1.5%の上昇を記録しました。
生鮮食品を除く総合指数も111.7(同1.5%上昇)となっており、生活必需品の値上がりが続いています。
公的年金は物価や賃金の動向を反映して改定される仕組み(物価連動)ですが、現実の物価上昇のスピードに年金額の増加が追いつかない局面も多く、生活者の体感としては「値上げ分を吸収できていない」と感じやすいのが実情です。
食料品や光熱費など「削りにくい支出」の割合が高いシニア世帯にとって、インフレは家計を直撃する大きなリスクとなります。
さらに平均寿命の延伸により、老後の生活期間はこれまで以上に長くなることが前提となりました。「長寿の時代、インフレのなかで年金と今の貯蓄だけで本当に生活できるのか」といった将来への不安の声は、幅広い世代から聞かれます。
こうした漠然とした不安を具体的に捉えるため、まずはすでに老後を迎えている世代の貯蓄実態から確認していきます。
1. 60歳代・夫婦世帯の老後資金はどの水準にあるのか― 平均と中央値、そして3000万円超世帯の実態
老後資金への関心が高まるなか、実際に定年後の生活を迎えつつある60歳代の世帯は、どの程度の貯蓄を保有しているのでしょうか。
J-FLEC「家計の金融行動に関する世論調査(2024年)」をもとに、60歳代・二人以上世帯(金融資産非保有世帯を含む)の貯蓄状況を確認します。
なお、ここでいう貯蓄額には、日常的な出し入れを目的とした普通預金残高は含まれていません。
1.1 【一覧表】60歳代の二人以上世帯、貯蓄の平均・中央値・個人差を見る
60歳代・二人以上世帯の貯蓄額
- 平均:2683万円
- 中央値:1400万円
60歳代・二人以上世帯の貯蓄額は、平均2683万円に対し、中央値は1400万円と大きく乖離しています。
この差は、一部の高額資産世帯が平均値を押し上げていることを示しています。
保有額別に分布をみると、以下のように明確な偏りが見られます。
- 金融資産非保有:12.8%
- 100万円未満:4.7%
- 100~200万円未満:3.9%
- 200~300万円未満:3.0%
- 300~400万円未満:2.8%
- 400~500万円未満:1.8%
- 500~700万円未満:6.2%
- 700~1000万円未満:6.3%
- 1000~1500万円未満:8.9%
- 1500~2000万円未満:8.0%
- 2000~3000万円未満:12.4%
- 3000万円以上:27.2%
- 無回答:2.0%
「3000万円以上を保有する世帯」は27.2%となりました。その一方で、金融資産非保有(=貯蓄ゼロ円)世帯も12.8%存在します。
60歳代は、退職金や相続を契機に資産を大きく増やした世帯がある一方、十分な貯蓄を持たないまま老後を迎える層も一定数存在していることが分かります。
2. 70歳代・年金生活世帯の貯蓄はどう変化しているのか― 平均と中央値、そして3000万円超世帯の実態
次に、完全リタイア後の生活が中心となる70歳代・二人以上世帯の貯蓄状況を見ていきます。
2.1 【一覧表】70歳代の二人以上世帯、貯蓄の平均・中央値・個人差を見る
70歳代・二人以上世帯の貯蓄額
- 平均:万円
- 中央値:800万円
70歳代・二人以上世帯の貯蓄額は、平均1923万円、中央値800万円です。平均値は60歳代よりやや低下する一方、中央値は上昇しており、資産構成の変化がうかがえます。
保有額ゾーン別では、以下のようになっています。
- 金融資産非保有:10.9%
- 100万円未満:4.5%
- 100~200万円未満:5.1%
- 200~300万円未満:3.7%
- 300~400万円未満:3.9%
- 400~500万円未満:2.9%
- 500~700万円未満:6.4%
- 700~1000万円未満:6.7%
- 1000~1500万円未満:11.1%
- 1500~2000万円未満:6.7%
- 2000~3000万円未満:12.3%
- 3000万円以上:25.2%
- 無回答:0.6%
貯蓄額の分布を見ると、200万円未満の世帯が20.5%を占める一方で、3000万円以上の金融資産を保有する世帯も25.2%に達しており、老後の資産状況にははっきりとした差が確認できます。
70歳代においても、貯蓄が極端に多い世帯と、ほとんど持たない世帯が併存する構造は変わっていません。
年金生活に移行してからも、世帯間の経済格差は解消されにくいことが読み取れます。
3. 老後収入の柱となる公的年金はいくら受け取られているのか
老後の生活を支える中心的な収入源は、公的年金です。ここでは、現在のシニア世代が受給している年金額の実態を確認します。
3.1 【グラフ】厚生年金・国民年金《平均と個人差》
【国民年金】平均年金月額
- 〈全体〉平均年金月額:5万9310円
- 〈男性〉平均年金月額:6万1595円
- 〈女性〉平均年金月額:5万7582円
【厚生年金】平均年金月額
※国民年金部分を含む
- 〈全体〉平均年金月額:15万289円
- 〈男性〉平均年金月額:16万9967円
- 〈女性〉平均年金月額:11万1413円
厚生労働省の最新資料「令和6年度 厚生年金保険・国民年金事業の概況」によると、国民年金の平均月額は全体で約5万9000円、厚生年金(国民年金部分を含む)は平均15万円台へと上昇しています
国民年金では満額に近い層が一定数いる一方で、厚生年金は「月額1万円未満」から「30万円以上」まで、非常に幅広い受給額が存在するのが実態です。
とくに男女の差は大きく、現役時代の就労歴や加入期間、収入の違いが将来の年金額に色濃く反映されています。
さらに、生命保険文化センターの「生活保障に関する調査(2025年度版)」によると、夫婦2人で老後生活を送る上で必要と考える「最低日常生活費」の平均は月額23.9万円、旅行などを楽しむための「ゆとりある老後生活費」は月額39.1万円にのぼります。
長引く物価高騰の影響もあり、生活費の理想と現実のギャップは広がりつつあります。ご自身の年金見込額と照らし合わせても、この水準を公的年金のみで賄える世帯は決して多くないのが実情です
4. 老後資金計画で避けて通れない「介護費用」の現実
年金や貯蓄と並び、老後の家計に大きな影響を及ぼすのが「介護費用」です。
生命保険文化センターの「生命保険に関する全国実態調査(2024年度)」によると、介護期間は平均4年7カ月(55.0カ月)となっています。
介護にかかる費用としては、住宅改造や介護ベッド購入などの「初期費用」として平均47万円が必要になります。さらに月々の費用として、在宅介護の場合は平均約5.2万円、施設介護の場合は平均約13.8万円が継続してかかるのが実情です。
ここで注意したいのは、総務省の家計調査で示される「シニア世帯の平均的な生活費」には、訪問介護や施設利用といった介護サービスにかかる費用は原則として含まれていないという点です。
ひとたび介護が必要になれば、支出が一時的に増えるだけでなく、月数万円~十数万円の負担が長期間続くことで家計の赤字がさらに拡大し、貯蓄の取り崩しペースを早める要因となります。
特に民間の介護施設では、入居時に数百万円規模の一時金が別途必要となるケースもあるため、日常生活費とは完全に別枠での備えが求められます。
家族による支援体制が整っていたとしても、長期化・高額化する介護費用への対応には、計画的な資産形成に加え、いざという時に「すぐに現金化できる資産」を確保しておく視点が重要になります。
5. 年金は「物価連動」だが、実感とはズレやすい
公的年金は、物価や賃金の動向を反映して改定される仕組みになっています。
しかし実際には、物価上昇のスピードに年金額の増加が追いつかない局面も多く、生活者の体感としては「値上げ分を吸収できていない」と感じやすいのが実情です。
以下は、総務省が2026年5月に発表した最新の消費者物価指数です。
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総合指数は2020年を100として112.4…前年同月比1.5%の上昇
生鮮食品を除く総合指数は111.7…前年同月比1.5%の上昇
生鮮食品及びエネルギーを除く総合指数は111.3…前年同月比1.9%の上昇
5.1 生活必需品ほど値上がりの影響を受けやすい
インフレの影響は、食料品や光熱費、日用品といった支出の中心部分に集中します。
老後世帯はこれらの固定的な支出割合が高いため、嗜好品よりも「削りにくい支出」の値上がりが家計を直撃しやすくなります。
5.2 年金収入は増えても「可処分感」は改善しにくい
仮に年金額が改定で増えても、同時に物価全体が上昇していれば、実際に使えるお金が増えたという実感は得にくくなります。とくに医療・介護関連費用が重なる世帯では、インフレの影響が家計全体に波及しやすくなります。
5.3 インフレ下では「支出構造の見直し」が重要になる
年金額そのものを短期的に大きく増やすことは難しいため、インフレ局面では支出の中身を見直す視点が欠かせません。
固定費や生活コストの構造を把握できていないと、物価上昇の影響が見えにくいまま家計を圧迫することになります。
6. まとめにかえて
老後資金をめぐる不安は、単なる感情論ではなく、具体的な数字に裏付けられた現実的な課題です。
60歳代・70歳代の貯蓄データからは、資産を十分に確保できている世帯と、ほとんど備えがない世帯が併存する「二極化」が明確に見えてきました。
また、公的年金の平均受給額だけでは理想とする生活費を完全に賄うのが難しいケースも多く、そこに介護費用という大きな支出リスクが重なります。
長寿化が進むいま、老後資金の準備は「いずれ考えること」ではなく、年金見込み額を把握し、受給方法や資産形成を早期に検討することが現実的な第一歩となります。
家計や働き方を見直す動きが広がるなか、将来を見据えたマネープランを家族で共有することが、安心につながると言えるでしょう。




