4. 繰下げ受給をする人が少ない理由3つ
繰下げ受給は年金額を増額させることができるにも関わらず、現状、選択する人が少ない理由はいくつか考えられます。
一つ目は、確実性志向です。
人は将来の不確実な利益より、今の確実な利益を優先する傾向があるため、65歳から受給できるのであれば、そこでもらう選択をするのではないでしょうか。
二つ目が増額によるデメリットです。
繰下げ受給をして、年金額が増えると、社会保険料や税金が増える可能性があります。また、医療費や介護保険などは、一定以上の所得者は自己負担の割合が増えるため、年金が増えることで、かえって負担が増すことも考えられます。
繰下げ受給にこうしたデメリットを感じることが選択を阻む要因になっているようです。
三つ目は、現状維持バイアスです。
変化を受け入れずに現状に固執してしまう心理傾向のことですが、この場合は、選択肢が多くなると却って選ばないという心理が働くように思います。
繰上げ受給や繰下げ受給の制度を使って自由に年金の受給開始時期を選べるようになると、選択に迷い、何も選択しないことよりも責任や後悔が生じるため、現状維持として、本来の受給になるように思います。
5. 繰下げ受給の注意点2つ
繰下げ受給を選択しない理由の中に、繰下げによるデメリットがありますが、他にも繰下げ受給には注意しておかなければならないことがあります。
5.1 注意点1.「加給年金」は繰り下げている期間はもらえません
加給年金は、老齢厚生年金の受給者で扶養している65歳未満の配偶者がいる場合に、老齢厚生年金に加算される年金です。
そのため、老齢厚生年金を繰下げている間は、加給年金は支給されません。繰下げ受給開始時に老齢厚生年金に加給年金が加算されますが、加給年金は通常の額で加算されます(増額されない)。
また、加給年金の支給の要件は「65歳未満の配偶者」であるため、繰下げている間に配偶者が65歳に到達してしまうと加入年金の受給資格はなくなります。
加入年金をもらいつつ、繰下げによる増額も受けたい場合は、老齢基礎年金のみ繰下げるとよいでしょう。
5.2 注意点2.「在職老齢年金」によってカットされた年金は繰下げても増額の対象外です
老齢厚生年金を受給している人が、在職して厚生年金保険の被保険者となると、給料と年金の額によっては、年金をカット(支給停止)されることがあります。これを「在職老齢年金」といいます。
仕事を続けて収入を得られれば、年金をもらわなくても生活ができるため、年金の繰下げ受給を選ぶことができます。これによって年金が増額されれば、生涯その増額された年金を受け取ることができます。
しかし、給料と年金の合計額が48万円を超えると、超えた分の1/2の額の年金が支給停止となります。
この場合の年金額の計算は、繰下げ受給を選んで実際は受給していなくても65歳からの本来の年金額で計算され、支給停止となった場合は、その支給停止となった金額を引いた部分のみが繰下げによる増額の対象となります(老齢基礎年金は支給停止の対象とはならないので、全額が増額されます)。
6. 今後は繰り下げ受給が増える?
繰下げ受給を選択する人は1%台と非常に少ないことは先述したとおりですが、今後は増えてくるのではないかと思われます。その理由は、65歳以降も働くスタイルが一般的になると考えられるからです。
人生100年時代といわれる中で、65歳はまだまだ現役でいられる年齢です。仕事を続けて年金を繰り下げ、その後の長い老後のために年金額を増やしておくことは得策となるでしょう。
一方で、早く引退して老後はのんびり過ごしたいという人たちの選択も否定されるものではありません。65歳からの受給は当然ながら、繰上げ受給も選択肢に入れて、老後の生活設計を立てることもできます。
その人の働き方・生き方に応じて、60歳から75歳まで、自由に年金の受給開始時期を選べることは、多様性を重んじるこれからの社会にとって、使いやすい制度になっているのではないでしょうか。
参考資料
- 日本年金機「年金の繰下げ受給」
- 厚生労働省「令和3年度厚生年金保険・国民年金事業の概況」
- 厚生労働省「令和3年度厚生年金保険・国民年金事業年報」
- 日本年金機構「加給年金額と振替加算」
- 日本年金機構「在職老齢年金の計算方法」
石倉 博子