2. 久能山東照宮

画像出所:久能山東照宮(筆者撮影)

2日目の家康ゆかりの地は、家康をご祭神としておまつりしている「久能山東照宮」。

家康は生前、自分の死後について「遺体は駿河国の久能山に葬るように」と遺言を残しました。元和3年(1617年)、その地に2代将軍・徳川秀忠が、家康をまつる霊廟として久能山東照宮を創建したと伝えられています。

画像出所:唐門の前の大きな真榊(筆者撮影)

取材日は家康の命日・4月17日に執り行われる最も重要な祭事「御例祭(ごれいさい)」に向けて準備が行われていました。拝殿正面にある唐門の前に大きな真榊が設置されていますが、こちらに葵紋の幟が立つ予定です。

画像出所:御社殿 外観(筆者撮影)

国宝に指定されている総漆塗、極彩色の「御社殿」。一般の方は通常入れませんが、ご祈祷や結婚式の際には昇殿することができます。今回は特別に正式参拝させていただけることになりました。

画像出所:御社殿 内観(筆者撮影)

御社殿は、本殿と拝殿を床の低い「石の間」でつないだ、権現造(ごんげんづくり)の形式をもつ複合社殿。

天井や柱は黒漆塗、欄間は赤漆塗で仕上げています。花や鳥などの優雅な彫刻、きらびやかな錺金具(かざりかなぐ)を用いるなど、絢爛豪華そのもの。日光東照宮よりも19年前に造られた日本で最初の東照宮とも言われています。

画像出所:御社殿 内観(筆者撮影)

黒い柱で区切られた長押(なげし)には、ひとつひとつ楽器や蓮の花を手にした天女の絵が描かれています。一番奥の部分のみ敢えて修復しておらず、400年前の職人の技法を直接見ることができます。

画像出所:家康公御遺訓(筆者撮影)

正式な参拝時には「家康公の御遺訓」を唱和します。こちらが原型ではなく、元々は200個ほどあった家康公の御遺訓や歴代将軍への教えなどを、簡単にわかりやすくまとめたものだとか。

ひとつひとつの行動は簡単に見えますが、いざ続けられるかというと難しいものばかり。この厳かな空間で、神職と共に御遺訓を唱和するのは襟を正される想いになりました。

画像出所:神廟(しんびょう)筆者撮影

さらに本殿の後方にある廟門から、約40段の石段を登った先にある「神廟(しんびょう)」へ。

こちらには家康の亡骸が埋葬されていると伝えられており、江戸時代にはごく一部の人しか立ち入りを許されませんでした。先程ご紹介した4月17日の御例祭には、徳川宗家の当主が社殿での祭礼の後、神廟に拝礼します。

神廟は家康の遺志により西向きに建てられています。西の方角には、家康の両親が子授け祈願をしたという鳳来寺、さらにその西には岡崎の松平家の菩提寺・大樹寺があることから、家康の想いが伝わってきます。

画像出所:御本殿 外観(筆者撮影)

ちなみに神廟に行く際は御本殿の横を通ります。屋根板を支えるため、棟から軒に渡した垂木(たるき)には葵の紋が施されているのですが、よく見るとこの中にひとつだけ「逆さ葵」が隠れています。

こちらは「完成した時から崩壊が始まる」という考えのもと、家康をまつる神社として末永く残っていくことを願い、敢えて未完成のままにしたのではないかと言われています。

画像出所:久能山東照宮博物館(イニシャルPR事務局)

久能山東照宮には博物館も併設されており、久能山東照宮に奉納された伝世の宝物をはじめ、徳川家康の日常品(手沢品)、徳川歴代将軍の武器・武具などを見ることができます。

先日こちらでは、家康が関ケ原の戦いで乗った可能性がある「竹かご」が戦後初めて公開されたことでも話題となりました。家康が乗っていたサイズ感と戦場の様子が伝わるもので、今年の夏頃まで展示されているそうです。

画像出所:博物館前から見た駿河湾(筆者撮影)

博物館内の写真は撮れなかったのですが、入り口から見る駿河湾の景色は素晴らしかったです!

画像出所:17曲がり・1159段の石段スタート(筆者撮影)

ここからは久能山東照宮の入り口である山下石鳥居まで、17曲がり・1159段の石段を降りていきます。1957年(昭和32年)に日本平ロープウェイが開通するまでは、この表参道が唯一の参拝路だったそうです。

昔の人は「いちいちごくろうさん」と洒落を言いながら登ったとか。今回は降りるだけなので楽だろうと思っていたのですが、石段によっては丸い石や尖った石がむき出しになっているので、下を見て歩かないとかなり危ない…!

取材道具のカメラとICレコーダーを死守しながら、一歩ずつ慎重に降りていきました。

画像出所:17曲がり・1159段の石段ゴール(筆者撮影)

数十分後、ゴールの鳥居が見えたときには足がガックガク。1159段は下りでもかなりキツかった…!

画像出所:いちごのお店(筆者撮影)

鳥居を出ると、いちごの看板や暖簾があるお店がズラリと並んでいました。1966年(昭和41年)、久能山東照宮の参拝者にいちご農園を解放したことがきっかけで、久能山が観光いちご狩りの発祥の地になったと言われています。

特にいちご狩りの人気スポットとして知られているのが、国道150号沿いの「いちご海岸ストリート」。いちご狩りのシーズンになると、関東や中部地方からも多くの観光客が訪れるようです。

画像出所:スペシャル生いちごソフトクリーム(筆者撮影)

ということで、石段を無事クリアできたごほうびにいちごアイスをゲット!

こちらは海岸沿いにある早川農園の「スペシャル生いちごソフトクリーム」。農園自慢の生クリームに、同じく自慢の「あきひめ」をのせた自慢づくしのソフトクリームだそうです。海風に吹かれながらおいしくいただきました。