銀行は、中小企業向け融資に際して経営者の個人保証を要求する場合が少なくありません。政府はそれを制限する方針のようですが、制限はかえって中小企業を困らせると懸念されます。(経済評論家 塚崎公義)。
銀行は経営者保証を要請
銀行は、融資をする際に回収の確実性を重視します。消費者金融は回収が不確実な融資でも実行しますが、それとはビジネスモデルが異なるのです。
当然、その分だけ消費者金融の金利は高く、銀行の貸出金利は低いわけです。そこで、時として借り手企業の経営者に個人保証を求めることがあります。
借り手企業が倒産しても経営者の個人資産から回収すればよい、という趣旨ですが、放漫経営をしていると自分の個人資産を失いかねない、という緊張感を経営者に持ってもらうという意味合いもあるようです。
個人保証は、借り手にとっては好ましくないもので、廃止を望む経営者は多いでしょう。また、個人保証を怖がってビジネスチャンスがあるのに借金を諦めているという企業も多いはずです。
そこで、政府が個人保証を制限する方向で検討していると伝えられており、そのことを歓迎する向きも多いでしょう。しかし、それは本当に中小企業にとって好ましいことなのでしょうか。
筆者は大いに疑問だと思っています。個人保証がもらえないなら融資をしたくない、という銀行が多ければ、中小企業が融資を受けにくくなる可能性があるからです。
「倒産確率が1割の企業」に、銀行は融資できない
一般論として、弱者を保護するための規制が、結果的に弱者を苦しめることが多い点に留意する必要があります。
融資に際し、銀行側が借り手の事業性をしっかり評価すれば経営者の個人保証は不要だ、と考える読者がいるかも知れません。しかしそれは銀行にとって無理な話でしょう。
事業性を見極めても、倒産確率がゼロになるわけではないからです。
「9割の確率で大きく発展するだろうが、1割の確率で倒産するだろう」という会社を見つけることはできても、そうした借り手に融資をすることはできないのです。
借り手がいくら発展しても銀行が得られるのは金利だけであり、借り手が倒産すれば銀行が失うのは貸出元本だからです。
「事業成長担保権」は、銀行にとってメリットとなり得るか
ノウハウなどの無形資産をも含めて担保権の対象とする「事業成長担保権」の制度を政府が検討しているとも伝えられます。
とはいえ、企業が倒産すればノウハウなどは散逸するでしょうから、銀行にとってのメリットは限定的でしょう。
日本経済の発展のためには事業性のある企業を育てるべきだ、というのはその通りです。しかし、その役割を担うことを期待するのは投資会社に対してであって、銀行に対して期待するのは無理なのです。
投資会社が事業性のある企業を発掘し、そこに出資して「高い確率で大儲けするか、低い確率で大損するか」という期待値の高い賭けをすればよいのです。
リスク分散のために複数の企業に投資すれば、期待値が高い分だけ利益が得られる可能性は高いはずですから。
「個人保証の制限」で起こり得ること
経営者の個人保証を制限しようというのは、おそらく「中小企業の経営者がかわいそうだから助けてあげたい」という温かい心から出てきた話でしょう。
しかし、経済を論じる際には温かい心に加えて冷たい頭脳が必要です。時として、両者の結論が異なる場合がありますが、そうした場合には冷たい頭脳を優先せざるを得ない場合も多いのです。
「経営者の保証が得られないなら融資しない」という銀行が多数派であれば、中小企業が融資を得られず倒産してしまうリスクを「温かい心による政策」が高めてしまうかも知れません。
日本経済にとってどちらが望ましいのかは一概には言えません。
しかし、「個人保証さえ不要なら、積極的に起業したい」というビジネスパーソンが多数存在し、それに対して前向きに融資してくれる銀行が少なからず存在するならば、そのあたりのことを実態調査した上で改めて検討するという手順はもちろん必要だと思います。
「弱者の保護」は、しばしば弱者を苦しめる
弱者保護がかえって弱者を困らせる可能性は、他にも多く存在します。
たとえば貧しい人を助けるために「狭い家の家賃は安くせよ」という規制ができるとします。その結果、大家たちは金持ち向けの広い家ばかり建てるようになり、貧しい人が借りる家がなくなってしまう、という可能性もあるでしょう。
多くの貧しい人が安い家賃で大いに助かり、貧しい人向けの狭い家を建てる大家もそれほど減らない、という可能性も皆無ではありません。
しかし冷静に考えると、そうした可能性に賭けるのはリスクが大き過ぎると思います。
女性を保護しようという趣旨で女性の深夜労働を禁止したら、企業が男性ばかりを雇うようになって多くの女性が失業してしまう、という可能性もあります。
もっとも、それ以前の問題として、自発的に深夜労働で深夜勤務手当を稼ぎたい女性や、男性と同じ条件で働きたい女性も多いでしょうから、こうした規制は初めから避けておいた方がよいのかも知れませんが。
同様の可能性はあるものの、深刻に考えずに気楽に試みてよい政策も当然あります。
たとえば最低賃金の引き上げです。最低賃金を引き上げると、「それなら雇わない」という企業が増えて失業が増加し、労働者が苦境に陥る可能性はあります。
多くの労働者の賃金が大幅に上がり、少数の失業者が発生するだけとなる可能性もあります。一方、「労働者の賃金が少しだけ上がり、多数の失業者が発生する」可能性もあるわけです。
そのあたりは、労働市場の需要と供給の状況によるので、最低賃金を引き上げるべきではなかったと反省することもあるでしょう。
しかし、その場合には最低賃金を速やかに引き下げればよいだけなので、実害は少ないと思われます。企業経営者の個人保証などに比べれば、「気楽にやってみる」価値のある政策であると言えるでしょう。
本稿は、以上です。なお、本稿は厳密さより理解の容易さを優先しているため、細部が事実と異なる場合があります。





