証明できない事は信じない

ガリレオが「それでも地球は回っている」と言って科学を進歩させたわけですから、常識を信じてはいけない、という事も理屈ではわかります。しかし、筆者にはどうしても納得が行かない事も多いのです。一例として、バブル期の銀行行動についての認識を示しておきます。

「バブル期に銀行が無謀な不動産融資を行なったのは、仮に銀行が倒産しそうになっても政府が助けてくれる、という安心感があったからだ」というのが研究者の間では共通の理解になっているようなのです。

理論的には、そうした可能性も十分あり得ますが、それは事実と異なります。当時銀行員だった筆者は「当時の銀行員は、銀行が倒産する可能性など全く想像していなかった」事を知っているからです。

しかし、「当時の銀行員である私が言うのだから間違いない」などと何度主張しても、「証拠が無い」で片付けられてしまいます。バブル当時の銀行と言えば、世界の株式市場の時価総額ランキングで上位に名を連ねていたわけですから、銀行のみならず、世間では銀行が倒産する可能性など心配していなかったと筆者は確信しているのですが、まさに「大学の常識は、世間の非常識」という事なのでしょうね(笑)。

本稿は、以上です。なお、本稿は近日発売予定の拙著『大学の常識は、世間の非常識』の内容の一部をご紹介したものであり、内容はすべて筆者の個人的な見解です。筆者が大学で感じた違和感が綴ってありますが、「違いの説明」であって、批判ではありません。

筆者は、銀行員として24年間働いたあと、大学教員として17年間働きましたから、両方を見ています。

大学が世間とは違う、という事を知るためには両方を経験する必要があるため、こうした内容の文章が書ける人は限られていると考えて、本稿を記すこととしたものです。

海外旅行をした人が感じた違和感を記すことで、海外を知らない人も海外について知ることが出来ますから、それは世の中の役に立つ試みだと思います。しかし、違和感を記すことは批判する事ではないので、注意が必要です。日本人から見ると違和感を感じる、というだけの事ですから。

本稿も同様に、違和感を記しましたが、大学と世間の優劣を論じるものでも大学を批判するものでもありません。

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塚崎 公義