フェミニズムとは、女性の社会地位向上、女性の権利を守る思想、及び、それに基づく行動のこと。目指すのは「すべての性が平等な権利を持つ社会」です。
フェミニズムこそがすべての人たちの総意であり、理想である…と言いたいところですが、「フェミニズムって、なんだか不愉快」「フェミニズムは不要」だと主張している女性も少なくありません。
確かに最近は、フェミニズムには好意的な筆者も「それはちょっと行き過ぎでは…」と思う主張も散見されます。果たして、行き過ぎたフェミニズムで幸せになるのは、いったい誰なのでしょうか?
それって本当に「フェミニズム」なの?
近年では「#Metoo運動」から始まり、「#Kutoo」運動が世界中に広がったり、『82年生まれ、キム・ジヨン』がベストセラーになったり、現在はSNSを中心にフェミニズムが盛り上がりを見せています。
確かに、「女性だから」という理由だけで仕事のチャンスが得られなかったり、不当な扱いを受けたり、望んでいない「女性らしさ」を押し付けられるべきではない、と筆者も思います。その意味では、筆者も「フェミニズム」には大いに賛成です。
しかし、その一方で、アニメのキャラクターを採用した献血ポスターが「バストを強調しすぎている」という理由で献血ボイコット運動を展開する。「妻」ではなく「嫁」とすることが「不適切な表現である」と炎上する。「お母さん食堂」というネーミングに傷ついたとクレームをつける…。
こうした運動に対しては、ちょっと違和感を覚えてしまいます。あまりにも過剰に騒ぐその姿に、「この人たちフェミニストではなく、ただのミサンドリー(男性嫌悪)なのではないかしら…」と感じてしまうことも。
これでは、一部の人たちに「フェミニズムとは、男女平等を目指しているのでなく、女尊男卑を目指している。女性の方が男性よりも優れている、という思想だ」などと揶揄されても仕方ありません。
フェミニズムとは、重箱の隅をつつくように常に周りの発言に目を光らせ、時には同性である女性の言動にすら「女性の社会的地位を貶める行為だ」と叩く行為なのでしょうか。
現に、主にツイッターでフェミニズムを標榜している「ツイフェミ」と呼ばれる女性たちの発言は、しばしば批判にさらされています。
彼女たちの目指すところはいったい何?
なぜ、「ツイフェミ」と呼ばれる人たちに違和感を覚えるのか。
それは、「男女は平等であるべき」というスタンスで発言しているのではなく「フェミニストである私が不快に思ったから、xxは排除されてしかるべき」というスタンスで発言しているように見受けられるからだと筆者は考えます。
誤解を恐れずに言うと、ツイフェミと呼ばれる人たちは「フェミニズム」の名のもとに、単に自分の気に食わないものに噛みつくだけの存在。それは、真のフェミニズムを妨害する、巧妙なる「アンチフェミニズム」の一種となっているのではないでしょうか。
真のフェミニストが目指す世界、それはイギリスの女優エマ・ワトソンが国連スピーチで語った言葉がすべてだと思います。
「男性も女性も、繊細である自由、強くある自由。男性と女性というジェンダーを、ふたつの異なった両極端のもの、という考え方から自由になって、男性と女性をひとつのもの、として考えること。私は私である、と受け入れることで、もっと自由になる世界」
男性と女性の性差をなくし、平等でありながらも、一方で「男性らしさ」「女性らしさ」を選択し、追求する自由がある世界。これが、フェミニストの目指している世界なのです。
一方、ツイフェミには「目指す世界」があるのでしょうか? 筆者の答えは「NO」です。なぜなら、彼女たちの目的は「理想とする世界を創ること」ではなく、「自分の気に食わないものを排除すること」なのですから。
目的なき運動に、誰が賛同の手を挙げるのでしょう。
おわりに
今、大人気の漫画「呪術廻戦」。その中のヒロイン釘崎野薔薇は、男性人気よりも女性人気の方が高いそうです。彼女の名言に以下のようなものがあります。
「私は綺麗におしゃれしている私が大好きだ!!強くあろうとする私が大好きだ!!私は『釘崎野薔薇』なんだよ」
このセリフこそが、フェミニズムの真髄である。筆者はそう思います。
参考資料
- エマ・ワトソン UN Women 親善大使 国連でのスピーチ (国連広報センター/YouTube)
