公共の交通機関やスーパー、レストランなどでベビーカーを巡るトラブルが頻発したことから起こった「ベビーカー論争」。混雑した電車内にベビーカーで乗り込むのは是か非か?が話題になったのは記憶に新しいところ。

これまでも幾度となく繰り広げられてきた、この正解の見えない論争、またもや新たな火種が発生したようです。

ママの何気ないつぶやきに批判の声が殺到

新たなベビーカー論争のきっかけは、とある何気ないツイートでした。

「ベビーカーで入りやすいカルディがあったら便利なのにな〜」

これに対して、さまざまな批判の声があがりました。主な批判の内容は以下の通り。

「店のコンセプトが変わってしまう。とんだクレーマーだ」

「ならベビーカーではなく抱っこ紐で出かければいい。どれだけ自分たちの都合ばかり訴えるのか」

「店内でゆっくり商品を選びたいのに、ベビーカーが入ってこられると邪魔。そもそも子供や母親をターゲットにした店ではない」

「何でもかんでもベビーカー向けにしないと気が済まないの? 世の中には子供嫌いの人だっているのに」

などなど…。まとめると「店のコンセプトを変えさせようとするなんて何様だ」「ただでさえ狭いところでも割り込んでくるベビーカーがどれだけ邪魔な存在かを自覚するべき」といったところでしょうか。

カルディの店内はなぜ狭い?

確かにカルディの店内通路はほかのお店に比べると狭く、人がすれ違うのがやっと。筆者も大きな荷物を持っているときは入店はやめておこう、と思うくらい「カルディ=狭い通路」というイメージです。

確かにあれだけ狭いとベビーカーを押している人や、小さな子供連れの人、車いすの人などは「入店しよう」とは思えません。

しかし、カルディはあえて通路を狭くしてライトを暗めにすることで、「宝探し感」を演出しているのだとか。確かに、所狭しとさまざまな商品が並べられた店内に入ると、ワクワクしてあれもこれも…と購入したくなってしまいますよね。

あの狭い通路も、立派なカルディの戦略・コンセプトのひとつ。となると、「あの狭い通路こそがカルディの魅力」「狭いからこそ大好き!」と思う人がいるのも無理からぬこと。そういう人たちにとっては、「狭くないカルディなんて…」という気持ちになってしまうのかもしれません。

問題なのは「願望をつぶやくことも許されない空気」

しかし、今回の論争について、「それは違うんじゃない?」という声を上げている人も少なくありません。

というのも、そもそもツイートした本人は「通路が広いカルディを作れ!」と訴えているわけではないからです。単に「そんなカルディがあったらいいのになぁ」という願望をつぶやいているだけ。それこそ「明日晴れたらいいのになぁ」「どこか旅行に行きたいなぁ」と同じレベル。

少なくともそこには、「ベビーカーを優先してほしい」という意図は感じられません。ではなぜ、「それはおかしい」と批判する人がいるのでしょうか。

おそらく「世の中のありとあらゆる場所をベビーカーに配慮した仕様にしなければならないの? それが子供連れ層をターゲットにしていない店でも?」という思いが先走ったのではないでしょうか。もしかしたら中には、実際にベビーカーで不快な思いをした人がいたのかもしれません。

とはいえ、「ベビーカーでも入れたら便利なのにな〜」を「ベビーカーに配慮しろ」と受け取るのはいささか飛躍しすぎのような気がします。

本来Twitterの醍醐味は「思ったことを自由につぶやく」こと。しかし最近は、「誰かのつぶやきに異論があれば、徹底的に叩く場」として使用する人も多くなった気がします。

Twitterが本来の意図とは大きくかけ離れ、「ふとしたことで炎上してしまう場所」になってしまうことで、得をする人は果たしているのでしょうか?

まとめ

令和のベビーカー論争は、論争というよりも「ベビーカー」という言葉に条件反射的に飛びつき、これがチャンスとばかりにベビーカーを叩く人が主導となって起こった炎上騒ぎ。ここまで「ベビーカー憎し」を叫ぶのはいかがなものか…?と考えてしまいます。

かといって、これに便乗して「そうだ!狭すぎる!」と「カルディなんとかしろ」とするのも違います。

結局のところ、「ベビーカーで入れるカルディがあったら便利なのにな〜」「そうだね」で済む話。なぜなら件の発言は「思ったことをただポツリとつぶやいただけ」に過ぎないのですから。

大中 千景