死んだ子の歳を数えて暮らすようなことはせずに、ビジネスでも私生活でも払ってしまった金のことは忘れて、ベストな将来を目指すべきだ、と筆者(塚崎公義)は考えています。

以前の拙稿『東京五輪を開催するなら「無観客」で。経済への悪影響は限定的』で、東京五輪の開催可否、無観客の是非を論じた際に、「施設を作った費用が無駄になるから開催し、観客を入れよう」という議論が誤りであることを指摘しました。実は、それに似た話は他にも多いので、ご紹介しましょう。

買った本がつまらなくても最後まで読むべきか?

買った本の最初数ページを読んで、期待外れだと思ったとします。読者はその本を最後まで読みますか?「本を買った代金がもったいないから、最後まで読む」という人も少なくないと思います。

その結果、本を買った代金と読んだ時間の両方を損することになるわけですね(笑)。本が期待はずれだとわかった時点で本を捨てて(古本屋に売って)、散歩にでも出た方が良かったはずです。

ここで言いたいのは、本を買うときに払った代金は、本を読んでも読まなくても戻って来ない、ということです。それなら、買った代金のことを忘れて、今から自分が一番幸せになることをしましょう。期待はずれの本を読む、散歩に行く、昼寝をする、といった選択肢の中から選ぶのです。

このように、払ってしまって戻らない金のことを「サンクコスト」と呼びます。サンキューのサンクではなく、沈んでしまったという単語です。これは人々の意思決定を誤らせる大きな要因となっているので、十分気をつけたいものです。

ちなみに、本を買うという行為が結果として正解だったのか否かを後から判断する際には、本を読んで楽しんだメリットから本の購入代金を差し引いてプラスか否かを考える必要があるわけですが、それとこれとは話が別なので、混同しないように気をつけたいものです。