本記事の3つのポイント

  •  米中対立が深まる中、中国ファンドリー最大手のSMICが実質的に制裁対象に加わった
  •  輸出を禁止するエンティティリスト(EL)対象になったわけではなかったが、輸出申請の義務と許可制という規制が課され、米国政府のコントロール化に置かれた
  •  SMICに発注していた企業は今後のリスクを考えて、ファンドリー生産の代替先を探し始めている
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 米大統領選挙が近づく9月下旬、米国はついに中国最大手のファンドリーのSMIC(中芯国際集成電路制造、上海市)を制裁対象に加えた。1980年代の日米半導体摩擦を彷彿させる出来事がいま米中間で再び繰り返されている。当時のニッポン半導体は米国を製造コストでも販売シェアでも追い抜いてしまったため、米国の反感を買って出る杭を打たれてしまった。世界で5G通信技術のパテント(特許)を最も取得し、移動通信設備業界では米国には肩を並べる企業がいなくなったファーウェイもまた、いま米国から厳しい制裁を受けている。

 しかし、SMICは世界の半導体製造の先端をいく米国から見たら、技術的には2~3世代も遅れた周回遅れもはなはだしい企業だ。それなのに、どうして米国はSMICに対して制裁を実行したのだろうか?―――そこには、技術競争よりも軍事・安全保障上の米中対立の構図が控えている。覇権体制を維持しようとする米国勢力と、経済圏を拡大して核心的権益を確立しようとする中国とは、南シナ海の安全保障体制やサイバー空間において激しい攻防(覇権争い)を繰り広げている。米中対立の構図は18年の貿易赤字の解消から19年はハイテク摩擦になり、20年は軍事・安全保障上の敵対関係に発展した。

米中両大国の比較

9月下旬に米政府文書が流出

 ワシントン時間の9月5日土曜日の明け方の5時前、ロイターが「トランプ政権がSMICをブラックリスト入りさせる検討をしている」と独占報道した。12時間の時差がある中国では、この知らせは9月4日金曜日の夕方5時前に飛び出した。誰もが1週間の仕事を終えて自宅に帰るか、客先や友人たちと会食に出ようとしていたころの出来事だった。報道当初、多くの業界人はファーウェイ(ハイシリコン)向けのチップ製造を禁止されたTSMCに替わって、14nmのアプリケーションプロセッサー(AP)のファンドリー受託をしようとしたことが米国政府の反感を買ったのだと想像した。

 しかし、翌日にSMICが出した声明には、「SMICの製品と(ファンドリー)サービスは民間向けであり、軍事用ではない、中国軍とも関係してない」と書かれていた。つまり、今回の制裁検討は軍事的な問題から発せられたものだったのだ。SMICは毎年、米商務省から「SMICの製品とサービスが軍事利用されていないことを確認するエンドユーザー検証の認定」を取得していたので、声明文では身の潔白を主張した。

 ところが、それから約3週間後の9月25日、米商務省から米国ベンダー企業に提出されたとみられる通達文書が流出した。文書には米輸出規制(EAR)の730~774条に則り、744条21-b項目に基づく輸出規制を実施すると書かれていた。つまり、SMICに装置や材料を供給する米国企業は事前に輸出申請をする必要があり、認可を受けたものしか輸出できなくなると書かれていた(実際は許可が出ることは全く厳しいが、一応申請は受け付けるというのが実態)。輸出を禁止するエンティティリスト(EL)対象になったわけではなかったが、輸出申請の義務と許可制という規制が課され、米国政府のコントロール化に置かれた。

SMICに対する輸出規制を伝える米商務省の通達文書

ファーウェイの次はSMIC制裁

 19年5月にイランとの不正な取引を理由にEL対象となったファーウェイは、すぐさま輸出禁止の制裁(ファーウェイ制裁1.0)を受けた。しかし、ファーウェイは2億台ものスマートフォン(スマホ)を生産しており、サプライチェーンへの影響が大き過ぎる。そのため、米商務省は個別申請を受けつけ、実際は米国からファーウェイへの電子部品やソフトウエアの輸出は継続された。しかし、20年になるとファーウェイ規制はさらに厳しくなった。20年5月に再び制裁(ファーウェイ制裁2.0)が発動され、半導体製造を請け負っていたTSMCがファーウェイ向けの生産を受託することを禁止した。また、8月にはファーウェイに部品を供給している企業に対しても再び輸出規制を強化拡大(ファーウェイ制裁2.5)し、ファーウェイ包囲網を作り上げた。

 SMICへの制裁を受け、米国の半導体製造装置メーカーであるAMATやラムリサーチ、KLAテンコールなどは、制裁前に受注していた分までは装置とパーツを出荷するが、その後の輸出を取りやめた。日本の装置メーカーも公式に発表していないが、「米国装置メーカーがやる範囲は大丈夫ということだから、そこまでは輸出する。そこから先は米国装置メーカーと歩調を合わせるか、一部の取り引きを継続できるか周りの状況を見ながら決めていく」(装置メーカーの営業)。

 装置メーカーは当面の発注をすでに受けてあるので、すぐにビジネスが止まるわけではない。ファーウェイ制裁1.0の時のように、近い将来、たとえば21年以降のある時点から米商務省は個別申請を受け付けるようになるのではないかとも考えられる。「レガシー半導体用の装置は個別申請の対象になるのではないか」や「28nmまでが許可されるか、それまでが許可されないか、いずれにせよ28nmが分水嶺となる」「レガシープロセスを採用しているSMICの天津や紹興などの工場への輸出は許可されるのではないか」など諸説が飛び交っている。

米国の制裁理由の分類

漁夫の利を得る台湾企業

 SMICに発注していた企業は今後のリスクを考えて、ファンドリー生産の代替先を探し始めている。中国国内ではおよそ同水準の製品や技術構成を持つホワリー(華力微電子、上海市)や同グループの華虹半導体が対象となる。両社はすでに受注増を見越して、ウエハーや薬液などの基幹材料の発注増の意思を伝えている。14nmと28nmの代替先となるのは中国にはホワリー1社しかなく、同社はチャンスをつかもうと積極的に動いている。しかし、米国政府の制裁が将来、ホワリーにまで飛び火するリスクも考えられるし、SMICへの制裁がいずれ部分解除されるかもしれない。そのため、ファンドリーに発注する中国ファブレスの立場も現段階では微妙だ。

 また、台湾のウィンボンドやUMCなど、SMICの競合ファンドリーはここに来て受託案件が増加している。ウィンボンドもホワリーと同様に、SMICの代替先として多くの打診を受けている。UMCは市況が好調な200mmについては、20年7~12月期の追加受注分を10%値上げした。緊急発注を受ける場合は30%増しという例もあるという。21年前半までほぼフル稼働の状態が続く見通しのため、21年1~3月期にはさらに10~20%の値上げになるかもしれない。スマホは有機ELパネルの搭載機種が増えているため、有機ELパネルの駆動ICを製造する28nmの生産ラインも忙しい。UMCなど競合ファンドリーは漁夫の利を得て、業績が向上していく。

トランプ政権になり、対中制裁は6倍増

 米オバマ政権は親中派政権として誕生したが、途中から中国へのスタンスは「関与」から「抑止」に政策方針を転じた。トランプ政権(最初の国務長官はティラーソン)は、中国が唱える「新型大国関係」に反発せず、通商を優先する親中スタンスで政権をスタートした。しかし、米国政府が17年12月に中国を「修正主義国家」から「競争相手」と認定した後、18年以降は徹底して反中スタンスに転じた。米中貿易戦争やファーウェイ制裁、SMIC制裁など対立は激しくなり、国交回復から40周年を迎えても誰も祝う人がいないような状況だった。

 過去のELの記録を集計すると、歴代大統領のなかでもトランプ政権が中国に対して発動した件数は群を抜いている。オバマ政権(8年間)の117件に対して、トランプ政権は4年間だけですでに342件も出している(8月末時点)。今年はこの調子でいけば、過去10年分をたった1年で発動するようなペースになる。

 米国の国防・安全保障のスタンスが中国を敵対国と位置づけている以上、もはや誰が大統領になっても対中ハイテク制裁は収まりはしない。SMICに続いて来年新たに制裁を受ける企業が必ず出るだろう。それはファブレスやOSATかもしれないし、装置や材料企業になる可能性もある。どの分野でも中国のトップ3に入るような企業は米国のさじ加減ひとつで制裁対象になってしまうリスクを抱えている。

米国の対中EL制裁の推移

電子デバイス産業新聞 上海支局長 黒政典善

まとめにかえて

 米中貿易摩擦の先鋭化により、ファーウェイに続いてSMICも制裁対象となりました。ファーウェイへの制裁はスマートフォンの下ぶれや基地局投資の停滞、SMICへの制裁は半導体設備投資の下ぶれを招くとされています。短期的にはネガティブな影響は出るものの、半導体やスマートフォンの需要が消失したわけではありません。空いた穴を埋めるべく、同業他社が虎視淡々とシェアを取りに行っている状況が業界を活性化させています。

電子デバイス産業新聞